わたしと書くことと。(だらだら書いてみたシリーズ)

何度このテーマで書いたか知らないが、自己分析がてら、書いてみましょう。

~私の書くこと履歴~

幼稚園:絵のらくがき

小学校低学年:絵のらくがき

小学校中学年:絵のらくがき まんがのらくがき 交換日記

小学校高学年:まんがのらくがき 交換日記2冊ほど つづかない自分用日記(続かないので3日書いて3カ月放置) 回し手紙

中学校:・紙ベース日記 (へたくそな絵日記) 謎ポエム <自分の部屋でストレス発散のために1日3ページ、多くて6ページとか毎日書いていた気がする、ちなみにまだ全部取ってある。開きたくない。絶対。>

・ホームページ日記<紙ベース日記をもとに自作ホームページになんかしら書いていた。さすがにパソコンはリビングにしかなく、毎日更新できるわけでもなかったので1週間に1回。土曜の深夜にリビングでキーボードに向かってかたかたしていたので「ハムスター。」と両親に揶揄される。ちなみに私の妹2人も中学時代同じようなことをしていたので「ハムスター」と揶揄されていた。>

高校:・紙ベース日記 謎ポエム <何かどうしても思い詰まった時に。大体好きな人にちょっかいだされた話か(思い出したくない)、学校行きたくない話か>

・Web日記<丁度ブログが出だした時代。変わらずHPにも謎ポエム書いていた気もするが。自分でパソコンを持てるようになったので、メインはこちらに動いていく。2005年高校3年秋にmixiをはじめる。当時はまだ18歳以上の招待制をとっていたが、まあまあまあ・・・>

大学時代:・Web日記<mixi更新常連魔の痛い人になる。もちろんのこと個人的トラブルが相次ぎ(笑)何度かやってやめてを繰り返す。同時にブログサイトを作っては放置しても繰り返す。>

・このころに高校時代の先生から「小説書けばいいのに」と言われるものの一切無視。書いてみて3行書いて無理だと思ってやめた。

卒業してから:Web日記<作っては放置してのブログをry あとmixiつづけてた。ツイッターもpost数がとんでもなかったです。>

これを2年か続けて、2012年秋に初めて小説たるものを書く。

その後2013年、もういちど大学生を1年間やるのだけれども、その間に小説とエッセイをぶあーっと書いてはひーひー体調を崩す。秋にCRUNCHMAGAZINEに登録。2012年に書いた小説がちょっとサイト内で注目されて、一瞬サイトの中心層にいた。

2014年2月にコミティアに出た。5月に文フリに出た。



本は読まないのだが、なんかしらないが書く。本は読まないのに、なんで書くの?と聞かれたこともある。わたしだってわかんなかった。

むかしからそんなかんじだった。

型にはまったことを書くのがだいっきらいで、苦手で、卒業論文は出せなかった。だから、わたしは書けない人だと思っていた。

でも、ちょっと経って、仕事の都合上簡単な企画書とか、書類とか、メールとか、「書けないよこんなの」って思いながら書いてたら、「なんでそんなに書けるの?」って言われた。知り合いフィルターあったかもしんないけど。

大学通いなおしてからも、出したレポートとか指導案は高評価で返ってきた。難しくなかったけどたいして。

どうやら、「書けなくはない」ひとだということが、客観的にちょっと見えた。

そっか・・・・・・って思った。

やっぱり、書いている瞬間は、やっぱりよきにせよ悪しきにせよ、開放的になる。解放的にもなる。むかしからそう。辛くって涙流しながら書きなぐったものの数はたくさんあって、それでも自分を抑圧するものから解放されたくて書いてた。いまも、かんがえに生き詰まったから開放するために書いてる所ある。

ふと最近、本当に最近、振り返ってみて思った。

「自分が一番真剣な眼をしているときっていつ?」って、思った。

自分の眼を自分で見ることはできないけど、たぶん「書いてる時」だと思う。パソコンを見ているから真剣そうに思えるだけなのか?

ものを読むときよりも、生徒にものを指導する時よりも、自分で英語勉強するよりも、ご飯食べる時よりも、寝る時よりも(寝てるからわかんないか!)私が真剣な眼をしているのは、書いているときにまちがいないやって、確信できる。当社比ね。

書くことなんて好きじゃないって、すごくいっぱい思っていたけど、「自分がこれからどうしたいの」って考えたら「うん、書いて金もらえたらいちばんだよね」という安直な答えが返ってきて、意外。小説家とかじゃなくて、ライター的な方面で。お小遣い稼ぎのサイトがたくさんあるのは知ってる。


別にどんな仕事だって書いて、ねえ。書くことはできるけど。

たとえばいまから就活し始めたとてライター1本に絞って就活しても惨敗するのは目に見えている。

もしお金にならない状態で書くなら、ある程度時間と精神的安定を確保できる仕事に就かないと長続きはしない。だから結局事務社員になりたいなあって思うけっども・・・・・・。


結局は死ぬまで生きていける状態を自分の中に創り出さないと、本当に死んでしまいそう。自分は自分が思うよりも強くなかった。強くなかったし、ある意味仕事ももう半分ぐらい無理して「教育業界か教員か」って思いこみ続けてきて5年ぐらい経つなぁ。だから教員免許もう一回去年取り直したんだけど、教員やりたいかライターやりたいかどっちかって言われたら、私ライターやりたいってきっと言う。どっち取っても過酷な現場に変わりないし。

知識を授与するより、「ことば」に心動かされたっていわれることのほうがうれしい。

ってことなんだろうな。

なんで教員じゃダメなのかは詰めていく必要がある。

あるけど、とりあえず「かたちとして、見える」っていうのが大きいな。文字は。紙媒体でもさ。Webでもさ。

生で言われるものの方が複製はできないし希少価値は高いかもしれない。でも、生ものの記憶はいつか脳内で加工され、変容されてしまう。

みんなそれを残しておきたくて、文字にする。

文字は残る。良くも悪くも。残すことのための、文字。


まああとしゃべるのが苦手なので私は、書くことのほうが落ち着けますし。

(しゃべるのが好きと、しゃべるのが得意は違う)


そんな感じで書くことについてだらだら書いてみたシリーズ。


寝るね。夜更かしは鬱の元。



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