ほんのすこしの、背伸び


明日はバレンタイン。チョコレートのイメージキャラクターをIDOLiSH7の二階堂大和さんが務めます!チョコレートの種類はビター、ミルク、ホワイトの3種類。二階堂大和さんが出演する、それぞれのチョコレートをイメージしたミニドラマを公開します。

、という設定の小話です。創作的には分類は夢小説だろうか。女主人公(not紡ちゃん)視点であり、設定はパロディ(notアイドル)です。広い気持ちで読んでくださる方のみ、どうぞ。まずはビターチョコレート、年上にかやまです。


***

バレンタインは、酷な行事だと、思う。

わたしはアルバイトの制服から私服に着替えるために、バックヤードの自分のロッカーの扉を開ける。荷物と一緒に入れておいた紙袋を嫌でも直視することになってしまった。

付き合っている相手はいない。このチョコレートは、片思いの相手に渡すために用意したものだった。片思いの相手は、同じバイト先の、憧れの二階堂先輩。

二階堂先輩は、わたしたちの働くファミリーレストランでは長く働いているらしく、社員からは重宝され、他のアルバイトからは頼られていながらも皆に平等に、フランクに接してくれる、人気の先輩だった。お客さんにも先輩のファンはいて、接客中に女の人から声を掛けられていることも珍しくない。

対してわたしは、と言えば、入った当初指導係として仕事を教えてもらったこともあって今でも何かにつけては気にかけてもらっているけれど、本来なら二階堂先輩と仲良くなんてできるはずもない、消極的で地味な後輩だった。そもそもアルバイトを選ぶときに接客業を選んだのも、人見知りな自分を少しでも変えたいと思ってのことなのだ。最初はなかなか自然な笑顔やスムーズな対応が難しかったけれど、ここでアルバイトをして1年、だいぶ接客も板についてきた、とは思う。アルバイト以外でも、多少は内気な性格を改善できてきたんじゃない、と、親しい友達や家族にも言われるし、自分でも頑張っているとは思う。

けれど。
けれど、好きな人に想いを伝えるというのは、わたしにはやっぱり、不相応で無理なことだったのだ。

大きな溜息を吐き、置いていくわけにはいかないから紙袋を手に持ち、擦れ違うこれからのシフトのアルバイト仲間には消沈ぶりが気取られないよう笑顔を作って挨拶をした。これもアルバイトの成果だ。あんまり嬉しくないけれど。
渡せなかったな、と俯いて紙袋を見つめる。考えてみればこうなるのは充分予想できたことだった。

二階堂先輩とバレンタイン当日である今日のシフトが完全に被ることを知った先月、街は既にバレンタイン一色だった。綺麗なラッピング、甘い香り、かわいらしいものから落ち着いた雰囲気のものまで、ずらりと並ぶチョコレートたち。
その空気に背中を押され、このチャンスは逃せない、とわたしにしては珍しいことに、気づいたら商品を手にとってレジへ向かっていた。
想いを伝えるために選んだのはシックなラッピングのビターチョコレート。彼は甘すぎるものは得意ではないと小耳に挟んだし、洋酒がほんのり香る大人っぽさも二階堂先輩にぴったりだと思ったのだ。

そんな買ったときの気分の盛り上がりにもかかわらず、本当にこのわたしが先輩に渡せるのか、と日に日に不安は増していって、当日の今日を迎えた。仕事中や休憩中に何回か雑談を交わすことはできたけれど、他の人も周りにいたこともあって、それっきり。二階堂先輩はバイトが終わるといつも颯爽と帰って行くから、今日ももういないだろう。

自分の勇気のなさを、それなのにイベントの雰囲気に浮かれてチョコレートを買ってしまった調子の良さを、そしてこれは完全に八つ当たりだけれど、想いを伝えられるのではという気持ちにさせたバレンタインというイベント自体を恨めしく思った。帰ろうと店の外に出て、びゅう、と吹いた冷たい風に肩を竦めたその瞬間だった。


「元気なさそうじゃん」


すぐ横から聞こえた声に、目を見開く。外に出たところの壁に凭れていたのは、二階堂先輩その人だった。


「はー、さむ。誰かさんが遅いからだいぶ冷えたんですけど」
「えっ、あ、あの、すみません、」
「うそうそ。大したことないよ。駅まで帰ろうぜ」
「に、二階堂先輩、どうして、?」
「えー。言わせる?それ?」


笑いながらその先をはぐらかされ、わたしは歩き出した先輩を小走りで追いかける。追いついて隣から横顔を見つめてみる。先輩の顔は半分マフラーに埋もれていて、頬にはうっすらと赤みがさしているように見えるけれど寒さのせいだとも思え、真意はまったく分からなかった。


「俺さ、今日ほんとはシフト入ってなかったんだよね」
「そうなんですか!?」
「そんなに驚くとこ? はは、ほんと、見てて飽きない」
「……そうやって、すぐからかうんですから……」
「からかってないって。……、シフト入ってなかったけど、他の奴に代わってもらったんだ、お前と重なるように」
「え、」


わたしより身長が高い二階堂先輩の歩幅は大きく、わたしは早歩きで置いていかれないようにするのが精一杯だ。横顔をまた覗き込む。心なしか、ほんのすこし、緊張、しているように見える。
緊張?あの、いつでも飄々としている二階堂先輩が?どうして。


「……ほっとした。お前が出てきたとき、その紙袋、まだ持ってたから。他の奴に渡してなくて、良かったよ」
「う、そ、」
「……………あのね。ここまでかっこわるいこと、嘘で言うわけないでしょ」


そう言うと二階堂先輩は、アルバイト先から大した距離ではないこの道、あっという間に着いてしまった駅前最後の横断歩道、赤信号で止まってわたしのほうに向き直った。呆れたような声音。仕方なさそうな声だけど、知っている。この声のとき、先輩は優しく、優しく、笑うのだ。

駅前の大きな看板には、わたしがチョコレートを買ったとき見かけた広告が大きく出ていた。
そうだ。今までのわたしらしくなくったって、大丈夫。

そのちょっとの勇気で、あなたに追いつくことができたなら。


「……二階堂先輩、わたし、」


(ほんのすこしの、背伸び)

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