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バランスを保つ場所

バイステックの7原則

1)個別化の原則
2)意図的な感情表現の原則
3)統制された情緒関与の原則
4)受容の原則
5)非審判的態度の原則
6)自己決定の原則
7)秘密保持の原則

介護福祉士の試験対策に
丸暗記した7原則。
当時私は高校生。
教科書に説明は載っているものの
具体的なイメージが掴めないまま。

そして介護職を続けて約20年。
原則の具体的な感覚は掴めたものの
それが支援者として実行できているかは
よく分からない。
この原則を守ろうとすると
自分のバランスが崩れそうになる。
こんな人間が支援者と言えるのかどうか。
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Sさん(女性)は昔からウチのデイに来ている。
元々精神疾患を持っている。
自発的な行動がない、というかできない。
こちらが何か提示しなければ
イスに座っているだけ。それだけ。
ここ最近は状況も酷くなってきた。

トイレは自分では行かないため定時誘導。
「すみません、一緒に向こうへ行きましょう」
『なんで行かないといけないんですか』
「お食事が始まる前に寄らないといけない所が
 あるんですよ」
『なんで寄らないといけないんですか』
この質問に丁寧に答えているとらちがあかない。
とりあえず立ってもらう。が、一人で立てない。
手をとって一緒に立つ。
足も小刻みでなかなか進まない。
「右、左、と少しずつ進みましょう」
『そんなん言ったってどうしたらいいんですか』
「大丈夫です、進めてます」
『大丈夫ですってできてないじゃないですか』
実際は進めているが、本人は認めない。

トイレに入る。スリッパの履き方が分からない。
便器の前まで進めない。
どちらを向けばいいのか分からない。
ズボンとパンツが下ろせない。
便器に座る距離が分からない。
排尿があるかどうか自分で分からない。
排尿がいつ終わるか分からない。

一つ一つ、こちらが言葉で
どのようにするか説明する。
排尿は、少し待ってみたり、
水道を流して水の音を聞かせたり、
背中をさすってみたり。
出ない時もあるし、多量に出る時もあるし。

排尿が終わって畳んだトイレットペーパーを渡す。
「おシモを拭いてくださいね」
『拭くったってどうしたらいいんですか』
「前からこうやって拭きましょう」とジェスチャー。
『そんなん言ったってどうしたらいいんですか』
と言いながら拭いてくれる。
拭き足りないところを私が拭く。
パンツ上げてズボン上げて服整えて。
手を洗う場所を示して手を洗ってもらい
ペーパータオルの位置を示して
ペーパータオルを取ってもらう。
手の拭き方も伝えないときれいに拭けない。
ゴミを捨てる場所を指定しないと
ゴミを持ったまま。
スリッパを脱ぎましょうと伝えないと
トイレから出ないまま。
そして脱ぎましょうと伝えたところで
スリッパから足を抜くのさえ
やり方が分からない。

食事は目の前に用意して
箸を手に取ってもらえば
ある程度きれいに食べてくださる。
今のところ食事介助は必要ない。
ただおやつの時間だけ不機嫌になる。

おやつの時間は利用者がフロアに揃ってから
食べ始めるようにしているが、
トイレの順番待ちなどで時間がズレる人もいる。
Sさんはみんなと同時に食べ始めないと
不穏になる。
もし一人、食べるタイミングが違えば
『どうして私だけおやつが無いんですか』と言う。
自分が食べ終わったおやつのお皿を前にして。

今回もおやつの時間辺りから不機嫌だった。
全ての行動にイライラしているのが分かった。
これ以上の不穏は避けたかったので
Sさんのサポートがすぐできるように
おやつを食べるのをすぐとなりで見守った。
周りの利用者がおやつを食べ始めたが
Sさんは食べない。
「どうぞ召し上がってくださいね」
『これは私のじゃないじゃないですか』
「これはSさんの分ですから食べていいですよ」
『そんなん言ったってどうしたらいいんですか』
「じゃあこのおまんじゅう
 一切れ持ってみてください」
『そんなん言ったってどう持ったらいいんですか』
「ここをつまんでください」
『ここをつまんだってどう(モグモグモグ)』
「そうです。食べれてますよ」
『食べれてないじゃないですか(←食べてる)』
「食べやすく四つに切ってありますね」
『四つに切ってあるじゃないですか』
「はい、そうですね」
『切ってあったらどうしたらいいんですか』
「続きを食べていいんですよ」
『食べていいってどうしたらいいんですか』

この調子で会話していて、
周りの利用者が苦笑いをしていた。
周りの利用者で認知症の無い人は
Sさんが精神的な病気を持っていることは
感じ取っていた。
(理解しているかどうかは別問題)
Sさんのほぼ正面にいた利用者のAさんが
私たちの様子をニコニコと見ていたらしい。
そしてSさんが声を荒げる。
『Aさんが私の方を見てるじゃないですか!!』
口の中のまんじゅうを飛ばして
大声を出した。

フロア内は妙な空気になった。
Sさんは興奮している。
他の人はどちらかというと
「この人また変なこと言ってるわ」という空気。
私は…Sさんの興奮を静めたいのと
他の利用者の気まずい空気を
和やかにしたいのとで
なんとか楽しい話題に変換させようとした。
そうしようと考えながら
「興奮させてしまった」という事実が
自分を情けなくさせた。
興奮させる状況を
私が作ってしまったのではないかと。

意図的な感情表現の原則は、
Sさんの感情を素直にかつ
本人に負担がないよう表現できるよう
支援者が環境を整えていく。
座る位置、目線、会話の流れ…
関わり方で表現は変わってくる。

統制された情緒関与の原則は
Sさんらしい感情が表現できるよう、
支援者は自分の感情を統制する。
決してイライラした態度など見せない。
悲しみに流されない。
怒りに怒りで返さない。
支援者なのだから。

今回私はSさんに対し
必要以上の会話をしてしまったかもしれない。
また、Sさんがあまり好意を持っていない
Aさんの配席が悪かったかもしれない。
あまりにも自分でできないSさんを
私は知らないうちにバカにしていて
それを見透かされていたのかもしれない。
もうSさんはうちのデイでは
活動できないレベルなのかもしれない…
支援者としてスタッフとして、
どうしたら正解だったのだろう。

その日は仕事の後もモヤモヤしていて
いつも楽しみにしているMリーグ観戦も
気分が悪くて見られなかった。
結果を見たけれど推しチームは不調で、
自分の仕事の出来なさと
いくら心の底から応援をしても
報われない虚しさで
頭がフラフラしていた。
(麻雀は、応援したら勝てる、という
 ゲームでは無いことは分かっています)

朝になってベッドから起きられず、
そのうち呼吸が浅くなり
涙がハラハラと出てきた。
また始まったんだ…と思い母に電話をし、
目を閉じながら今の想いを話した。
その時まぶたに浮かんだのが
Sさんの怒鳴る姿で、
あぁ私はこれを引きずっているのか、と
やっと気付くことになった。

支援者として、
利用者を興奮させてしまったこと。
自分が一番したくなかった状況を
作ってしまったこと。
そして、そのような事柄に
すぐにメンタルを崩してしまうほど
介護者として人間として気持ちが弱いこと。
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私は福祉業界は向いてないと思う。
気持ちが優しすぎて流されている。
とはいえ、介護職としてどうかと思うが、
「この人生きてて迷惑」と思うくらい
大嫌いな利用者もいた。
それでもこの業界でいるのは
私の居場所があるから。
私なんかでもできる仕事があり、
私よりも弱い人間がたくさんいて、
私なんかでも役に立てる場面があって、
それでお金が稼げるから。
自尊心の低い私にとって
福祉業界は居心地がいいのである。

誰かのために役に立ちたいなんて思ってない。
自分が役に立ってる!と思うための場所。
自分が支援してる側だと
少し優位に感じられる場所。
バカな私でもなんとか生きていける場所。
弱すぎる自分のバランスを保つために
この業界から抜け出さないんだなぁ。
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Sさんが興奮したときにパニックで
私の腕をひねったことがあった。
手がつぶれそうなくらい
力任せに握ってきたこともあった。
今後は頭を殴られる日もあるかもしれない。
それでも私は「この人は苦しんでるんだ」と
気持ちに寄り添うよう努力して
自分の感情をコントロールして
Sさんの穏やかに過ごせる状態を
模索してくんだろうなぁ。
汚くてズルくて自分のことしか考えない、
自分の都合のいい介護者として
やっていくんだろうなぁ。

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