人を恋愛相手として好きにならない様にしている件

グーテンモルゲン枝豆です。何でこんな気持ち悪そうな文章書くかというと質問箱で煽られたからです。

最初に言うと、何かそうなるのもやむを得ない様なトラウマイベントがある訳でも無ければ、女性恐怖症とかの類でもありません。童貞が一人で勝手に拗らせたプロセスを書くだけです。


この話しようとすると多感な中高生の頃に遡ることになりますが、自分の行ってた学校は中高一貫の共学で、全体的な男女仲としては異性間というよりも同級、同学年の友達同士としていい意味で近かったかなあという覚えがありまして、私自身も男女共に友人としてだいぶ楽しい思いしながら過ごしてた自覚はあります。そんな訳なので別に女子とのコミュニケーションに別段の苦手意識を感じてるとかは特には無いと思っています、と言ってもあくまで友人としてだとは思いますが…。
中学受験の志望校決める上で当時消防の自分は男子校とか共学とか茨城県が都道府県魅力度ランキング再開を脱出したとき並に超どうでも良かったんですが、中高男子校だった親父の力説で共学選んだ節はあったと思うのでここは感謝するポイントだったかなと思います。

そんな多感な時期でしたので私も意識する人の1人出来る訳です。小学校の時もそんな人いたので初恋では無かったと思いますが。その人も友人、同級生としてはまあそれなりに仲は良かったんじゃないかな(と少なくとも僕は勝手に)思ってます。何かの拍子にツーショットで写真撮ろうってあっちから言ってくれたぐらいなのでまあ向こうとしても只の同級生として何も思ってなかった訳ではないと思うんです。
(ここまでで既に文章気持ち悪くなってないかだいぶ気がかりなんですけどこの記事完走できるんか…?)
その人のことが気になった経緯ですが、最初に同級になった頃は特別そういう感情持ってたわけでも無かったんですけど、或る時から通学の電車が同じになってお互い目が合うと軽く会釈しあうという文化が何故かそこで発生しててそれが毎朝の細やかな楽しみになってました。いつから意識してたんですかってなるとこの辺からですかね。

とまあこの辺の力説は別に今は良くて、じゃあその人と特別な関係になりたくなかったのかという話になるんですが、これが全然そういう気が起こらなかったんですよね。抑も今の状態でも十分楽しい、そういう相手として意識していることを伝える術が解らない(正確には手段自体は解っているが、自分がやっている様が不思議な程に想像出来なかった)、もしそういう関係になれた所でその後どうするのかetc.でその先に進展させる手段も必要性も何もかも解らなかった。まあ一口で言えばヘタレですね。因みに小学生の時もそういう相手はいたという話は先述の通りですが、その時も全く同じだった気がします。まあ当時の小学生がどれくらい付き合ってたりしたもんなのかなんて今じゃ知る由も無いわけですが…。

これらの経験から、自分は恋愛とかいう土俵には立てない人物なんだなあという事を時間の経過とともに何となく悟ることになります。そんなヘタレ極まりない人間が人のこと恋愛相手として好きになっても唯々苦しいだけではっきり言って意味が無いんですよね。その好きの気持ちをプラスの行動に昇華させられる人ならそれは大事な感情だし尊いものだと私も思いますが、私が人を好きになった所で何かあるかと考えた時にその相手のことで頭が支配される時間が増えるだけで、何にも生み出せることが無いんです。であればもしそういう感情が芽生えかけたとしても意識的に抑圧して殺してしまえば、そんな苦しいだけの思いは少なくともせずに済みます。この発想に至ってからそんな凄く長い時間経過したわけでも無いので今後も持続できる保証は無いですが、今のところはそれもあって異性として好きになったのはその人が最後ですね。


私ですが、普通に生きていく上では多分自己肯定感は人並みにはあると思っています。仕事で褒められが発生したら素直に受け取りますし、東方やってる時も私は上手いんだぞと思いながらやってるし、旨い食事と酒があれば取り敢えず気持ちよくなれちゃうし(これ関係あるか?)で、普通に一人の社会人として生きていくにはそんな困る、生き辛い人格では無いんじゃないかなとは思っています。ですが、これが恋愛になると話が別になってしまうんですよね。自分の想いを伝える、その果てに交際し、ケコーンとかなると多かれ少なかれ相手の人生を私のことに巻き込み、付き合わせることになります。と考えた時に「いやエゴの為にそんなこと人に要求する資格あるほどできた人間じゃないだろ寝言は寝てから言えや」と頭の中の私が猛烈な勢いを伴って殴りかかってくるんですね。これに関しては理由が確証を持って言語化出来なくて困ってる所ではあります。普通に生きてたら仕事にしろプライベートにしろ人の人生なんて多かれ少なかれ巻き込んでますからね。
で人の人生巻き込む資格があるような人間じゃないと言いましたが、何かこれ今後ずっとこの思考には陥って抜けられない様な気がしています。これから更に人生経験積んでどれだけ大層な人間になろうが。
このチャプター一頻り書いてみて思ったのですがこれ単に経験の無さから大仰に考えてるだけ説が出てきました。今よりもっと若くてこんな雁字搦めな考えする前に勢いで経験しておくべきだったんでしょうね。まあこの説が真だとしたら尚更手遅れだという事になってしまう訳ですが…。

2の話と根幹としては被る話かもしれません。私自身人を好きになったことはありますし、それが尊くて大事にされるべき感情であることは頭では解っているつもりです。何ならそれを原動力に出来る人のことは尊敬すらしています。にも拘らず、自分が持つそうした感情のことはストーカーとか粘着勢とかの、人に分かりやすく直接的な害を与える人種のそれと同列に扱ってしまうんですよね。これに関しては男は何処までも下心や性欲等の下卑た衝動で動く生き物だという考えが先行し過ぎた故の物だろうと何となく解ってはいるのですが、矯正の仕方が解りません。というかこれも何か大きいきっかけが偶然起きてくれないと無理な気がしています。職場の女性社員ともコミュニケーションは普通に取っていますが、自分の所為で不快感や恐怖を与えないことを取り敢えず最優先にしようと意識しているくらいには日常に染みついているので。

他にも女が男を好きになる心理がてんで想像つかないとか、自分が誰かとラブラブになってたりそういう行為に及んでる所想像しただけで気色悪すぎて吐瀉物撒き散らかしそうになるとか色々ありまして、もうそういう色恋に縁が鼻毛程も無いことが肌感覚で解ってる以上、人を恋愛相手として好きになった所で苦しいだけで、国会での審議中に爆睡かましてるおっさんぐらい意味が無いということで意識的に抑圧しているというのが結論です。一人で生きていくコツに詳しい方いたら飲みに行きましょう、終わりです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?