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【やれる事をやる】できないとやらないの混同

「できない」という言葉を聞く事があります

本当にできない事であれば「できない」と言っても何も問題はないと思います
しかし「できない」という言葉は、本当にできない事以外にも使われている時があるように思います

できない事ではなく、やらない事に対しても「できない」という言葉が使われている事があるように思います

「できない」と言っている事が本当にできない事なのか、ただやらない事なのかは外から見ているだけではわからない事もあります
どんなに多くの人ができると思う事であっても、人によっては本当にできない事もあると思います
そこにいるすべての人ができるからといって、その事が誰もができる事であるとも限らないと思います
できないという言葉には、やろうとしてもできない事とやろうとしないできない事があると思います

やろうとしてもできない事はどんな状況であってもその人にとってはできない事なので、他の人がどうのこうの言っても本当にできない事だとは思います

しかし、やろうとしないできない事はやろうと思えばできる事なので、その事ができないと言うのは少し違うように思います

それなのに「できない」という言葉を使う時は、やろうとしてもできないという事よりも、やろうとしないできないの事に使われている方が多いように思います

そこにできない事とやらない事の区別がつきづらい問題があるように思います

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誰もが「できない」という言葉をやろうとしてもできない事だけに使っているならば、その人が「できない」という事は本当にできない事だと思う事ができます

しかし、自分がやろうとしないだけでやればできる事にも「できない」という言葉が使われる事があると、できないという言葉をどちらの意味で使っているのか見分けなければいけなくなります
その人が本当にやろうとしてもできない事なのか、それとも、やろうとしないできない事なのかは他の人には見分けづらいと思います
本来ならば、やろうとしないできないは「できない」と言うのではななく、「やらない」というのが正しい言い方だと思います
それなのに人は、やらない事をできない事としていることが多々あるように思います

そこには「できない」と言えば周りが「しょがない」と思って、自分がやろとしていない事をやらなくて済んでしまう事があるからだと思います
できるかできないかはやってみなければわかりません
その事ができない事とやらない事を区別していく事をややこしくしているように思います

できるかどうかやってみなければわからない事は、やればできる事だけに適用できる事だと思います
物事にはやってみなければできるかどうかわからない事もあれば、そうではない事もあると思います
何でもやってみればできる訳ではなく、物事にはやってみてもできない事はあると思います
「できない」という言葉は本来、やろうとしてもできない事に対して使うのであって、やろうとしていないできない事に使う事があるからややこしくなっているように思います

やってみてもできない事がわかっている事に対して使うのが「できない」であって、やってみなければできるかどうかわからない事に対して使うのは「やらない」だと思います

やってみなければわからない事までに「できない」という言葉を使うと、やってみなくてもできない事までやってみればできる事だと勘違いされてしまう事があります

実際に、やってみなくてもできないとわかっている事を、やってみなければわからないと勘違いして大惨事を起こりしている人をよく見かけます
できるかどうかわからない事に関しては「できない」ではなく「やらない」と言う事が必要だと思います
「できない」という言葉を自分の都合が良いように使っていると、本当に自分ができた方が良い事ができない事もあるように思います

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できない事とやらない事を見分けるには、物事にある事実を見ていく必要があると思います
その事がやろうとしてもできない事なのか、やろうとしないできない事になっているのかは、そこにある事実だけを見ていけばわかると思います
しかし、やろとしでもきない事はいけないという思いが入ってしまうと、事実を私実にしてしまう事があるように思います

私実は、自分がこうなって欲しいという自分の思いが事実に入ってしまったものだといえます

事実に自分の個人的な思いが入ってしまうと、当たり前ですが事実とはまったく違うものになっていきます
私実が事実ではない事は冷静に見ていけば誰もがわかるのに、やろうとしてもできない事はいけないと思って、できるようになる答えを求めてしまうと事実を私実にしてしまう事があります

私実が厄介なのは事実がもとになっている事で、私実の多くは事実と同じであるという事です
私実が問題なのは、できないという結論になる所だけ私が脚色しているという事で、それ以外は事実と何も変わらないという事です

どんなに事実と同じであっても肝心なできないという結果になるところが脚色されていては、後が事実と同じであってもまったく違う事柄になっているといえます

まったく違う事柄を事実と似ているからと事実にしていては、やろうとしてもできない事をできないと判断する事ができないと思います
そこにある事実は私実になっていないか、そう思って事実だけを確認する事が必要です

それを確認する事なく、そこにあるのが事実なのか私実なのかを見分ける事ができていないと、やろうとしていないできない事を「できない」と言う事がまかり通ってしまいます

やろうとしていない事ができない事になっている時は、私実に惑わされてしまいそこにある事実が見えていない時だと思います
私実に惑わされる事なく事実だけを見るようにしていければ、その事が本当にやろうとしてもできない事なのか、やろうとしていないできない事なのかは一目瞭然だと思います

しかし、できないという結果は受け入れられないと思ってしまうと、やろうとしてもできない事とやろうしていないできない事を見分ける事ができなくなります

事実を私実にしてしまうと、自分が望む答えばかり求めてしまい、やろとしてもできない事をやろうとしないできない事だと思ったり、やろうとしていないできない事をやろうとしてもできない事だと思ってしまいます
やろう思えばできる事はどんなに自分ができないと言っても、それはできない事ではなくやろうとしていない事です

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やろうとしていない事であれば「できない」と言うのではなく「やらない」、或いは「やりたくない」と言うのが正しい言い方だと思います
やる必要がない事の時は誰もがやらないといえるのに、やる必要がある事の時はできないというのは少し違うように思います

やる必要がある事をやらないというのは気が引けるからかもしれませんが、その事がやろうとしてもできない事がやらない事のように思われる要因になっているうように思います

やろうとしないできない事をできないと言っている事が、できないという言葉の信憑性をなくしていると思います

やろうしないできない事を「できない」と言っている事が多いのは、その事をやらなくても済んでしまう事があるからだと思います
それを防ぐ為には、できないという事にある事実を見るようにしていきましょう

できる自分でいたいという思いは一度捨てて、どうしてできないのかを見ていけば、できない事にある事実は見えてくると思います
その時に一番気をつける必要があるのは、その理由がわからない時です
やればできる事ではあるが、どうやればいいのかわからないという事があった時です

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人はわからない事があるとその事を見ないようにしてしまう事があります
わからない事はわからないという事実があり、どうやればできるかわからない事は現段階では本当にできない事だといえます
わからない事をわからないままにできないと、勝手に私の妄想を入れて事実を私実にしてしまうと、本当にできない事をやればできる事だと思ってしまうようになります
それでは、やろうとしてもできない事とやろうとしていないできない事が混同して、やらない事をできないと言うようになっていきます

あなたは、やろうとしていない事を「できない」と言っている事はありませんか
やろうとしてもできない事なのか、やろうとしないできない事なのかは
自分が一番よくわかっていると思います
それなのに、やらない事を「できない」と言ってしまうのは
失敗する事を怖がっているからだと思います
やってみて失敗したらできない自分になると思っているからだと思います
失敗を怖がって失敗をしたくないと思っている人にとっては
自分からできないと言うのと、やってできない事では
できないの意味が違ってきます
自分から言っても、やってみても、できない事には変わりはないのですが
それでも、自分からできないと言うのは心のダメージが違います
それは、やらずにできないという方が、やってできない事よりも
周りの人の評価が違う事があるからです
本当は、やらずにできない人よりも、やってできない人の方が評価されるべきなのに

やってできない人の方が、評価されない事が多くあるからだと思います
そこには、目の前にある事しか見ようとはせずに
物事の本質にある事実を見ようとしていない事があるからだと思います
それでは、できないと言ったものがちになってしまい
できないと言っっている人も、そう言われている人も
どちらにとっても良い事はないと思います
やろうとしてもできない事は「できない」と言ってもいいですが
やろうとしていない事は「できない」ではなく「やらない」と言えるようにしましょう
角が多少立つ事があっても、やらない事を「できない」と言っていくよりも
やらない事は「やらない」といった方が、本当の自分と向き合う事ができます
本当の自分と向き合う事ができるようになれば
本当にできない事だけ「できない」と言うようになり
自分がやる必要がない事は「やらない」と言う事ができるようになります

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