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超絶技巧が織りなす逸品 デミタスカップの"推し"を語る

1.取材班、手のひらサイズの芸術と出会う


7月1日、くもり時々雨。
灰色の空とどんよりとした空気の中で、我々取材班は美術館を前にワクテカ(死語)していた――。

 
遡ること1時間前、今回のメンバー約6名はJR相野駅で1時間に1本しかないバスを待ちながら、こんな会話を繰り広げていた。
 
『え、デミタスカップめっちゃ楽しみやねんけど』
『え、それな。絶対ゆっくり見たいやつやん』
『いやーほんま。そもそも陶芸美術館行ったことある人おるん?』
 全員が首を振る。
『(スマホでHP見ながら)こんな感じのとこらしい。…建物めっちゃきれいやねんけど??え、すごくない?』
『お~、イベントとかも色々やってんねや』
『え今何やってるん』
『陶芸教室とか絵付けとか』
『陶芸かぁ、小学生んとき陶芸やらんかった?』
『やったやった、あれ縦に伸ばし続けると倒れるからムズイよな』
 …………
 
 
おおよそこのような内容だったと記憶している(会話内容について掘り下げたいわけではないが、当日の雰囲気をなんとなくお伝えしてみた)。
 
交通手段に限りがあるので朝早くの集合だったにも関わらず、既に美術館に到着する前から、施設のどこを回りたいだの、特別展のこんなグッズ欲しいだの和気藹々と話す様子は、傍から見ると仲の良い友達同士に見えただろう。だが実のところ、ほとんどにとってお互いが初めて会う人ばかりだったことを考えると、単純に「美術館の力ってスゴイ」。ヒョーゴミュージアムサポーターズでの出会いに感謝するばかりだ。
 
そんなこんなでバスから降り立った我々はこれから出会えるであろう美しいデミタスに期待を膨らませつつ、これまた非常に美しい日本建築を通り抜けながら、展示室へと赴いたのだった。
 
 

取材の様子は序盤でさておき。
本記事は特別展『デミタスカップの愉しみ』で感じた驚きや関心をもとに、メンバーが各々“推しデミタス”についてプレゼンするという構成となっている。
 
内容に入る前に兵庫陶芸美術館について軽く触れておくと、本館は日本六古窯の一つとして日本遺産に認定された丹波焼の里に2005年にオープンした、陶磁器を専門に扱う美術館だ。陶芸文化の振興のみならず、陶磁器を通した人々の交流を深めることを目的に、展示・保存・調査研究といった従来の美術館事業はもとより、人材育成や子供たちの校外学習、ワークショップなどのイベントを次々と開催してきた。
 
田中寛氏(全但バス株式会社前社長)によるコレクションや丹波焼、兵庫県内の焼物のほか、近代的・現代的な作家意識を持って制作された国内外の陶芸作家の作品等、多種多様な陶芸作品の収集にも力を入れている。
本特別展では、村上和美氏の2000点を超える所蔵品の中から、19〜20世紀に欧州の名窯が生み出したジャポニスム、アール・ヌーヴォー、アール・デコのデザインなど当時の流行の作品を中心に珠玉の380点を紹介している。
 
ちなみに『デミタス』とは何ぞや?と皆さん思われるかもしれないが、これはフランス語で「demi」(半分)と「tasse(カップ)」が組み合わさってできた言葉。通常のコーヒーカップの容量は一般的に100mlを超えると言われているが、デミタスはその約半分の量と認識してもらえればなんとなくイメージがつくかもしれない。
なので『デミタスカップ』と呼ぶと、実は「半分のカップカップ」という意味になる。(この話をギャラリートークで聞いた時は吹き出しそうになった。)
 
 
では、前から順番に読むもよし、気になった写真の記事だけ読むのもよし。メンバーのイチオシを参考に、このコラムをご覧になった皆さんには是非会場まで足を運んでいただき、あなただけの推し作品を見つけてほしい。

※作品の所蔵は全て村上和美氏


INFORMATION

兵庫陶芸美術館
📍兵庫県丹波篠山市今田町上立杭4
🕐開館時間 : 10:00 ~ 18:00 (7・8月の土日祝は9:30 ~)  ※入館は17:30まで
🗓休館日 : 毎週月曜日  

特別展『デミタスカップの愉しみ』
会期:2023年6月10日(土)~8月27日(日)

美術館HP
https://www.mcart.jp/


2.取材班、推しデミタスをプレゼンしてみる

ライター:ぐみ

山下(横浜)《女性と童子図カップ&ソーサー》 1800年代後期

私がこの展示会で目を引いた作品は、日本で作られたデミタスカップとガラスのデミタスカップです。

まず、日本のデミタスというのは、こんなにも繊細で細かい装飾がされているカップだと、見たこともありませんし、日本人による作品であるという点、他にも海外と日本という異国同士のデザインが組合わさることで面白いです。特徴的なカップの形は素敵で美しく、いつまでも見ていれます。

チェコ《ガラス製カップ&ソーサー》 1900年代前期

こちらのデミタスは特に、カップ中心の花の装飾部分が立体的に貼り付けてあり、実際に手で触れてみたくなります。ガラスのデミタスは、何とも言えない色の混じりようと、透き通るカップとソーサーに、完全に心が奪われました。

こちら青いカップ以外にも緑色‥等と展示された照明によって反射で映されたその色彩を、陶芸美術館にてぜひご覧になって下さい。

何より、これら素敵なデミタスを集められた収集家の村上様に感謝です。


ライター:おみ

ドナート&Co.(ドイツ)《テニスセットカップ&ソーサー》 1893-1916年

《テニスセットカップ&ソーサー》4点

ソーサーがカップの大きさよりはみ出ていることがわかるだろうか。
こちらのテニスセットは雅宴画、金彩、透かし彫りという技術をふんだんに使われた模様となっている。
 
しかしなぜテニスセット?と思われるのではないだろうか。
 
実はこちらのカップとソーサーはテニスを観戦する時に使われていたそうだ!
なんと優雅な観覧スタイルだろう!
 
テニスボールが飛んできて割れたらどうする!
素晴らしいプレイが見れた時に興奮して
カップからコーヒーがこぼれたりするのが怖くないのか!?
 

ソーサーが大きく広がったところにはスナックをおいて
飲料とスナックを一つの器で持ち運べるように製作されたようだ。
スナックを置くだけのところにこれほど煌びやかで素晴らしい模様を書くなんてなんと贅沢なことだろうか!
機能性と姿の美しさを兼ね備えているとは、素敵!!!
 
またカップがソーサーの上で動かないような工夫もあるのだが
こちらに関しては実際に見て確かめて欲しい
 
コーヒーとスナックとテニスの組み合わせは異様でも
素晴らしいひと時を過ごしていたのだろう

ロイヤルバイロイト(ドイツ)《カップ&ソーサー》 1890-1920年代

こちらのデミタスはサイコロの形をしている。
 
ですがそれよりも目に入るのは赤い人物。
作者はサイコロのカップというだけでインパクトだけでなく
持ち手の部分を人にするとはどのような意図があったのだろうか...
 
よくよくカップの赤い人物を眺めてみる
  
中を覗こうと登ろうとしているのか?
カップから出てきているようにも見える...
サイコロの面を変えるために、一生懸命にサイコロを押しているようにも見える!
 
サイコロの「1」の面が黒の点になっているのみると
赤い「1」の点の擬人化したのか......?
 
考えてみれば考えるほどカップの面白みが増していく。中には何もない。
 
またカップの方ではなくソーサーに注目すると下に四枚のトランプが重なっているように見える。
 
皆様も、ぜひ想像を膨らませながらご鑑賞ください。


ライター:のん

山下(横浜)《女性と童子図カップ&ソーサー》 1800年代後期

デミタスって西洋のおしゃれなカップを想像しますよね。実は、日本製のデミタスもあるんですよ!あまり見たことないですよね。このことを知ってくれたら他の人にデミタスの豆知識として自慢できますよ。ぜひ最後までお付き合いください。

今回取り上げる日本製のデミタスは明治時代からヨーロッパに輸出されたものです。1862年以降の万国博覧会で日本の美術・工芸品への評価が高まったことが要因です。もうこれだけで豆知識ですね。

よく見るとコップの中にもお花が描かれています。取っ手を持つとなんとまあおしゃれな!優雅な気分になれますね。何の植物でしょうか?植物に詳しくないので分からないですが…。ご想像にお任せします。

さらに、お皿の部分は女性と子供が楽しく遊んでいる様子が描かれていますね。海でお散歩をしているのでしょうか?太陽が沈んでいるので夕方ぐらいですかね~。
 
 
ここで余談。デミタスカップの展覧会って、ただカップを並べて題名など書いた名札を置いて終わりと思っていませんか?実は色々工夫があるんですよ。少しだけ紹介しますね。これこそぜひ知り合いに自慢してみてください。

まずはこちら。円形でどこからでも見ることができます。この見せ方ができるのはデミタスカップの展覧会ならではですね。どこから見ても美しい。その美しさについうっとりしちゃいません?家に円形のテーブルに置いて同じように並べてもあんな感じになるとは思えませんね。それぞれの作品の魅力に合わせた配置、照明一つ一つが合わさって展示ができているんですね。学芸員さんのすごさ恐るべし。

もう一つだけお付き合いください。これは私が個人的に気になった配置です。普通の配置ならジグザグと交互に置くと思うでしょ。しかし、このようにちょっとずらして置いてるんです。ちょっと不思議ですよね。取材のときに聞けばよかったと後悔してますが、また取材の機会に聞いておきます。


ライター:もみじ

山崎(九谷)《金彩牡丹孔雀文カップ&ソーサー》 1900年代中期(右)
産地未詳(日本)《泥漿盛り上げ龍文カップ&ソーサー》 1920-1940年頃(左)

「カップの底に人の顔の絵があるなんて珍しいなぁ」と思って近づいてみると……
実はこのデミタスは絵が描いてあるのではなく、カップの底の厚さで人の顔を描いているのです!

厚みの差で顔が浮かび上がるので、普通に珈琲を飲んでいる時は全くわかりません。珈琲を飲み終わってライトなどで照らすと女性の顔が浮かびあがってきます。

この作品は日本で作られたものです。当時の日本は焼き物用の絵具は色数が少なく、色合いは西洋のものに比べて落ち着いたものが多かったのですが、このような細かな作業が求められる技術や細工においてはとても秀でていました。

当時の日本が誇る繊細な技術を是非お楽しみください!

リヒャルト・ヴェーズナー(ドイツ)《カップ&ソーサー》 1900年代前期

カップの中に細かい人物が描かれた作品です。一見「ただ絵が描かれたカップか〜」と思うかもしれません、しかしこのカップには遠近法が用いられているのです!カップの曲線と視覚を計算し違和感なくひとつの絵のように見せています。

またこのデミタスの見どころは油彩画のように美しい色使いです。東洋のデミタスに落ち着いた色合いのものが多い一方で、絵具の色数が多い西洋のデミタスはまるで絵画のような美しさを持っています。

珈琲が無くなるにつれ現れる美しい絵は、珈琲をのむ一時にときめきを添えてくれます。


ライター:remii

田代商店《泥漿(でいしょう)蜘蛛の巣花葉文コーヒーセット》 1800年代後期-1900年代前期

こちらは、「泥漿(でいしょう)蜘蛛の巣花葉文コーヒーセット」です。

カップ、ソーサー、ポット、ミルクピッチャー、シュガー入れ、トレイのセットになっています。

泥漿(でいしょう)とは、陶土に水を混ぜて液体やクリーム状にしたものです。

ピンク色と水色の模様がとてもかわいいです。
印象的な彩色で美しい、この豪奢なセットにぜひ注目してみてください!

ロイヤルウースター(イギリス)《金彩ジュール透かし彫りカップ&ソーサー》 1880年頃 デザイン:ジョージ・オーウェン

こちらは、「金彩ジュール透かし彫りカップ&ソーサー」です。
イギリスのロイヤルウースターという陶磁器メーカーのもので、ジョージ・オーウェンのデザインです。
この展覧会のコレクターである村上和美さんは、「コレクターとしては、『どうしてもいつかは手に入れたい憧れの逸品』の一つです。」とコメントされています。

ジョージ・オーウェンは、自らの目と感覚のみを頼り、誰にも真似のできない作品を完成させた最高峰の透かし彫り職人です。
強度が弱く、常に形が崩れてしまうリスクと背中合わせです。
作業にはどれほど神経をつかったことでしょう。
オーウェンは並外れた集中力と忍耐とぶれることのない手の感覚で透かし彫りを極めたのです。

学芸員さんがライトをカップに当てて見せてくださったのですが、すごーーーく細かく彫られているのがわかりました。
実際に見ると、より技術の高さをわかっていただけると思うのでぜひ見てみてください!!


ライター:にーさん

レノックス(アメリカ)《ホルダー付きカップ&ソーサ―》 1916-1920年

私が一目見てビビっときたのがこの一作。

まずカップの内側を見てほしい。
紋章のような優雅なデザインに、控えめに輝く金の縁取り。詳細な説明はキャプションに記載されていなかったが、左右均等に並んでいるのは何かの花だろうか。カップのふち上部にあるイラストは、百合の紋章のようにも見える。

この金と白が織りなす品の良い美しさ、どこか既視感が…と思いつつ展覧会をぶらぶらしているうちに、ピコンと閃いた。ジョゼフィーヌ(ナポレオンの妻)の衣装だ…!
 
考えてみると、西洋の高貴な女性は白を基調としつつ金糸で曲線美を添えたドレスを着て絵画に描かれることが多い気がする(ぱっと思いついただけでも、イギリスのヴィクトリア女王、『ベルばら』のオスカル…等々)。単によく肖像画で目にするだけで全くの根拠はないが、純粋無垢な白と富を象徴する金色の組み合わせは、女性にとって理想的な優美さをほどよく演出するのに一役買っていたのかもしれない。

話がそれてしまったが、色と柄が様々な雰囲気を醸し出すこのような例を思うと、デミタスのようなデザインと技巧に重きを置いた食器は場の趣向を変え来客者の目を楽しませるのにまさしくうってつけのツールだったのではないだろうか。
 
そしてもう一つ言及したいのが、カップの外側にある銀のホルダーとソーサ―。
こちら、先ほど紹介したカップ本体とはまた違った雰囲気で、なんというか、非常に直線的でモダンな感じである。専門家ではないのであくまで印象だが、前者がアールヌーヴォー(曲線的、装飾的)なら、後者はアールデコ(直線的、合理的)といった風か。
 
カップにホルダーが付いているというだけでまずオシャレに思えるが、この異なる二つの様式がうまい具合に融合しているところが印象的で、古典的な美と機能的な美しさが喧嘩しないよう調整を重ねる制作者の、あれこれ悪戦苦闘する様子が目に浮かぶようだ。

ピルケンハンマー(チェコ) 《金彩桜花文角形カップ&ソーサ―》 1887-1918年

前半が長くなってしまったので次は少しだけ。

こちらの作品、サイコロのような4隅に丸角のあるコロンとしたカップ、そして同じく四角形のソーサーが一揃いになったもので、目を惹く艶やかなブルーと、側面の大部分を占め存在を主張する金色とのコントラストが非常に美しい。
 
この青色は我々の言語で何と表現すればいいのか分からない(コバルト?インディゴ?)が、チェコの国旗にも似たような青色が使われており、現地の人々にとっては何か特別な意味合いを持つ色なのかもしれない(皆さんにこのパキっとした色合いをうまく伝えるには、まず筆者自身の撮影技術を磨かねばなるまい…)。
描かれているのは日本人にはおなじみの桜なのに、使われる背景色が日本の多用する渋みのある色と異なるだけで全く印象も変わってしまう、不思議な魅力がある。
 
フォルムが可愛いのは勿論のこと、カップから少しだけ目線を下にずらしてもらうと分かるように、台座代わりになんとも可愛らしい小さな脚が!
夜そっと食器棚を覗くと、『美女と野獣』に登場するティーカップよろしくその小さな足でトコトコと動き回っているのが見えるかもしれない。

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