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Aさんへ ⑤

Aさんへ

Aさんこんにちは

今日はスーパーへお買い物にいく途中、二歳くらいの女の子とママさんがお散歩している場面とすれ違いました

女の子は本腰据えて歩道に座り込み、なにかしら夢中になっているようでした

ママさんは定期的に『Hちゃんもういくよー。』『たって。さあ、もういこ。』『お昼の時間になっちゃうよ。』とHちゃんを棒読み口調にて促しておりました

ファンデーションでは隠しきれない疲労感と、水筒やらお着替えやらオムツやらオヤツやらの子供にまつわる荷物が入っているであろう重そうなトートバッグを肩に下げていました

重いトートバッグを肩にぶら下げているせいで、

上品な、おしゃれな、そのままデートに行けそうなほどに素敵な白黒ボーダーのカットソーの本来肩にあるはずの肩の縫い目の線が二の腕までずり落ち、本来二の腕にあるはずのブランドロゴのタグが肘に到達しそうなほどにずり落ち、肩がはだけ、勝負的レースは皆無のブラジャーでなくブラトップであろう下着の頑丈な紐が見えていました

真っ白であったはずのひも付きのハイカットスニーカーは、公園のお砂場帰りを彷彿とさせる砂まみれ

娘の写真を撮ろうとしスマホを足元の娘に向け

『Hちゃん!』

名前を呼び、しかし、シャッター音は鳴らぬままその代わり怒りや焦りにも聞こえるあからさまな諦めをため息にして吐き、ママさんはスマホを握った右手をダラリと太ももの横におろしました

カフェ
フォトジェニックな遊具
見るだけで視力が向上する手入れの行き届いたパブリックの広大な芝生

そのような、どこをどう切り取っても映えな場面。ではなく

古びた平屋と道路を隔てる、所々が寒々しく朽ちた昔ながらのコンクリート壁
壁の根本に、根本ギリギリまで短くなった吸殻
吸殻を避けて自由奔放に伸びる雑草

さらに追記すればHちゃんの装いは

ご当地キャラが面積の三分の二に達する大きさでプリントされたHちゃんの一張羅とお察しするティシャツ。何度もお洗濯されたのでしょう、プリントのビビッドであるはずの赤や黄色や青が白っぽくくすみ、ママと同じくはだけた肩は、本来二つパチンと留めるはずのボタンが一つ外れ柔らかそうな、思わずかじりつきたくなるような白く丸い、産毛が密集しているであろう白く丸く華奢な肩がのぞいており、お膝は黒く汚れ、一歩踏みしめる毎に「キュッ」だか「キュー」だかの音を奏でそうな装飾が渋滞気味のにぎやかなスニーカー

燃料が今にも底つきそうな、燃料メーターが赤く点滅しっぱなしのママさんの「おうちに帰ろう。」宣言も撮影依頼も、さらに言えばきっと洗練さ極まるママさん提案の洗練コーディネートを無視したであろうHちゃんは、まるでなにも聞こえていないかのように手元に全集中されておりました

ただひたすらに熱中し没頭するHちゃんの手元をのぞき見れば、ダンゴムシ

微動だせずディフェンス決め込んだダンゴムシをなんとも大切そうに、ガラパゴス諸島に初めて降り立った生物学者のように、未知との遭遇を全身全霊で楽しんでいるようでした

まばたきも呼吸さえも止めているのか、こめかみや鼻の下に、なめればさぞかししょっぱいであろう汗を沢山生みながら

「もはやHちゃんがダンゴムシなのでは。」

と思えるほどに小さな小さな背中を丸く丸めダンゴムシと遊んでおりました

かつての、既に遠い過去となった娘の幼少期が重なりました

公園にいこうと連れ出すと、公園に到着する前にそこら辺の石で遊び出す

「公園で滑り台しよう。」
「お砂場でおままごとしよう。」
「ブランコにのろう。」
「お昼になったらシートを広げてお弁当を食べよう。おやつもあるよ。」

そのどれにもなびかず、ただ、石と遊んでいた。
さわって、転がして、高いところから落としては「何がそれほどまでに……」と引くほど笑い、手をパチパチして足をバタバタさせ笑い、笑って

『見てて見てて』

と、何度も、新進気鋭の石落とし職人として石落とし技を披露し「すごーい!」か「たのしいね!」か「おもしろいね!」あたりの感想を強制し、石ひたすら落下の次には近くにある石を数個集めてお山を作り、吹けば飛ぶような石のお山を

『みて!エベレストつくったった!』

のえっへんで私をまっすぐキラキラ、石と私の瞳しか見ていない真っ直ぐな瞳で見上げ、なんなら

『しゃしんとってもいいよ?すきでしょ?しゃしんとるの。カフェにいくといつもしゃしんとってるもんね?』

的な視線を向け、石の小山を見下ろす疲弊しきった脳裏に
「三途の川?川のほとりで石つんでんの?」
が脳裏をかすめる私を、私だけを見上げていた娘たちを思い出しました

写真に残っていない過去をたくさん思い出しました

Aさん寒暖差激しい時節柄、どうぞお体ご自愛くださいませ

またメールさせていただきます

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