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恐 れ

わたしの苦手なことば語録 第8位くらいに

「 大切にする 」 「 大切にしたい 」
「 大事にする 」 「 大事にしたい 」

が入っている。

すてきな言葉じゃん!
なんで?ときかれそうだが、
こういう言葉は大抵うそだからだ。


大事にしてくれるひとを、大事にしたい

といっていた
とある彼のことを思い出している。

考え方も、すきなものも少し変わっているひとだったけれど、わたしにはないものをもっていて、それがわたしにとっては魅力的な部分だった。

〇〇 も ぼくのことを大事にしてくれるから
ぼくも大事にするよ 裏切らないよ

と当時の彼は よく言っていた。

結果としては裏切られてしまったのだけれど。

そして、彼は
ゆめちゃん(仮名)よりも大切、とか 誰よりも大事、とか、常に誰かとわたしを比べて こういう言葉を発していた。

だからこそ、いなくなって傷ついたのだと思う。わたしもきっと、別の誰かと比較されて、いらなくなってしまったんだろう。

大事に思っていても 一方通行な感情だと成り立たないもので、不思議と空回りだけしてしまう。 片道切符を手にしていても 帰ってこれなくちゃ意味がないのだ。

わたしはこの彼ともうひとり別の方、計2人に同じような ” 大事 大切 ” といった言葉を何度も会話のなかでかけられ、その後すぐに去られた経験がある。理由もなく 突然と。

だから わたしは 大切とか大事 とかそういう言葉が苦手だ。 これを発されたら、またその人はきっとわたしの前からいなくなってしまうのだ。 飽きて 呆れて どうでもよくなってしまうのだ。

世の中の人は、
大事にする とか
○○よりもきみのことを大切におもっている
とかそういう単語をどんなときに使うのだろう。

意外と簡単に口にするもの なんだろうか。
わたしにとっては、苦い過去に類似する苦手なもので、恐れとの戦いだ。こんなわたしも、いつかこの言葉によって報われる日は 来るのだろうか。