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防水バイノーラルマイクの試作記録

2022年の冬コミでバイノーラルマイクを試作した本を無料配布した後、せっかくなので内容を公開するつもりでしたが、気がついたらこんな時期になっていました。
2022年時点で防水バイノーラルマイクを試作した際は、この方式で問題なくできたと思っていましたが、しばらくして回路的な問題やマイクの防水部分の劣化が見つかりました。現在はマイクカプセルや回路を一新して作成を続けていますが、やっぱり耐久性を考えると少し性能は落とす必要がありそうかなというような感じです。
いつか完成版ができたら、またどこかで記事に残したいなと考えています。(目標は今年の夏コミです)

以下の内容が、無料配布した防水バイノーラルマイク試作の本になります。



1.はじめに

この本は、防水バイノーラルマイクの製作記です。本来は冬コミに合わせて完成としたいところでしたが、まだ課題が残った状態の試作品で時間切れとなってしまいました。
インターネットでバイノーラルマイクを調べてみると、Neumann KU100やB&K 4100といった業務用の製品から、アマチュアでも手に入れやすい3dio Free Spaceシリーズ、イヤホンのように耳に取り付ける簡易的なタイプまで様々なマイクが見られます。しかし、どれも防水ではなく、海や雨の中といった環境では使用できません。
一方で、ラベリアマイクではDPA COREやShure DuraPlexなど、IPX7(水深1mで30分の防水性)クラスの防水性能をもったマイクが存在します。
これらの小型防水マイクを用いてバイノーラルマイクを作れば、簡単に防水バイノーラルマイクが作れるように思えますが、主にS/N比の観点で性能が不十分となります。例えばKU100のS/N比は78dB、Free Space XLRでは80dBのカタログスペックとなっています。それに対し、DPAのCORE 4060ではS/N比は71dBにとどまっています。
そこで、S/N比が80dB近くを達成できるような防水マイク作り、さらに防水バイノーラルマイクとして完成形を作ることを目標に自作を始めました。

2. 仕様検討

マイクを作る上で、どのような性能が欲しいかを最初に決めます。
今回は多くのマイクと同様に、オーディオI/Fからのファンタム電源で動作させる形で考えます。そして、S/N比は個人で手に入るマイクカプセルの中で最高の80dBをターゲットにします。
ここで、防水マイクとする上で電源電圧に大きな制約が考えられます。それは感電に対する安全対策であり、国が発行している低圧電路地絡保護指針(JEAG8101)においては、人体の大部分が水中にある状態では、接触電圧を2.5V以下にする必要があると定められています。
よって、海やお風呂での仕様を想定した場合、この基準に沿って仕様を決めないと、故障時に大きな事故を起こしてしまう危険性があります。しかし、オーディオI/Fのファンタム電源は48Vな上、マイクカプセルの動作電圧も3Vとなっており、このままでは達成不可能です。そこで今回は、オーディオI/Fに接続するコネクタで電圧を落とし、ケーブル内では2V以下の電圧で送電することでこの基準をクリアします。そして、人が接触することのないバイノーラルマイク内部で3.3Vまで昇圧することで、マイクが動作する電圧まで変換するようなシステムを採用します。
今回作成するバイノーラルマイクの仕様をまとめると以下のようになります。バイノーラルマイクとしての素材、形状に特にこだわりはありませんが、個人でも少量入手が容易なもので作りました。

検討した防止バイノーラルマイクの仕様

3. 設計

早速ですが、バイノーラルマイクの電装系は以下のようなブロック図として設計しました。マイクカプセルはPUI Audio AOM-5024L、増幅器はTexas Instruments OPA 1671、昇圧回路はTPS610981、降圧回路はTPS7A4101を使用しました。

バイノーラルマイク回路ブロック図


AOM-5024Lは防水ではないため、IPX7相当の音響防水膜を用いて音の入る側を塞ぎ、エポキシ接着剤を用いてリード線側を防水としました。バイノーラルマイクの回路図と、XLRコネクタ内に実装するPSU(Power Supply Unit)部の回路図は次頁以降に記載しています。

バイノーラルマイク本体回路図
バイノーラルマイクPSU部分回路図

続いてはバイノーラルマイクのエンクロージャー部分についてです。今回は回路を入れる防水ケース、シリコーンの耳部分、耳とケースを固定するホルダー部分の3パーツで構成しました。
防水ケースはタカチのAD8-8-6に穴あけ加工を施し、ケーブルグランドを用いて防水性能を保ちつつケーブルを外に出しています。耳部分は国内で良い製品がなかったため、Alibabaで販売されているものを使用しました。ホルダー部分は形状が複雑なため、3Dプリンタを用いて製造します。利便性のため、底部分には1/4インチのカメラネジ及び、マイクで3/8インチのネジを設けました。マイクは防水ケースからシリコン耳の方へケーブルで接続し、マイク出力は防水ケースの底からケーブルで出す形となります。
一方でXLRコネクタ内にPSUを収めることを考えていますが、Neutrikのコネクタ内には幾分か余分なスペースがあります。PSUの基板を22mm×11mmx1.2mmで作成することで、追加工なしでコネクタ内に実装することができました。

ホルダー部デザイン(正面)
中央部分に回路を収めた防水ボックスを配置する
ホルダー部デザイン(上)
四隅4箇所の穴は防水ボックス固定用のネジ穴
ホルダー部デザイン(横)
くぼみにシリコン耳をはめ込み、3点ネジで固定する形

4. 試作品

上記のように設計したバイノーラルマイクについて、基板発注や3Dプリントの発注を行い、組み立てを行いました。すべて手作りで行うと日数がかかる上に歩留まりが落ちてしまうため、機械加工やはんだ付けについても依頼を行い、組立時には最小限のはんだ付けとネジ止めをするだけにしています。基板と電子部品、3Dプリンタによる製造はJLCPCB、防水ケースの加工はミスミで行いました。

防止バイノーラルマイク試作品
シリコン耳部分(灰色の部分が防水膜を取り付けたマイク)
回路はバイノーラルマイクの防水ケース内部に実装


こうしてなんとか冬コミの3日前に上のような試作品が完成しました。簡単な特性確認として、1kHzのsin波を入力した場合のスペクトラムを取得します。比較のために3dio Free space XLRも同条件で測定します。Free spaceのノイズレベルは明らかになっているので、この比較により試作品S/N比を推測することができます。

1kHzトーン入力時の3dio Free space XLR
1kHzトーン入力時の防水バイノーラルマイク試作品
いずれもSONY CD900STでトーンを再生し、Antelope Orion Studioで取得

上のスペクトラムを見るとkHz帯のS/N比はFree spaceと同等の結果になりますが、大きく2つの差分が見られます。まず、両者のノイズフロアの底は-96dBFS程度で一致していますが、試作品の方は2kHzから低い周波数にいくに従ってノイズフロアが増大しています。これは、フリッカノイズによる影響で、半導体が原因となって発生するノイズです。これを改善するにはマイクカプセル内のトランジスタが原因なのか、新規実装した増幅器が原因なのかの解析が必要になります。
もう一つは試作品の15kHz付近に見られるピークです。これは、おそらく昇圧回路のオシレーター起因で発生している音のようです。PSUではなく、電池を用いて駆動した場合にはこの現象は生じなかったことから、電源関係が原因と思われます。PSUの電流供給能力が足りず、昇圧回路の動作に不具合が生じている可能性があるため、回路定数の変更を行う必要があるかもしれません。
ちなみに、2kHzと3kHzのピークは、1kHzに対する高調波で、いわゆる歪成分となりますが、異常ではありません。

残念ながら時間がないため、本書に載せられる特性評価はここまでです。これからは、周波数特性や左右間のクロストークなどのマイクとしての特性や、肝心の防水性についてテストする予定です。