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『ベロニカは・・・』

パウロ・コエーリョ著

もし今ダウナーな状態にいたら読むのは少し良くなってからのほうがいいかもしれない。

いわゆる精神疾患についての内面や、外からの認識について的を射た表現が多いから。

だから、これも前から表紙の絵に惹かれていたのだけど裏表紙のリードを読んで止めていて、『アルケミスト』を読んで、今ならいいかと思い読んだ。

やっぱり少し心が揺れた。
でも、落ち着いて読めたことで今の自分の状態に少し自信を持てたように思う。

心(脳?)の病気しているから、心を病んだ(とされている)人々の描写がよく判る。
内面的にも外面的にも。

ある国の病院という閉ざされた空間の中、そこでの出来事と登場人物の来し方、ちょっと風変わりな精神科医を綴っていくことで、それを著している。

正常とされる人にもあるのと同じ不安や虚しさ。
そこにちょっとした?何かが上乗せされて生まれる異常・病気とされる状態。

そう診断される(レッテル)ことで救われる面も確かにある。

が、忸怩とし自責感や劣等感、脆弱感、言いようのない雨雲のようなものに囲まれ、覆われているような感覚。

出口が見えず、これからずっと続いていくトンネルのように思えてしまう個の世界。
そしてその集合体としての病院。

著者はそこにベロニカという異分子を入れることで、ほんの小さな光を差し込んでいく。

小さな光、かすかな手がかりを感じ。
やっと、やっと出口が近づいたのか、つまり回復に向かっているのかと感じて。

もしかしたら次のステップを踏み出す頃合いなのかと思いながら、以前なら軽く踏み出せたはずの脚に雨雲のようなものがまとわりつく。

今のままでいるほうが…、
進んだほうが、たぶん何らかのハードルが多いはずのように思える。

でも、前かどうか判らなくても進んでみようかとそっと背中を押してくれるような作品。

ずっと踏み出すのが怖かった。
再発とか失うものを考えて…
でもこの脚が向かう先が前だと思えた。


ラストシーンに向かう、ある場面では『小さな恋のメロディ』を思い出した。

#ベロニカは死ぬことにした
#パウロ・コエーリョ

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