馬鹿の名前 2

 今日は久々にバイトがない休日だったので、前日からあれしようこれしようと考えていたのだが、つい夜更かしをしてしまって起床が結局15時になってしまった。絶望だった。全身が馬鹿みたいにきつい。このままだらだら動画観てても疲れなんて余計取れないだろうからと、私はサイクリングに行くことにした。よく行く街方面とは真逆の、田舎の方へ。チャーハンをたらふく食べたあとで、着替えて自転車に乗った。このとき17時だった。

 目的地は二十キロメートル先の町だった。何回か行ったことはあるらしいが記憶にはない町だ。何故かそこにはいくら小さかろうがショッピングモールひとつくらいあるだろうと考えていた。逆にせめてそれしかないだろ、と。田舎なんてそんなものだと思っていた。

 さて、その町への道のりがまあもう一言で言えば「ほぼ山、川、時々家と柴犬を散歩しているおじさん」なのだが、おそらくこれ以上の説明はいらない。本当にそれだけ。私は出会いを求めてこうして旅(?)をしているところがあった。彼氏が欲しかった。ならなんで田舎なんか選んだんだろう。発想が意味わからんのである。私が死にそうな顔で田舎をぶらぶらしているところを、素敵な田舎の少年が声をかけて励ましてくれないかと思った。なんなら次の小説はそんな感じのものにしようと思っていた。そんな運命的な出会い、望んだところであるはずもなかった(あと何だか下品な気がする)から、とりあえず「執筆のヒント」を求める旅……という名目にしておいた。でもなぜだか彼氏が欲しいとしか考えられなかった。小説の構想くらいする時間はいくらでもあったのに。二時間。二十キロメートルの山道を、自転車に乗ったJKが、二時間。

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 まだそこそこ明るかろうが、知らない田舎道を往くというのは怖いものである。曇りのせいだろうか。遠い遠い、よく知らない町の、行ったことのないショッピングモールに行くという目的はあるものの、私の中ではそれがかなり漠然としたものだった。だからかもしれない。漠然とした目的で、変わらない田舎道を奥の奥まで、山道を奥の奥まで進んでいく。田舎では私は「よそ者」である。誰かの所有地のような気がしなくもない狭い道、ごく稀に出会う通りすがりの人に白い目で見られているような感覚。奥の奥まで。この先に確実に都会はない。何か景色が変わる気もしない。少し寒い。ちょっとよそ見をしていると、道路の下の崖に自転車ごと飛び込みそうになった。今、「死」が自分の四方八方に潜んでいるような気がした。何故かここでは、様々なパターンの死が易々と想像できた。ここで私は今、死ぬかもしれない。何かに襲われて。川に落ちて。突然来た車とぶつかって……。
イノシシが自分の前を通り過ぎていった。昼間にはっきりと、野生のイノシシの姿を見たのは初めてな気がした。ポニーというか、首のない仔馬のようにも見えた。これには怖いとは思わなかった。

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 景色はやがて少しずつ変わっていった。パチンコ屋から始まって、そこからちまちま店が出てくるようになった。しまむら、コスモス、新鮮市場など。田舎の象徴である(偏見?)。もう、分かってはいたけど田舎だった。結局町には着いたが、知らない所へ来たという感動はなかった。そしていくら往ってもショッピングモールなどなかった。まじかよと思った。考えてみれば、それはそうかもしれない……とか無意味に思ってみる。そして人が少ない。適当に入ったスーパーに人がいない。なぜ。私の中にそんなフィルターがかかってるんだろうか。「人が見えない」フィルターみたいなのが。
とりあえず私は安いピザとケーキを買って折り返すことにした。実は折り返し地点にも結構悩んだ。もう少し先に行ったら面白いものが見られるかもしれないとちょっと思っていた。しかし明らかに無駄だとわかっていたし、さすがに暗くなっていたので諦めた。ここで一区切り着いた。
さて問題なのが、この時点で19時半。まだそこそこ明るい。二時間かけてここまで来たということは、帰る頃には真っ暗にならざるを得ない。来た道は真っ暗。え、やだ、と思う。あれを帰るの。あの山道を。泣きそうになった。というかそんなことは行きの時点で薄々察していたのだが、いざ現実を目前にすると帰りたくなくて仕方が無くなる。それでもこんなところにもいたくない。家があるとは実に幸せなことなのだ。帰る場所があるということは、帰りたいと思える場所があるということは、とても幸せなことなのだ。
どうでもいい。親に電話した。なんでそんなところにいるの!遠いでしょ!迎えに行くわよ!と言われた。ここに来てプライドみたいなのが突然邪魔をし始めた。いいよ自分で帰るよと言ってしまった。帰ってやるよぉ!と思ってしまった。しばらく自転車で行き、親からまた電話がかかってきた。私は馬鹿だと思い始めてきていたので、今度はさすがに「○○駅まで迎えに来てください」と言った。その○○駅までも十キロあるのだが。

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駅に先に着いた親から電話がかかってきた。その時私はまだ五キロしか進んでいなかった。辺りは真っ暗というか、もう「真っ黒」だった。近道、これから行かなきゃならない道の方角を見て、私は絶望した。真っ黒な山。本当に真っ黒。おそらく車一台通らない。いくら自分に自信があっても、さすがに真っ黒な中に飛び込めるわけなかった。リスクがどうとかじゃない、本当にただ怖い。声に出して「嫌だ、あんなところいきたくない」と言ってしまった。声に出すと更に怖くなった。急がば回れだ。回った。何度か道に迷い、またイノシシと遭遇した。イノシシは自転車を見るとブヒブヒ言いながら逃げていった。とてもよい鳴き声だった。携帯で位置情報を確認しながら、こう行きなさいと優しく指示してくれる親に、泣きそうになりながら「ごめんなさい」と言っていた。

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 遠回りだろうがかなり道は暗かった。たとえば三日山の中の家に監禁されていたとして、そこからこっそり抜け出して自分の家まで逃げるという心境が容易に想像できた。そんな恐怖があった。私は馬鹿な気がした。この恐怖はどこか美しくも感じた。風があまりにも涼しいのだ。涼しくて心地よい。下り坂が心地よい。それが延々と続くだけの恐怖。これは作品にしなければならない、と思った。

 何も学んだことなどない。出会いなどもない。心の傷が癒されたような感覚もない。かといって、更に寂しくなった気もしなかった。ただ、私は親の車に乗って腑抜けたようになりながら帰った。帰る場所があるのはとてもいいことだと思った。

 疲れてきたので寝ます。小説ではないので綺麗なオチは付けない。前にも何度かこういうことをした事があるけれど(バカの名前 より)、決まってそこに綺麗なオチなどなかった。人生そんなもんなのかな。ならせめていい小説を書きます。書けたらいいな。書けたらいい。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。いつか私と田舎を旅しましょう。

……嫌ですか……。

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