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小説 人蟲・新説四谷怪談〜三


「駅はすぐそこですから行きましょう。」



「彼女」はそう言って伊一郎を促した。



伊一郎は「彼女」の勢いに押される形で、激しい雨の中、「彼女」と相合傘で駅に向かって歩き出した。



「傘。僕が持っていいですか?」



長身の伊一郎と小柄な「彼女」がひとつの傘の中に入るには「彼女」が傘を持つのには少しばかり無理があった。



伊一郎は「彼女」の手から傘をとった。




「彼女」の手はこの熱気に包まれた残暑というのに氷のように冷たい手だった。




ふたりは駅まで無言で歩いた。雨の飛沫がふたりの肩や足を多少濡らしたが、それは伊一郎にとって不快なものではなかった。




むしろ、心地よい安心感を伊一郎に与えてくれた。




もともと、社交的なタイプではない伊一郎であったが、「彼女」は沈黙を気まずくさせる雰囲気がなかった。



信濃町の駅に着いた。





伊一郎は「彼女」に傘を返し礼を言おうとした。



「彼女」は伊一郎が口を開く前に伊一郎に弾けるような笑顔を見せ会釈ひとつして駅の人混みの中に消えた。



伊一郎は呆然と「彼女」の白いワンピースを見送った。




ずいぶん長い時間、伊一郎はその場に立ち尽くしていた。






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