君の為のアポトーシス
アイナナ、千ヤマです。イチャイチャしてないしカップリングなのかも怪しいし暗い。三部始まってすぐくらいのイメージです。
らさちゃんに描いてもらった素敵絵イメージで千ヤマ書いてみようチャレンジ。(というか絵をねだった)お題は診断メーカーで出たものを拝借しました。
アポトーシス【apoptosis】
アポトーシス、アポプトーシス(apoptosis) とは、多細胞生物の体を構成する細胞の死に方の一種で、個体をより良い状態に保つために積極的に引き起こされる、管理・調節された細胞の自殺すなわちプログラムされた細胞死(狭義にはその中の、カスパーゼに依存する型)のこと。ネクローシス(necrosis)の対義語として使われる事が多い。(ウィキペディアより)
うまくまとまらなさそうなので、心の広い方のみどうぞ。らさちゃんは素敵絵ありがとう!
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初恋と、いう、言葉は。
認めたくはないけれど、どうしても茹るように暑いあの日の記憶に結びついてしまっている。
甘酸っぱいとか、幸せとか、そんなものとは似ても似つかない。
目を奪われる程のうつくしさが、他のもののために必死になるのだという、絶望。
俺をその瞳に捉えた、まま、大切なひとのためならと、何でもないことのように笑った。
ほら、やっぱり、俺の手には入らないのだ。
絶望はそのうつくしさを損なうどころか。暴力的に鮮やかさを増して、あのひとの姿を、俺の瞼の裏に焼き付けた。
*
「……くん、大和くん。ほら、靴脱いで」
ぼんやりとした頭に、すぐ横から涼やかな声音が流れ込んでくる。重たい瞼をどうにか開けると眼前に広がる部屋は、いつも帰り着く寮のそれとは思えないさっぱりとした片付き具合で、更に言えば、しんとして他人の気配がない。寝静まった様子でもなく、俺と隣の声の主以外に誰もいないようだ。
「……あいつら、は、」
「寮には帰れないって、君が言ったんでしょう。……まあ正解だと思うけどね。こんな状態で帰ったら、寝てるあの子たちだって酒臭さで起き出してくるよ。……ほら、自分でベッドまで行って。僕はか弱いから、君をお姫様抱っこするなんて天地がひっくり返っても無理だよ」
声音は変わらず涼やかな、けれど面倒そうな響きでそう言われると同時に支えがなくなって、代わりに壁に手をつきながら、どうにかソファへと進む。ずきんずきんと容赦のない頭痛とともに、少しずつ記憶が戻ってきた。
映画の番宣も兼ねて千さんとバラエティに出演したのだが、この番組のディレクターが、ミツが準レギュラーとして出演している番組も手掛けている人だった。
この業界をどう生き抜いてきたのか不安になるほど、底抜けのお人好し、というのがその人に抱いた印象だった。仕事もできるのだが、少しでも話を聞いてみればやはり人の好さが災いしてか、成功してきたということもないらしく、僕はだめなんだよね、と苦笑いしていた。そんな顔から一転、それより、と心からに見える明るい表情で、三月くんにはいつも本当に助けられている、君の話も良く聞くんだよ、と嬉しそうに笑われてしまっては、飲みの誘いを断るのは不可能に近いことで。
「大和くんは、ああいう純度100パーセントの人には本当に弱いよね。僕の誘いは10回中10回断るくせにさ」
「アンタに、純粋さなんてないだろ」
「ひどいな。僕はピュアだよ。……ピュアな上に潔癖な君には負けるけど」
「……俺はそんなんじゃない、」
仕方がなさそうに笑っているであろう千さんの顔を直視したくなくて、ソファの上に倒れ込む。「狭いんだからベッドに寝ていいのに」と言われたが、その声は無視した。
「良かったね。三月くんだけじゃなく君のこともベタ褒めだったじゃない、あのディレクターさん」
「……ミツ効果だろ。俺は今日数時間愛想良くしてただけだ」
「三月くんに迷惑が掛かったら困るもんね?」
図星を突かれ、何も返せなかった。
ミツが準レギュラーを務めるあの番組に対してどれだけ準備をして、努力をしているか、俺は知ってる。コーナーで紹介するために女子高生に人気のスイーツを買ってきては食べたり、堅苦しくない意見を言えるようにと経済の本を読んだり、ゲストに呼ぶ芸能人の出演作のチェックをしたり。
あの番組だけではない。ミツだけじゃない。あいつらは目の前の仕事に対して、そしてこれから来るかもしれない未来の仕事に対して、真っ直ぐに向かい合い、進んで、時には傷付きながら、成長していく。これからもきっとそうだろう。
こんなつもりじゃなかった。
何度も何度も唱えた言葉だった。嘘がたっぷり詰まったこの世界は、あの男と似たような、醜い欲望と裏切りを煮詰めたような人間ばかりが蠢いているのだと、だからそんな奴らにどんな酷い思いをさせることになろうが全く構わないと、そう思っていた。
それがどうだ。あいつらは、夢の為に、下手をしたら自分の夢だけでなく、不純な動機で関わった俺なんかの為に、骨を折ったり熱くなったり、笑いかけたり、そんな奴らなのだ。
醜いのは俺のほうだ。欲望と裏切りを煮詰めてできている嘘ばかりの人間なのはあいつらじゃなく、俺だ。
「……大和くん、ソファで寝たら風邪引くよ」
このひとも、そうだった。
あの夏の日、それからの日々。あのうつくしさは、俺のものにならなかったのに。俺の前に現れて、嫌なことばかり思い出させる癖に、放っておいてくれない。逃げ続ける俺を笑っているんだろう。蔑んでいるんだろう。なのになぜ、優しくする。
「……、もう、御免なんだよ」
光が眩しければ眩しいほど、暗さは際立つ。光が近ければ近いほど、俺がここにいてはいけないと、強く思い知らされる。
あいつらが、笑いかけるべきは、一緒に歩むべきは、俺じゃない。このひとが、うつくしい手を汚して救うべきは、俺じゃない。
「放って置けない。僕が善人だからじゃない。君には、才能があるし、幸せになる資格だってあるんだよ」
「……っ、だったら、アンタが終わらせてくれよ。あの男に、あのクソ親父に世話になったと言うなら、せめてクソ息子をこれ以上苦しませないように引導を渡してくれよ。俺より、アンタが暴露したほうが効果があるかもしれない、」
宥めるような声に苛立ってがばりと身を起こし、伸ばされたその細い手を掴んだ。解っている。解っているんだ。この手を俺に触れさせてはいけない。どんなにその優しさに、甘さに、縋り付きたくなろうとも。
「……大和くん」
「嘘だよ。俺は、……あいつらを、アンタを、汚したくないよ。…………綺麗だから。俺のせいで、汚したくなんか、ないんだよ」
「大和くん、……顔色が悪いよ。水を持ってくるから」
「………いかないで」
いまだけ、あともうすこしだけ。
救ってなんて言わないから、自分だけできちんといなくなるから。あの日恋をしたうつくしい光に、指先だけ触れることを許して欲しい。
どうか、あともうすこしだけ。
その細い手はほんのりと冷たく、軋むように痛む額に当てると心地が好かった。酔いが醒める気配はなく、すこしマシになっていた眠気がまた襲ってきたので、抗うことはせず、ソファの背に体を預ける。きみは馬鹿だね、と、呆れたようでいて優しい囁きを聞きながら、俺はこのひとの声も好きだな、と、子供のような気持ちで意識を手放した。
君の為のアポトーシス
(ぼくはちゃんと、いなくなるから)
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