見出し画像

伊藤野枝は不孝者だったのか?

2023年、伊藤野枝の没後100年を迎える。野枝は、大杉栄らとともに、憲兵隊によって扼殺された。28歳という若さだった。いわゆる、甘粕事件である。

※表紙の画像は、長垂海岸(福岡市西区)。野枝は、子どもの頃、この海岸から中央に見える能古島まで泳いで往復していたという。

野枝は不孝者?

野枝らが殺害されてから約10日後、故郷である今宿にも事件の知らせが届いていた。当時の糸島新聞では、「野枝は不孝者 今宿父親の話」との見出し。

野枝は、機関誌『青鞜』などを通して、当時としては先進的な主張をする「時の人」であった。没後、野枝はなぜ、故郷今宿で不名誉な見出しを書かれることになってしまったのであろうか。

ひとつは、無政府主義という彼女の思想によるものがあるだろう。もうひとつは、野枝が生涯で3人の男性と婚姻関係にあったことであるとされる。

1人目の相手は、親の決めた結婚相手。親が結婚相手を決めることは、当時としては珍しくないことであっただろうが、野枝は結婚生活から逃げ出し、東京へ。

東京で転がり込んだのが、2人目の男性である辻潤。上野高等女学校の英語教師であった。辻との間には2人の子どもをもうける。

最後に、大杉栄の内縁の妻となる。大杉との間にも5人の子どもをもった。

1人目の結婚から逃げ出し、その後も他の男性と婚姻関係を持つという野枝の生き方から、今宿では、一部の人から「淫乱女」と称されてしまったそうである。

しかし、現代においては、両者の合意があり、正式な手続きを踏めば何の問題もないことであろう。

墓石はたたりの石?

そんな野枝が生まれたのが、今宿(現・福岡市西区)。

筆者は、100年前から女性の解放を主張した野枝に対する尊敬の念から、野枝に惹かれるようになった。一方で、野枝のもつ思想によって、また男性との関係によって、100年前には世間から批判された過去があり、現代においても受け入れがたい存在なのではないかという懸念もあった。

しかし、いずれにしても今宿周辺に住む者として貴重な縁ではないか、という筆者の興味関心によって、今宿在住の末本圭子さんのご協力のもと、「伊藤野枝ツアー」を企画。案内人を、今宿の郷土史家・大内士郎さんに依頼すると、快く引き受けていただいた。

ツアーの参加者は12人。世代や性別、職業も様々な方々にお集まりいただいた。野枝に関心のある人に集まっていただく小規模なツアーにしたが、筆者は、野枝に関心を持つ人がこれほど多くいることに素直に驚いた。

ツアーの目玉は野枝の墓石。この墓石は、『村に火をつけ、白痴になれ』中でも、たたりの石であるとして登場する。

この墓石、以前は今宿の多くの人の目につく場所にあり、大内さんも子どもの頃は、「おがんだらいかん、さわったらいかん」と言われて育ってきたそう。

しかし運良く大内さんは、お母様の影響で、今宿での迷信を信じずに生きてきたそう。大内さんのお母様が東京にいたとき、当時の若い女性たちは、先進的な人物として野枝を慕っていたからだ。

現在墓石があるのは、長垂海岸をのぞむこともできる、穏やかで落ち着いた場所だった。

野枝は本当に不孝者だったのだろうか。
野枝の墓石はたたりなどあるのだろうか。

墓石が移された場所で不幸が続いたというような話は残されているものの、一部の人の偏見による言い伝えにすぎないのではないだろうか。

若くして今宿を離れていた野枝だったが、出産時などで里帰りすることはあったため、子どもとして当時の野枝を知る人もいる。当時の野枝を知る人のこんな話もあるという。先進的で攻撃的なイメージで描かれることの多い野枝だが、子どもに対しては飴をあげるような優しい女性だった、と。

実際に、野枝の子どもであるルイズさんは、母親の墓石がたたるなどと言われる社会ではいけないとして、社会運動に熱心に取り組んでおられたという。

野枝に学ぶ。

今の世代にもつながる功績を残した野枝だったが、記念碑のひとつもないことに筆者は率直に疑問を感じた。今宿には記念碑などの目印となるものがないため、全国から訪ねてきても仕方なく帰ってしまう人も多いのだという。

大内さんによると、没後100年の記念碑を建てる計画もあるそうだが、誰がどうやって設置するのか、課題もあるという。

外から訪ねてくる人だけでなく、地元の人のためにも、野枝に学ぶ機会がつくられていくことを願うばかりである。そして、筆者も積極的に機会を創出していきたい。

----------------------------------------

以下の文献を参考にしています。
・栗原康『村に火をつけ、白痴になれ』
(岩波書店, 2016)
・矢野寛治『伊藤野枝と代準介』
(弦書房, 2012)

その他の資料や情報は、今宿の郷土史家、大内士郎氏に提供いただきました。

----------------------------------------

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?