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夜のあさがお計画

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小さな子供たちと優しいお兄さんの生活を描いた物語と、そんな場所を実現させるための計画についてです。
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2021年8月の記事一覧

夜のあさがお 私について(最後に)

私について  私は、高専に通っていて、場面緘黙症を持っています。だから、私は風菜ちゃんでもあり、お兄さんでもあり、愛翔くんでもあり、小晴ちゃんでもあるということです。  私が小学二年生のときから、寝る前に考えてきたこの物語の中には、大きい私自身が登場してしまっています。その前までは、小さいふうちゃんが私でした。だけど、私も中学生や高専生になって、小さい自分だけでは満足できなくて、今現在の自分を「夜のあさがお」のメンバーに入れてしまったのです。そうしたら、お兄さんにいろんな

夜のあさがお ラストエピソード

ラストエピソード  風菜には、利人という名前の弟がいる。三歳下なのに、双子のように仲が良くて、毎日けんかもするけど、かわいい弟だ。いつも一緒にいて、助け合ってきた。こんなこともあった。 「ふうちゃんとりひとで、ごみ捨てに行ってきて。」 「はーい。りひと、行こう!」 と、風菜は言ったが、内心緊張していた。でも、利人と一緒なら、大丈夫だ。エレベーターに乗って、下に降りて、駐車場のところまで行くだけ。そこでエレベーターを待っている間、こう言った。 「五歳と三歳で、八歳だか

夜のあさがお エピソード6

エピソード6  学校に行くと、話せなくなる。佳菜子は、専らそのことで悩んでいた。自分一人だけの悩みなのだと思っていた。いつ、話せなくなったのかを、思い出せない。保育園は、楽しかった。友達はいたし、何より、話すことができていた。おそらく、話せなくなったのは、小学校に入学したときだろう、ということは確かだ。  佳菜子がお兄さんに出会ったのは、一年生の冬休みのときだ。初めての人と会うときは、「夜のあさがお」にいる子の中では、力が入らない、っていう子もいるけど、佳菜子はぐっ、と力

夜のあさがお エピソード5

エピソード5  「お母さん、学校行きたくない。」 「えーっ?どうしたの?」 愛翔が小学校に入学してから一か月、学校では運動会の練習が始まったところだった。愛翔のお母さんは幸いにも、愛翔の危険をすぐに察知した。担任の先生に、学校での様子を聞いてみる。 「友達は一人、いるようですが、その子との会話も見たことがありません。発表などは、当てないようにしています。また、運動会の練習が始まり、あわただしくクラスが動いている中で、一人取り残されているときがあります。そんなときは、私

夜のあさがお エピソード4

エピソード4  碧は幼稚園に入ったときに、話せなくなった。深呼吸しても、唾を飲み込んでも、息をどれだけ一杯にためても、家にいるときみたいに音や言葉が出てこなくなった。外に出ると、なんだか分からない恐怖が、碧を襲ってくるようになった。体がこわばり、足が前に出ない。  両親は、そんな碧を見て、自分たちの育て方のせいだと思っている。本当は、生まれつきの体質が強く関係しているのだけれど。そして、年少は幼稚園に行かせなかった。年中から幼稚園に行かせて、年長になるときに、碧を「夜のあ

夜のあさがお エピソード3

エピソード3  ここで、お兄さんの仕事の話をしよう。お兄さんは、場面緘黙だった経験を活かして、風菜たちを預かっている。ここにいる子達は、親元を離れて生活しているということだ(もちろん、一か月に一週間ぐらいは家に帰る)。はじめの親からの別れ方は一人ひとり違う。風菜のように、別れるのが難しいときは、お母さんと一緒に車に乗って、お母さんが出て行って、お兄さんと入れ替わる、こんな形式をとることもある。優希は家族からここの話を聞いてみて、自分で行きたいと言ったから、お兄さんの車ではな

夜のあさがお エピソード2

エピソード2  小晴は、他の女の子三人と遊んでいた。優希はあれ以来、「うん」とだけは言えるようになったけど、まだ抵抗があるのか、遊んでいるときに近づいてはこない。今は、それよりお兄さんと、「おはよう」を言う練習中だ。ゆうきくん、頑張ってるな、と小晴は思う。こはるのときはどうだったっけ。小晴は、少し思い出してみることにした。  お兄さんの車に乗って、ここまでやってきたこと。始めはお兄ちゃんで一年生の航大くんに会いたくて、毎日泣いていたこと。そのたびにお兄さんが一緒に遊んでく

夜のあさがお エピソード1

エピソード1  ここは、「夜のあさがお」という、特別な子が集まって来るところだ。これから、たくさんの子がやって来る。風菜はその記念すべき一人目。お兄さんはその代表だ。ここに集まって来る子は、家の外や幼稚園、学校などで声を出すことができない。動作を抑制してしまうのだ。それを、場面緘黙症という。場合によっては声が出なくなるだけでなく、動くことも抑制してしまう。風菜の場合は、トイレに行けなかった。お兄さんも、小学一年生までそうだった。そんな経験を、仕事にしているのだ。ここに来てし

夜のあさがお エピソード0

場面緘黙症についての物語です。 エピソード0  風菜は泣いていた。怖かった。さみしかった。どこに行っているのか分からなかった。ただ、知らないお兄さんの車に乗っていることだけは確かだった。何も言えないまま、ずっと静かに泣いているしかなかった。しかし、車が停まったときにはもう、深い眠りに落ちていた。お兄さんは優しく、風菜をそっと家へ運んだ。  風菜はようやく目覚めた。ここがどこだか分からない。ママはどこ?また泣きそうになるのをぐっとこらえる。周りを見渡してみる。ピンクのうさ