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Aさんへ ⑪(⑥)

Aさんへ

晴天の、思わずガッツポーズするほどの晴天の休日、ベッドのシーツをはぎとり、なんならベッドの足にすねをぶつけしばらく悶絶し、洗濯をし、いざ干さんとベランダに出て柵にかけ

雨がふりだす

あの心境に名前をつけたい今日このごろです。

*********

『ハロー、アンダスタンダー』

「ロウソクってさコンビニにないのな。」

「なぜか仏壇用はあったけど。
それだったらタカシのでいいよな。あれ短いし細いしうってつけだよな。

まあでも俺死んでないけどな。

死んでないというか、今日誕生日よ。」

「リョウくん?」

「いま帰るとこ。お前ロウソク忘れてるだろうなと思って。ビンゴ?でもないわ、ケーキに刺すロウソクは。帰るわ。何かいるものある?ロウソク以外で。」
「ビンゴ。忘れたわ。お買い物に行く直前まで覚えてたけど忘れちゃった。帰ってきてタカシくんのお仏壇を見て思い出したのよ。
ずいぶん早い解散なのね。オギくん元気だった?楽しかった?」
「うん。楽しかった。楽しかったよ。元気だった。オギは切実に元気しかない。まだ飲んでると思うけど。」
「そう。」

目を閉じる。
リョウのコンディション。手繰る。ご機嫌とは言えないまでも不機嫌ではない。少し淋しそう。悲しそう。不安。寄る辺を求める不安。

リョウの言葉の後ろにある情景を、目を閉じ、手繰る。早く帰っておいで。それを飲み込む。同情して欲しいのかして欲しくないのか。わからない。わからないからこそ寄り添えたらいい。早く帰っておいで。はいつでも適温で差し出せるよう、伝えられるようソノコの喉元にいる。
リョウが立ち寄るであろうコンビニから車であれば五分とかからず帰宅できる。ブルーハーツが流れる賑やかな店に気心知れる男友達を置き去り、ロウソクを求めコンビニへ寄り、仏壇用のロウソクを見つめ『これじゃない。』と手ぶらでコンビニを出る、運転席に乗り込む。
エンジンをかけずしばしぼんやり。五分後にはただいまと顔を会わせ、頬を撫で、キスをするであろう自分に、わざわざ電話をかけてきたリョウを思う。
時々遠く微かに聞こえる息の音は、呼吸ではなくため息なのだと思う。耳を押しつけてもそれ以外は何も聞こえないからラジオのボリュームを落とし、腕時計を見つめているのであろうとソノコは考える。
リョウが、最愛の兄と同い年になった今日は数時間後に終わる。

「リョウくん元気?私は元気よ。あのね、しょっぱいものが食べたいの。無性に。」
「ふーん、塩辛とか?」
「塩辛……塩辛でもいいけど。そういうんじゃないのよね、リョウくんて、」
「俺はいつも元気。タコ、さっきタコ食べてたらさ。」
「タコ?タコの塩辛?あのお店ってそういうのもあるの?食べてみたいわ。おいしそうね。」
「いや、ない。塩辛じゃなくて、お前もよく作るだろタコとか白身の魚とかさ野菜とオイルがかかっててなんだっけあれ。上にピンクペッパーとかいって、グリーンペッパーとかいって。ど忘れだな。ほら、なんとかっチョ。」
「カルパッチョ?」
「それ。カルパッチョ食べたんだよ。」
「うん。おいしかった?」
「普通だな、まあ普通。でさ女の話をするだろ?オギが。永遠と。酔ってるからとかじゃない。あいつのデフォよ。常軌を逸脱した堂々巡りなんだよ。お前、あいつと良い勝負できるぞまじに。」
「リョウくんが一巡目で聞いてないから何度も話すことになっちゃうのよ。」
「うん。ちょっとなにいってるかわからんけど。
んでさ俺ずっと考え事しててさ。
その終わりの見えない一ミクロンも興味をもてないオギの女の話を聞きながら考えてたんだよ。そしたらさ、タコ。喉に詰まってさ、やばかったんだよ。オギが『お前聞いてんの?』って言うんだけど話を聞くなんて状況じゃないんだよこっちは。」
「大丈夫?苦しかったでしょ。それで?」
「そう。苦しかったんだよ。やばいと思ってさ。苦しかった。苦しかったけど、まあなんとか飲み込んでさ。良かったーって。
ああいうときの思考ってさ、苦しいのみだろ?シンプルに。他のことなんてなんにも考えらんないのよ。
苦しさ一択。
苦しくて。でもなんとか飲み込んで落ち着いたらさ、あー、良かったって思ったんだよ。生きてて良かったって思ったんだよ。もう、ほぼ無意識下。瞬間的に生きてて良かったって思ってんの俺。」
「相当苦しかったのね。辛かったわね。でもそうよね大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、たとえ些細でも苦しいことを乗り越えたあとには生きてて良かったって思うのかもしれないわね。咄嗟にね。」
「でさ、俺、お前と会ってなかった頃にさ、タカシが死んでお前とも会わなくなった頃にさ、夜中、グミ食べててさ。」
「グミ?リョウくんグミ食べるのね。知らなかったわ。夜中にグミ。」
「違うんだよ。眠れなくてさ。で、ふと思い出してさ。お土産でもらったグミあったなって。ハワイだかグアムだかフィジーだかウィーンだか熱海だかの。まあでも、あれビジュアル的に海外のだよな。
それがさ、固いんだよ。親の仇のごとく固くてさ、俺グミだと思って食べてるけどもしかしたら飴なのかなって思うほど固いの。
パッケージ読んでもキャンディグミって。どっちだよって。英語分からんしさ。
そもそも部屋が暗いからよく読めないのよ。
遠視入ってんのかな俺。いや、グミキャンディか。にしても何であんな固かったのかな……寒い時期だったから固くなったのかな。でもさ微かに歯が入ったからさ、やっぱグミだったよな。お前に食べさせたいよ。お前、歯もってかれるぞ。」
「リョウくん。グミの説明もういいわありがと。お話続けて。」
「うん。でさ、その時考え事しててさ。ぼんやりグミ食べてたら喉に詰まってさ。もうさ、尋常じゃない苦しさなのよ。苦しくて床にうずくまってもがいてさ。もうさ、ずっと一時停止なのよ。グミ。グミが。進めないし後戻りもできないし。飲み込めないしかといって口に戻ってこれないし。その場所でずっと立ち止まってるの。足踏みなしの立ち往生よ。しっかり止まっちゃってんの。しかもただ止まってるんじゃなくて苦しいんだよ。ずっと苦しいの。
でもなんとか飲み込んでさ。高さ制限2メートルのとこ3メートルのダンプカー通ったみたいな。ゴリゴリ。

で、飲み込んだあともしばらく喉が痛くてさ、痛みの余韻がエグいのよ。グミ通りすぎてんのにずっと痛いの。まだ喉にいんのかなって思うくらい痛い。
喉痛いなあって。苦しかったしやっと飲み込んだあとも喉痛いな。って。

夜中だし、
暗いし、
寒いし、

一人だし苦しいし、辛いし、苦しい後は痛いし。
で、飲み込んだあとにさ、今日のタコみたいに生きてて良かったって思えなくてさ。一人で苦しくて、苦しさが止んでも痛みはあるし生きてても良いこと無いよなって。」しくてさ、苦しくてもがいて、でもなんとか飲み込んでさ。
でも飲み込んだあともしばらく喉が痛くてさ、痛みの余韻がエグいのよ。グミ通りすぎてんのにずっと痛いの。
喉痛いなあって。苦しかったしやっと飲み込んだあとも喉痛いな。って。

夜中だし、
暗いし、
寒いし、
一人だし苦しいし、辛いし、苦しい後は痛いし。
飲み込んだあとにさ、今日のタコみたいに生きてて良かったって思えなくてさ。一人で苦しくて、苦しさが止んでも痛みはあるし、生きてても良いこと無いよなって。」
「うん。」
「それだけの話。えんげとしては全く同じ状況でも飲み込んだあとの心情って違うもんだよなーって、面白いよな。」
「うん。
リョウくんあのね。グミの時も今日のタコの時も、すごく考えてることがあるみたいね。
ずっと考え事してる。運命だと思うんですだったかしら。告白してくれた女の子の話をしてた時もカレーを食べながら、なにかずっと考えてたみたいよね。告白の余韻に浸ってるのかしらって、ちって思ったけどなんか違うわねって。パクチーを忘れたことまだ根にもってるの?とも思ったけどそれもちがうし。
なにかずっと考えてるのか、なにか言いたいことがあるのか。」

喉の骨、飲み込んでも飲み込んでも喉に刺さったまま腹に落ちない魚の骨。

「考えてる。言いたいことじゃなくて聞きたいことがある。」
「リョウくん帰ってきて。はやく帰ってきなさいよ。待ってるから。私は聞きたいことじゃなくて話したいことがあるのよ。待ってるわね。ケーキ食べましょう気をつけて帰ってくるのよ。またあとでね。」

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