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映画「THE COCKPIT」(監督:三宅唱) 感想

■はじめに

映画「THE COCKPIT」を見た。

「THE COCKPIT」は"SIMI LAB"のMC/BeatmakerのOMSB(※1)と"THE OTOGIBANASHI'S"のMCのBim(※2)が2日で1曲を作り上げるまでを捕らえた三宅唱監督(※3)による作品です。

内容を説明するよりポスターや予告映像を見たほうがずっと早いので↓をどうぞ。

映画『THE COCKPIT』予告編 OFFICIAL

ちなみに本作は、"身体"をテーマに実験的な映像作品を毎年自主制作するという愛知芸術文化センタの取組みの一環で、2014年度作品として依頼されたものです。視聴した感想としては「最高!!!!!!!!!!」これに尽きます。趣味やアマで創作活動をしている人、特に宅録音楽をやっている人は必見、他人のクリエイト風景というのはこうも創作意欲を掻き立てるものなのか!って感じです。Twitterやblogでも絶賛のコメントで溢れていて、とても温かいです。

でも、色々批評や感想を読んでたのですが、自分が感じたコトをズバリ書いてるものが無かったので少し書いてみます(以下、ネタバレあり)。

■感想

この映画の素晴らしいところは、各種コメントで書かれているような、
「プロのアーティストが楽曲を製作するドキュメンタリー要素や彼らの類まれ無い才能や発想力を楽しむもの」ではなく、
「何もない状態から1曲の楽曲が完成していくカタルシス」でもなく、
「楽曲製作の過程を真正面に固定したカメラで、それもスタンダードサイズ(4:3のいわゆる昔のテレビ画面サイズ)で撮影した、ほぼ変わらない構図による没入感を楽しむもの」でもなく、
「MPC(※4)による楽曲製作恰好良い!最高!といったMPC讃歌」でもなく、
「"身体"というテーマに沿うような、MPCを操る指先の動きやビートに首を降らす動き、ラップを録音する際の佇まいなどの身体的躍動」でもなく、「HIPHOPミュージックが産まれる瞬間という資料的要素」でもなく、
「"THE COCKPIT"というタイトルと掛けて評論家に上手くオチをつけさせる」ことでもないです。

この映画の素晴らしいところは、「創作における"何でも無い一瞬"を切り出したこと」だと思います。そして、それこそがサンプリング(※5)ミュージックの真髄だからです。

本作は一応ドキュメンタリーという体になっていますが、正確には無演出ではないです。舞台はCreativeDrugStoreのVaVaとHeiyuuの新居。演者にはこの部屋で1曲製作することを依頼していますが、雰囲気作りや多少のリテイク(流していた音楽を止める)等を依頼しています。ただし、それ以外は部屋の出入りも含めて本当に自由にお願いしたそうです。そのおかげか、OMSBもBimも終始、楽しみながらラフにラフに楽曲を製作しています。

映画評論家の藤井仁子は映画時評で

どれほど遊び半分のようにリラックスして見えたとしても、彼らのあいだには常に密かなプロフェッショナリズムの緊張が張りつめ、室内に閉じこもっての作業をお泊まり会的な馴れあいから絶対的に隔てることになるのである。

と述べています。

勿論、彼らはプロのアーティストであり、彼らの拘りをひしひしと感じます。でも、製作の要所々々(というより常に)ふざけあって遊んでる姿は純粋なもので、やっぱりお泊まり会的な馴れあいです。常に和気藹々していてプロフェッショナルな緊張感なんて微塵も感じず、見ているこっちも笑顔になります。

自身のクリエイトでメシ代を稼いでる人はプロのアーティストです。ただし、ぼく個人的な考えで言えば、"クリエイトすること"にプロもアマもないです。というのも、何かを作る際は自分のセンスを積み重ねていくものです。自分が気に入らない部分があれば気に入るように納得するように作りなおして完成させる。勿論、プロとなればそれが売れることが必要不可欠になり、売れるということを念頭に製作をする必要があるため、時に自分のセンスの積み重ねだけではいかないこともあるでしょう。しかし、今作で作られる楽曲はひたすら「今の音ヤバイよね」、「今のリズム格好良い」といった彼ら自身のセンスの積み重ねであり、販売目的や監督から曲に対する指示があったものではないです。そういった意味ではこの作品に"プロフェッショナリズムの緊張"なんてものはありません。

加えて、彼らは常にプロのアーティストであることを意識している様子もありません。三宅監督はインタビューで、"彼らはカメラがあることを変に意識することなく、直ぐにカメラと仲良くなった"と述べています。それは劇中でもふんだんに表れています。

「四千の歴史」というワードから響きの似た「ビヨンセ大好き」というワードを思いついて連呼したりする緩いギャグが全編通してあるのですが、時にだだ滑りしてるし、劇中、OMSBとBimがフリースタイル(即興ラップ)で遊ぶ場面においても、2人とも詰まり気味で、彼らの実力から考えたら酷くダサい。でも、そういった姿を惜しげも無く出してくる。そんな格好悪くても関係無く、ただただ皆で楽しんでる雰囲気の全てがとても愛おしく感じます。そして、そんな何でもない思いつきから作品が生まれるとぼくは思います。

特に如実に現れているのが楽曲のリリック(歌詞)のテーマを決める場面。
2人は何気なくそこにあったスーパーボールを弄りながら、テーマを考える。あーだこーだ喋りながら徐ろにそのスーパーボールをNikeの箱の上で転がして遊ぶ。それがちょっと楽しくなってきて、台に得点やら障害物を書き出す。その内、「この遊びをテーマにすれば良いんじゃね?」となって「それ良いね!」でテーマが決まる。
超ゆるい!!!

サンプリングミュージックの醍醐味の1つは偶発性です。適当に選んだサンプリングソースから、たまたまその時の気分で気になった音を適当にサンプリングして、適当にチョップ(※6)して適当に弄ったピッチで適当にMPCのパッドを叩いて適当に生まれたフレーズ。そしてまた、適当にサンプリングソースを適当に漁って、適当にサンプリングして、さっきのフレーズに適当に重ねて…。そうやってる内に、時に物凄く格好良い楽曲が生まれる。その偶発性が最高なのです。
勿論、どれをサンプリングして、どう組み合わせてというのを全部計算でやっている人もいます。ただ、この場合も、そのサンプリングソースを何らかで偶然知っているから出来、「こういう音が欲しい!」と思った時も、そのイメージに近いものを探して探して偶然発見できたから成り立つのです。

彼らの下らないやりとり一つ一つを経て彼らの中の空気が作られていき、最終的に楽曲が出来ていく様は、まさにそういった偶発性の積み重ねであり、サンプリングミュージックの真髄と同じです。この映画は、サンプリングミュージックの偶発性とクリエイトにおける偶発性を同時に楽しめる点が素晴らしいのです。

冒頭、「創作における"何でも無い一瞬"を切り出した」と書きましたが、そういう思いつきの行動やじゃれ合いをカットすることなく映像にしたことが凄いということです。

また、この創作における"何でも無い一瞬"という場面は、クリエイトしたことがある人なら皆「あるある!」と手を叩くようなあるあるネタだと思います。例をあげればキリがないですが、例えば、

「OMSBが一生懸命サンプリングする音を探している後ろで、BimらがエナジードリンクのMonster Energyが虫っぽい味だとか、アメフトの練習で怪我したとかの全く関係話に花を咲かせている」シーンだったり、
「MPCでドラムを組もうとしてもうまく叩けずに10テイクくらいトライアンドエラーを繰り返す」シーンだったり、
「打ち込みに夢中でOMSBの口が常に半開きになってる」シーンだったり、
「やっと組めたドラムループも出来た頃には、"やっぱり喧しいな"ってなってばっさりボツにする」シーンだったり、
「サンプリングソースにカモメの鳴き声があり、それをふざけてサンプリングしてパッドを叩いて遊んだりしてただけなのに、最終的にはその音も楽曲に組込む」シーンだったり、
「良い音をサンプリング出来ても、"チョップめんどくせえなあ"と思わず呟く」シーンだったり、
「Bimがラップして小節数はみ出しちゃった」シーンだったり、
「OMSBがラップを録音する時、噛みまくってなかなか上手くできず何回も撮り直す」シーンだったり…

ぼくは完全に趣味でサンプリングでビートを作って皆でわいわい言いながらリリックを書いてラップを録音したりしてますが、そんな立場から言うと、「制作のスタイルは皆同じなんだなあ」という印象で、上述したようなあるあるネタは、凄く共感ができると同時に心底笑えます。

基本、やってることは皆同じなんだなー、やっぱり、というのが第一の感想。僕が今やってることともそんなに違わないし、20年前にデブラージと僕でPMXのアパートを訪ねて「人間発電所」のトラックを組んだときとも同じ。今この瞬間にもこんな風にして世界中でトラックは数限りなく産まれ続けている。誰にも真似できない独自の技を持ってる奴なんかいない。スタートラインは同じってことをこの映画は教えてくれる。

それは日本語ラップの大御所ECDが本作に寄せている↑のコメントからも読み取れ、まさにこの通りだと思います。

そしてこういった、映像作品としては冗長的で退屈な部分や完成形からは見ることができない失敗という、クリエイターが経験している創作における"何でも無い一瞬"を楽しむ映画だと感じました。


■おわりに

この作品で評論的なコトを語ろうとすれば、"デスクに向かったクリエイター(視聴者)と画面を挟んでOMSBのビートメイクがある鏡的に見せる構造を構築している~"とか、"スタンダードサイズの映像で他人の部屋を覗き込むように見る技法により、他人の脳内(コクピット)を~"とか、"そこから導き出せるメッセージ性は~"とかを語れるのかもしれません。でも、そんな小難しいことは本当にどうでも良くて、"誰にも邪魔されず自由でなんというか救われていて静かで豊かで"といったクリエイトの時間を垣間見れて、視聴後に"何か作りたい"と思わされる最高な映画だと思います。

実際、鑑賞前に映画館の近くのカフェで休んでいたら、この映画を何回も見ているという人が「思わずMPCを買った!」という話を楽しそうにしているのが聞こえてきました。音楽に限らず、本当に何かクリエイトしたい!!と思わせてくれる作品です。なので、勿論ソフト化して欲しい作品ではあますが、ぼく個人としては何回も見たいというより、この鑑賞した記憶を元に何かを作りたい!っていう珍しい映画でした。

ちなみに、エンディングでは完成した楽曲をバックに、首都高速6号向島線を走る車から外を眺めた風景が流れ、そこがまた何とも言えない雰囲気で、完成した楽曲の感じと合わさって最高です。たまたまその風景はぼくの家の近所なので良く分かるのですが、隅田川の桜橋過ぎあたりから南千住の方に向かっていく風景(※7)は、正直特段筆舌すべきようなものではないです。逆に、そこがまた、"何でも無い一瞬"感があって、創作における"何でも無い一瞬"を切り取った映画の締めとして素晴らしいと感じるのでした。

■おまけ

おまけとして、サンプリングによるビートメイクの面白みを感じられる映像を紹介して本テキストを終わりにします。

・SECONDHAND SURESHOTS
音のリサイクルという実験的な取り組みを追ったdublabによるドキュメンタリー。リサイクルショップで$5でレコードを買ってその音源のみでビートメイク。DAEDELUS、NOBODY、J.ROCC、RAS G。

・1000YEN BEATS VINYL ATTACK!
↑の日本版オマージュ。\1,000でレコードを買ってビートメイク。EVISBEATS、MATSUMOTO HISATAAKAA、生中、FULLMATIC。

・HARD-OFF BEATS
さらに↑のオマージュ。okadada、tofubeats、フーミン、いじりー版。

・Rhythm Roulette
Mass Appealによる目隠しして選んだ3枚のレコードでビートを作る企画Black Milkの回。

・Beat This
Don't Watch Thatによる10分ビートメイクシリーズ"Beat This"
FOUR TET回。

・10 Minute Beat Challenge
↑のオマージュ?Spazzkid編。

・10min challenge
↑のオマージュ。tofubeatsによる10分ビートメイク。2回目のチャレンジ。

・Making beat with 16FLIP
16FLIPのビートテープ"Smorkytown callin"のトレーラー。

<注釈>
※1
2007年にヒップホップクルーのIDBとSVCが合体して結成。その後メンバーの脱入を経て製作された「WALKMAN」(2009年)のMVが、多国籍な外見に関わらず日本語でラップするその姿の新鮮さでバズ。その後、2枚のアルバムと各メンバーのソロアルバムをリリース。OMSBはフリーのビートテープを定期的にアップしつつ、2ndソロ・アルバム"Think Good"を2015年5月2日にリリースした。

※2
2011年にBimの呼びかけにより、高校の同級生のin-d、地元の後輩のPalBedStockは嫌々ながらも結成。ディズニーとラップをコンセプトに新時代のナードを代表するヒップホップグループ。2012年にアップした「Pool」のMVでレーベルSUMMITに一本釣りされた。2015年8月5日に2ndアルバム"BUSINESS CLASS"をリリース予定。

※3
映画監督。いくつかの短編製作を経て長編「やくたたず」を2010年に製作。2012年、第22回日本映画プロフェッショナル大賞新人監督賞を2作目の長編「Playback」で受賞。本作が3作目の長編映画。

※4
AKAI professionalによるハードウェアサンプラー。1987年初代MPCであるMPC60が発売された。サンプラー自体はそれ以前も存在していたが、シーケンス、サンプラー、ドラムマシーンを一つにまとめたものは無く(正確に言えば多少存在していたがサンプリングタイムが短くビートを作るのは困難だった)、1台完結でビートメイクできる優れものだった。その後、後継機が続々リリースされた。他社からもサンプラーが数多く出されたが、今なお人気のあるシリーズ。本作で使用されているのはOMSB本人所有のMPC1000のカスタム(http://ghostinmpc.com/blog/2014/03/14/omsb-simi-lab-mpc1000-rosewood-custom/)。

※5
既存の楽曲の1部や環境音、テレビの音声等、何らかの音の1部を引用し、時にエフェクト等で音色を調整し繋ぎあわせ再構築する手法。著作権には要注意!!!

※6
サンプリングしたネタを細かく切り刻むこと。コンマ以下での調整が必要な緻密な作業。超面倒。

※7
記憶が正しければ多分このルート
https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zmm5BKR3HQaA.kFj0TVVMZKsA&usp=sharing

<参考>
■THE COCKPIT オフィシャルサイト
http://cockpit-movie.com/

■NOBODY
Do Good!!『THE COCKPIT』三宅唱(監督)&松井宏(プロデューサー)interview
http://www.nobodymag.com/interview/cockpit/index.php

■neoneo web
【対談】「表現」を撮るということ――『THE COCKPIT』×『フリーダ・カーロの遺品』特別企画 三宅唱+小谷忠典 12,000字対談http://webneo.org/archives/32397

■webDICE 骰子の眼
平成生まれラッパーOMSBとBim、マンションの一室に広がる宇宙と日常『THE COCKPIT』
http://www.webdice.jp/dice/detail/4718/

■神戸映画資料館
映画時評:一年の十二本 藤井仁子
「近くだとやりにくそう」という呟きとともに発見される世界の秘密『THE COCKPIT』
http://kobe-eiga.net/webspecial/review/2015/06/395/

■荻野洋一 映画等覚書ブログ
『THE COCKPIT』 三宅唱
http://blog.goo.ne.jp/oginoyoichi/e/3acd77f03e348cf9a9928b31d0b200ac

■完成曲"Curve Death Match"のHi'Spec Remix
https://soundcloud.com/hispec43/curve-death-match-hispec-remix

■VaVa Remix
https://soundcloud.com/creativedrugstore/curve-death-match-vava-remix

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