見出し画像

中学校に風神・雷神がいた話

先日、Twitterで風神雷神図屏風の画像を見かけて、中学校にいた風神・雷神のことを思い出した。

風神・雷神と言うのは、生徒の間で風神・雷神と呼ばれ畏敬の対象となっていた、2人のファンキーな女性教師のことである。どっちが風神で雷神だったかは忘れたが、その中学校で10年近く勤務していた英語と音楽の教師だ。

私の英語力は、全てその英語の先生(以降、風神という)のお蔭で養われたと言っても過言でないように思う。風神はアメリカでの留学経験があると語っており、そんな風神の話は記憶に深く残っている。

一方の音楽教師(以降、雷神)は、あまりかかわりがなかったように思う。しかし彼女が授業で語ったことが、記憶に残っている。

この中学校には、「生徒会自治活動宣言」なるものがあった。生徒会自治活動宣言の前文は、以下のような言葉で始まる。

「私の前を歩くな。私が従うとは限らない。私の後ろを歩くな。私が導くとは限らない。ともに歩こう。私たちは、1つなのだから」

この言葉は、ネイティブアメリカンの格言の引用と思われる。この中学校では、教師・生徒会・一般生徒をすべて対等な立場にしようとしていたのだろう。そのため生徒会は、校則の制定・改廃なども行えるだけの強い権力が与えられていたのである。そして、この自治活動宣言を立ち上げたのが、雷神である。彼女曰く、私が入学する数年前に、当時顧問をしていた生徒会のメンバーとともに、この自治活動宣言を起草したのだという。

毎年開催される生徒総会では、思春期であることも相まって、服装や身なりに関する校則に疑問を呈し、挑戦する生徒が現れるのが常である(私もその一人だった)。これは日本国憲法前文の、不断の努力による国民主権の保持とも重なるものがあるように見え、私たち生徒は勝手に、社会科で習ったばかりのシビリアンを気取っていた。

日本国憲法は、戦後のGHQによる占領という強いインパクトがなければ作られなかった。それと同様に、生徒会自治活動宣言も雷神というインパクトある存在がなければ、作られていなかっただろう。この素晴らしい自治の文化は、雷神によって作られたものなのだ。

この中学校の教師たちには、生徒に対する独自のアプローチがあったように思う。風神や雷神のようなファンキーで個性的な教師たちは、生徒たちにとって魅力的な存在であり、生徒たちに大きな影響を与えたと思う。中学時代を振り返ると、そんな先生たちの存在が今でも鮮明に残っているのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?