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食い意地が取り柄

フードエッセイスト・平野紗季子の名前を知ったのはSPURで彼女の連載がはじまった頃だった 食通の小説家や芸能人、映画監督などがエッセイを書くというパターンは往々にしてあるが「フードエッセイスト」と名乗り、食べ物についてばかり語ることを生業にしている人って今までどれだけいただろうか?

まるで遊びのような、型にはまらない彼女の文章が楽しくて、その連載を目当てにSPURを毎月買っていた その後、POPEYEでの連載「味な店」の存在を知り、またまたそれを追いかけるようにPOPEYEを買ったり…

去年から彼女はSPINEARで「味な副音声」というコンテンツを配信しているのだが、つい先日発表された2020年の「JAPAN PODCAST AWARDS」で「味な副音声」が大賞に選ばれた なんともめでたい このコンテンツはラジオとは少し性質が違う、いわゆるポッドキャストで平野紗季子が毎週ある食べ物、料理をテーマに一人語りするというものだ

そもそも「ポッドキャスト」は2004年頃アメリカで誕生したもので「iPod」と「Broadcast」を合わせた造語だ 仕組みとしては音声ファイルをインターネット上で公開するというものに過ぎないが、近年音声コンテンツが急速に普及し始めた日本では今後も加速度的にその市場が拡大していくと予想されている

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「味な副音声」のとある回のテーマは「デリバリーピザ」だった 彼女にとってデリバリーピザの存在は馴染みが深く、様々な食べ物の中でもかなり上位の好物だと語っていた 彼女は現在、原点回帰的にドミノピザが好きらしい

一方それを聞いている私はというと、いわゆるアメリカンな「ピザ」ではなく「ピッツァ」強いて言えば、マルゲリータで育った人間だった

小さい頃、金曜日の夜は家族でよく外食に行った その中で何度も行った覚えがあるのが、マルゲリータが美味しいイタリアンレストランだった 石窯で焼かれた生地は極限に薄く、クリスピー、一切れごとにきちんと乗せられた新鮮なバジルの葉の芳香、瑞々しさの残る甘酸っぱいトマトのソース、そして熱々の真っ白なカマンベール あぁ、これ以上は何もいらない 

今でもマルゲリータを食べる度にそのときのことを思い出す マルゲリータは私にとって幸福で取るに足らない幼少期の思い出の一つだ

私の父と母がイタリアンを好むのは、2人のハネムーンの行き先がイタリアだったかもしれない(もしくはワインが好きだからかも) 結局、2人でツアーを抜け出してミラノを気の向くままに散策したらしい まさに父がしそうなことだ 

2人はお見合い婚だったけれど、その束の間の恋人だった期間のことを私はたまに想像する

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現在、私が一人暮らしをしているアパートの付近には把握しているだけでもチェーンのピザ屋が3店舗ある パンデミック以前、打ち上げや飲み会で度々デリバリーピザが並ぶことがあったが、私はだいたい遅れてくるのでピザはとっくになくなっていて、トッピングの油が染み付いたピザボックスを見て「あーピザとったのか」と思いながらお酒をなめていた

どうして今まで1人でピザをとらなかったのか、我ながら少し不思議に思えてくる 確かに頻繁に食べられるほど安くはないけれど 

とにもかくにも、そのポッドキャストを聞いた私は猛烈にデリバリーピザを貪りたい衝動に駆られた まさに食(欲)の僕 

すぐさま近くに店舗がある「ピザハット」と「ドミノピザ」を興奮気味に検索エンジンに打ち込んだ どちらもそれぞれ魅力的なメニューがあったが、ピザハットの選べるハーフ&ハーフに完全に心を奪われ、メキシカン辛パーニョとやみつきアンチョビオリーブのハーフ&ハーフに決めた

注文からおよそ40分後、焼きたてのピザが届いた 置き配といえどインターホンでちゃんとお知らせしてくれる ありがたい

ピザボックス、これはドミノピザが最初に生み出したプロダクトなんだよなーという雑学をすっ飛ばし、あれよあれよとも言えぬ間に湯気と共に眼前に広がるMサイズのハーフ&ハーフ この絶景、全部私のものだ ハンドトスのしっかりもちもちとしたきつね色の生地、食欲を加速させる動物性脂肪の香り…! いわゆるジャンクフードというものはどうしてこう、いとも簡単に人間の理性を取り去ってしまうのだろう この類の食べ物の前では、むしろ理性的でいることがバカバカしく思えるほどだ お気持ち程度にのったアンチョビとブラックオリーブの距離感すら愛おしくて1切れ、2切れと息つく間もなく大雑把に咀嚼しては次々と口に運ぶ メキシカンな方はハラペーニョがしっかりと辛くてこれがたまらない チーズに加えて粗挽きソーセージの脂とスモーキーな香りが相まって、ジャンクフードはこうでなければ!とちょっと胸が熱くなる グリル野菜も割とふんだんにのっていて、焼き目の付いた鮮やかなパプリカは口の中で溶けるようだ


5切れを食べたところで理性が帰ってきた おかえり、残りは夜食べることにします

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1人でできることを増やすのは楽しい以上に価値があることだと思う デリバリーピザを1人で食べるために注文して私は運転免許を取ったときと酷似した感情を咀嚼してる 年齢を重ねるにつれ、何かを新たに経験し習得することはだんだん減っていくと思っていたけど自分が動けば得られるものは思っているよりはたくさんあるんじゃないか 思いがけずデリバリーピザから元気をもらってしまった

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