僕らまだ羽化もできない


お題はいつもの、「約30の嘘」さまより。

衝動で書いたので性格も口調も至くん偽物でごめんなさい。弥生はこういう子。ワガママで腹黒で神経図太いみたいなくせに内心臆病だけど気合いで隠そうとしてる。素直ではない。




「…………キーホルダーなのに何でここに掛けてあるんだよ」


家主のいない部屋で、俺が以前気まぐれで買って押し付けた可愛くないクマのキーホルダーを見つけ、指でその腹を突いた。クマと言えば本来は茶色なのだが、安っぽい毛並みはピンク色。俺のいわゆる、メンバーカラーだった。付け足すと気まぐれで買った際についあいつの色のクマも買ってしまい、そちらは俺が持っていて、仕事で私物紹介をするときに必ず見せるポーチにつけている。何となく買ってしまったのが癪だから、せっかくならアピールに使わなければならない。「可愛いものが大好きで、相方である卯月至のことが大好きな、アイドル神村弥生」のアピールだ。

互いのメンバーカラーのものを持てば話題作りにもなるかと俺があいつに押し付けたピンク色のクマは、物の少なく飾り気のないこの部屋では違和感しかないのだけれど、あいつの好きな洋楽のCDがぎっちりと詰まったラックの縁にS字フックで引っ掛けられていた。こんなところに引っ掛けておいたって意味がないのに。というか、押し付けたとき案の定迷惑そうな顔をしていたから、てっきり捨てたかどこかに放ってあるものだとばかり思っていた。別にそれで構わなかった。こんなところに律儀に飾ってあるだなんて。

俺は部屋の照明もつけないまま、ちゃぶ台、とあいつが呼ぶ、低くて小さな丸テーブルに突っ伏した。テレビもつける気にならない。有り難いことに最近はCMの仕事も増えてきているのだけれど、今はわざとらしい笑顔を貼り付けた自分を直視できる気分ではなかった。

この部屋は、嘘のない部屋だ、と思う。
部屋は家主に似る。あいつの好きな音楽のCDやギターがあって、生活に必要な最低限のものがあって、それだけ。他人の部屋だけれど、自室より落ち着くと言っても間違いではないかもしれなかった。
俺の部屋には、集めていると言ったらプレゼントで途端に増えてしまったピンク色の雑貨類、研究用に買い集めたライバルたちのライブDVD、仕事に関する本、などが溢れている。楽天家で難しいことは嫌いな神村弥生のイメージに本棚は似合わないから、増え続ける本はとりあえず段ボールに入れてある。部屋というより、手に入れてしまったものを置く場所、と言うほうが近い。やっぱり部屋は家主に似るな、と思った。ちぐはぐで、間に合わせばかりの、俺の部屋。


「……弥生?来てるんだろ?」


ガチャリ、鍵を開ける音がして、帰ってきた家主に確かめるように名前を呼ばれる。ここへ向かう前にいつものように今から行くとメッセージを送っておいたのだ。家主は不在だったので、構わないという返事を確認したあと、滅多に使わない合鍵で部屋に入った。


「…………寝てる、のか」
「寝てないよ。お帰り」
「うわ!!……お前驚かせんなよ。起きてるんなら電気くらいつけろ。ていうか寝るならベッドで寝ろ」
「繊細だから枕が変わると寝られないんだよね」
「……、そうかよ」


妙な間を取ったけれど特に何も突っ込んでこない。本当に分かりやすい奴。こないだマネージャーに、最近寝付けないと俺が漏らしたのを聞いていたのだろう。もちろん俺だってもしこいつが寝付けないと聞けば困るが、あくまでもそれは仕事に穴を開けたくないからだ。純粋に心配する訳ではない。


「……テレビつけないの」
「……最近CM増えただろ。不意に自分の顔見るの落ち着かなくてあんまりテレビつけたくないんだよな。お前は演技が上手いからいいけどさ、俺は爽やかに笑ってる自分が自分じゃないみたいで落ち着かねえ」
「……、至でもそんなこと考えるんだ?」
「俺を何だと思ってるんだよ、ていうか今の話をした上で結局勝手につけるのかよ、」
「いいじゃん。可愛い俺をしっかり見とかないとさ」
「あーハイハイ」


こいつに救われているだとか、大切だとか、そんなことはまだ思えない。自分が嘘ばかりでできた人間なのだとは自覚している。けれど、それでも。些細なやり取りをしただけで、こいつでも俺と同じことを考えるのだと知っただけで、なぜか、1人で自分の部屋に帰ったときより気持ちは軽くなっていた。ピンク色の可愛くないクマは、そぐわないこの部屋でも何も気にしていないような、澄ました顔をしている。安いキーホルダーだから、縫製が雑で表情が乏しく見えるだけかもしれないけれど。

そうだ。似合わなくても、嘘ばかりでも、それでも、生きていくのだ。歌っていくのだ。そう決めたのは、自分以外の何者でもない。自分の人生や選択を他人のせいにすることだけは、絶対にしないと決めている。

ふと俺たちのアルバムのCMが流れる。ライブのアンコールのシーンのアップが、アルバムのラストの曲をBGMにして映る。テレビに映った俺は、楽しくて仕方ないというような笑顔を浮かべていた。


嘘ばかりだけれど、嘘だけでは、ないのだと思えるから。

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