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米国でのロシア・ロビー

Desk Russie 2023年7月26日の調査報告書の翻訳です。著者/歴史家:Laurence Saint-Gilles

この徹底した調査の中で、歴史家のローレンス・サン=ジルは、米国におけるロシア・ロビーの輪郭を描き、その好まれるテーマを特定した後、このロビーが米国社会と政治に深く浸透することを可能にした条件を検証する。- そのメンバーは、長年にわたってアメリカの地に定着することもある。ヨーロッパ、特にフランスとドイツが親ロシア派のネットワークを独占しているわけではないことがわかる。

2023年4月25日、フォックスニュースは、2017年以来アメリカにおける真の「ロシアの声」であったスター司会者タッカー・カールソンの退社を発表した。このジャーナリストは、ウラジーミル・プーチンに魅了され、ロシアのプロパガンダに身を投じる事をためらわないアメリカのエリート達の象徴的な例である。少数派ではあるが、こうしたプーチノフィリア(プーチン擁護者)達は、その地位と評判から、ロシアにとって重要な影響力を持つ仲介役を構成している。ジャーナリスト以外にも、実業家、退役将校、元諜報員、選挙で選ばれた議会議員、外交官、学者などがいる。このように様々な人々がいるおかげで、ロシアの物語は様々な社会階層に届くのである。最も重要なのは、ウラジーミル・プーチンへの称賛が従来の政治的な区分をはるかに超えていることだ。米国の政策立案者に対するロシアの影響力工作は今に始まったことではないが、「ロシア・ロビー」の存在が明らかになったのは、2016年の米大統領選に対するロシアの干渉に関する調査の中で、つい最近のことである。米国はキーウ政府に資金と武器を提供する最大の提供主であるため、その存在はウクライナ戦争の帰趨にとって極めて重要な問題である。2022年11月の中間選挙以降、下院では共和党が多数を占めるようになり、ウクライナへの援助は更に不確実になっている。この不安定な状況の中で「ロシア党」は、味方であるウクライナ人にロシアの条件で交渉された和平を受け入れるよう強制するために民主党政権への圧力を強めている。私達はロシアのロビーの主な特徴を概説し、そのお気に入りのテーマを特定する。次に、それがアメリカ社会と政治生活に深く浸透することを可能にした条件について議論する。

アメリカのプーチノスフィア(プーチンの宇宙空間):イデオロギーの輪郭がぼやけた異質な星雲

アメリカのプーチノスフィアはいくつかの層で構成されている。最上層では、ロシアの諜報員(彼らは何十年もアメリカに移住し、社会に溶け込みやすくするためにアメリカ国籍を取得することもある)が潜入捜査を行っている。外交官、教授、ジャーナリスト、学生などに扮し、人間関係を構築し、諜報員をリクルートし、ロシア側が 「active measures (積極的措置) 」と呼ぶ特別作戦を展開する。2016年のロシアによる(選挙)干渉以来、ほとんどの西側諸国と同様、米国でもスパイ探しが激化している。37歳のロシア人、セルゲイ・チェルカソフが身分を偽って2年間居住していた米国でスパイ行為により起訴されるなど、マスコミは定期的に「モグラ」の存在を明らかにしている(1)。その他に最近明らかになったのは「諜報員」と呼ばれるアメリカ市民で、「知りながら、報酬を得て、担当将校に秘密情報や秘密裏の支援を提供することを引き受けた」人物に関するものである(2)。最後に、「agents of influence(影響力のあるエージェント)」はロシアのプロパガンダの中継役となり、その偽情報キャンペーンに参加する。彼らは、その地位と「世論や(その国の)当局の決定に影響を与える」能力に応じて選ばれる(3)。しかし、先のものとは異なり、彼らは全てクレムリンから報酬を得て、貪欲に、あるいは政権に加担して行動する能動的なエージェントではない。彼らは多くの場合、世間知らず、虚栄心、信念から、クレムリンの目的に役立つ考えを表明する著名な知識人である。レーニンは彼らを「useful idiots (便利な馬鹿者)」と見なした。なぜなら、彼らは自分が演じている役割を常に意識することなく、自発的にモスクワのために身を投じているからである(4)。冷戦時代、その典型は「ソビエト政権の功績を称賛し、少なくともその犯罪を黙殺するために、ソビエト政権に操られた西側の左翼知識人」であった(5)。今日、米国におけるロシアの友人は、他の西側諸国と同様、進歩主義者よりも右翼ナショナリストに多いが、極左政治のサークルにも見受けられる。

2018年5月、サンフランシスコで行われた "不死連隊 "の行列 // Slavic Sacramentoのフェイスブックからのスクリーンショット

こうした支持者の中で、ロシア政権に実際に近い影響力を持つエージェントと、イデオロギー的な共感から行動するエージェントを区別するのは必ずしも容易ではない。しかし、元CNNのスター・インタビュアーであるラリー・キングやクリス・ヘッジズ、バーニー・サンダース支持者のエド・シュルツなど、2005年に開設されたロシアのニュースメディア「RTアメリカ」に評判を預けているアメリカのジャーナリストは、右翼・左翼を問わず、事実上の公式プロパガンディストとなっている。2022年3月初めにRTがケーブルテレビとYouTubeから追放されたことは、ロシアにとって小さな敗北である。なぜなら、このチャンネルはロシアにとって最大のプロパガンダツールではなかったからである。この戦闘的役割を主に担っているのは、アメリカの右翼ナショナリズムのメディアとジャーナリストだ。ロシアのウクライナ侵略が始まって以来、彼らは組織的にモスクワの言論に同調して来た。証明するのは難しいが、タッカー・カールソンはしばしば、彼を非難する人々からクレムリンのエージェントとして描かれている。カールソンのプーチン偶像化は、かつてアドルフ・ヒトラーに傾倒したもう一人のデマゴーグ、有名なラジオ司会者チャールズ・コフリンを彷彿とさせる。彼が2017年から2023年まで毎日司会を務めたトーク番組『タッカー・カールソン・トゥナイト』では、300万人以上の視聴者が視聴し、「カールソン神父」はロシア政府の熱心なスポークスマンとなった(6)。ロシアがウクライナ国境に軍隊を集結させる中、彼は紛争を単なる隣人同士の争いとして見せ、「防衛的」配慮によってロシアの侵略を正当化した: ロシアは、ウクライナがいつの日かNATOに加盟し、セヴァストポリ基地への自由なアクセスが損なわれるようなリスクを冒すことはできなかった。「もしメキシコとカナダが中国の衛星になったら、我々はどう反応するだろうか?「西側諸国がNATOを東側に拡大しないと主張する(そして歴史的に虚偽の)「守られなかった約束」を連想させたり、ロシアは民主主義国家と同じように自国の戦略的利益を守るだけの「普通の」大国だと大多数に信じさせようとしたりするなど、ロシアのプロパガンダのいくつかのテーマをここで指摘することができる。このデマゴーグのもうひとつの手口は、西側の制裁は非合理的なロシア恐怖症によって決められていると主張することで、あたかも国全体とロシア国民を現政権と混同しているかのようだ。カールソンは、アメリカ国民に対して何も悪いことをしていないプーチンに対する政府の態度にも腹を立てている: 「なぜプーチンがそんなに嫌いなのか?プーチンは私を人種差別主義者と呼んだことがあるか?プーチンは私の町の中流階級の仕事を全てロシアに移したのか?…プーチンが世界的なパンデミックを引き起こし、私のビジネスは大打撃を受け、私は2年間家に閉じこもったか?…彼は犬を食べるのか?これらは公正な質問であり、答えは全て「ノー」だ。ウラジーミル・プーチンはそのようなことは何一つしていない。」パンデミックと "犬食い "への言及は明確だ。カールソンによれば、反ロシアの情熱に取り憑かれた民主党政権は、ロシアが中国に比べれば二次的な脅威に過ぎないことを理解していないと言う。しかし、中国がもたらす長期的な挑戦は、ロシアが民主主義国家にもたらす差し迫った危機を無かった事に出来るのであろうか?カールソンはクレムリンの陰謀論に賛同しているため、ロシアのニュースチャンネルでは西側のスター・ジャーナリストとなっている。毎夜毎夜、ウクライナへのアメリカの援助に異議を唱え、その立場は、ウラジーミル・プーチンの味方が多く存在する共和党のトランプ主義陣営の立場を忠実に反映している。

11月中旬の選挙以来、下院ではロシアン・ロビーが強まっている。共和党内で多数を占めるMAGA(アメリカを再び偉大に)派は、ウクライナへの援助に反対の立場を公然と表明している。フロリダ州選出の共和党(アメリカ合衆国下院議長)候補ケビン・マッカーシーは、もし自分が勝利しても「ウクライナに白紙委任状」は渡さないと警告した。“フリーダム・コーカス”の選出議員(フロリダ州選出のマット・ゲイツ議員やケンタッキー州選出のトーマス・マッシー議員)は、ウクライナへの融資を止めるよう過激に主張し、その資金はメキシコとの国境の安全確保に再投資されるべきだと主張し、もう一人、物議を醸しながらも影響力を持つトランプ派のマージョリー・テイラー・グリーンは、「ウクライナのナチス」には「もう一銭も渡さない」と激怒している。これらの選出議員達は、彼らの師であるドナルド・トランプ前大統領が指示した路線に従っている。ホワイトハウスの選挙戦では、プーチンによる「天才的な行為」として戦争を描き、弱いと評するジョー・バイデンの決断を非難する一方で、ウクライナを強化する武器をウクライナに提供する努力には反対している。アメリカの援助に疑問を抱いているのは共和党だけではない。2022年秋、民主党の左翼議員(アレクサンドリア・オカシオ=コルテス、イルハン・オマル、プラミラ・ジャヤパル)30人程が、「紛争における軍事援助に何百億ドルというアメリカの税金が費やされている」ことを懸念する”責任ある議員“であると自称し、ジョー・バイデンに紛争終結のための努力を強化するよう求める書簡を送ったが、その後書簡は撤回された。右翼、左翼を問わず、下院の "ハト派 "がこのように目覚めたのは、泥沼化した紛争に直面している世論のある種の疲労を反映している。「時間はウクライナの味方ではない。」(7) 2022年7月には、回答者の58%が自国政府にウクライナをできる限り長く支援して欲しいと考えていたが、今では47%のアメリカ人が、できるだけ早く紛争を終結させるようワシントンがキーウに圧力をかけるべきだと考えている(8)。ゼレンスキー大統領の訪米と議会への熱烈な訴えは、選挙で選ばれた議員や世論を動かすためのものだった。中間選挙以降、民主党政権は軍事費の急増を非難する各陣営の孤立主義者の批判にさらされることを避けてきた。ウクライナに最も高価で高性能な兵器を装備する前に、まず、これらの納入がアメリカの有権者の資金を無駄にしないことを示す必要がある。民主党政権が戦争遂行に自制を示しているとすれば、それはエスカレートを恐れているからだけではない。今後はロシアロビーとの取引が必要となっている。

タッカー・カールソン / フォックスニュース

少数の超保守派布教者を除けば、これらの「平和推進者」はロシア好きであることを公然と公言しない。彼らは、国際関係における現実主義(リアリスト)運動や新現実主義(ネオリアリスト)運動の一員であると主張する知識人の、よく知られた主張の陰に隠れることを好む。後者は確かに「活動的なエージェント」ではないが、それでも自分達の言説を通じて「ソフト・プロパガンダ」、つまり世論の警戒心を弱め、単純な仮定を当然のことと思わせる様に扇動するちょっとした音楽を吹き込む事に貢献している(9)。元外交官で歴史家のヘンリー・キッシンジャーなど、ワシントンのエスタブリッシュメントにおける最も著名なメンバーの影響力により、彼らは第三の圧力団体であるが、最も重要な圧力団体ではない。現実主義学派は、外交政策は事実の分析に基づくべきであり、イデオロギー的信念や道徳的原則に基づくべきでないとする。国際システムの安定を保証する最善の方法は、大国間の「balance of power (力の均衡)」を保つ事であり、それによって大国は互いに無力化し、戦争が起こりにくくなる。平和への回帰は、東西の「架け橋」であるウクライナがNATO加盟の夢を諦め、中立化を受け入れることを意味する。この立場は、2022年5月23日のダボス・フォーラムでヘンリー・キッシンジャーが表明したもので、キッシンジャーは両当事者に停戦交渉の再開を呼びかけた(10)。特に彼は、ウクライナ側には領土の譲歩を受け入れ、西側諸国には不必要に戦争を長引かせてロシアに大敗を喫し、ロシアが中国と同盟を結ぶような屈辱的な和平を結ぼうとする誘惑を避けるよう求めた。キッシンジャーによれば、ヨーロッパの大国であるロシアは、その歴史的経緯からして大陸の均衡を保証する存在であるが、中国の力を相殺することで世界秩序の維持にも貢献している。ロシアは国益という言葉に敏感であるため、西側諸国はロシアの力を削ぐことを求めるのではなく、ユーラシア大陸の均衡の尊重に基づいて和平交渉を行うべきである。しかし、この議論には多くの欠陥がある。まず第一に、「プーチンのロシアは普通の大国ではなく、彼のゲームは古典的な外交ゲームとは無関係」であり、決して「国益」に基づくものではないからだ(11)。ブレスト=リトフスク条約(1918年)、独ソ条約(1939年8月)、冬季オリンピック(2022年2月)が思い起こさせるように、ロシアは常にバランスを強い側に傾けていることを歴史は教えているからだ。

キッシンジャーの余波で、様々な人物、多くは学界の人物から「外交」を求める声が高まっている。『ニューヨーク・タイムズ』紙に掲載されたクプチャン教授の記事は、リアリストの教義の別のバリエーションを提供するものであり、西側陣営の恐怖と分裂を利用したものである。ロシアの侵略を非難しながらも、チャールズ・クプチャンは、第三次世界大戦と核の黙示録を避けるために、ウクライナを交渉のテーブルにつかせるよう政府に呼びかけている。彼によれば、エネルギー不足とインフレの原因となっている紛争を不必要に長引かせることは、冷戦時代とは異なり、もはや敵に対して統一戦線を張れず、混沌に沈みつつある民主主義国家の安定を脅かす(12)。この議論は、ロシアが展開する「積極的措置」こそが西側社会の緊張を悪化させ、ポピュリズムの台頭を促しているということを強調していない。要するに、クレムリンは自由世界を危険に晒しているのだから、私達は何もすべきではないという事だ。

RTに出演しているラリー・キング

最後に、ネオリアリスト学派の重鎮であるジョン・ミアシャイマー教授は、2014年のクリミア併合後に書かれた『フォーリン・アフェアーズ』誌の論文で、2022年2月24日のロシアの侵略を単純に予測していた(13)。力の追求が国家の行動を支配すると考える古典的なリアリストとは異なり、ネオリアリストは、無秩序な国際システムの中で生き残る必要性こそが国家の行動を動機付けると考える: 「大国は常に自国領土付近の潜在的脅威に敏感である......中国が印象的な軍事同盟を構築し、カナダとメキシコをその同盟に加えようとしたら、ワシントンの怒りを想像してみて欲しい」(14)。ジョン・ミアシャイマーは、彼の国際関係哲学によって、ロシアの対外介入を純粋に防衛的な行動として提示することができる。彼によれば、2008年のジョージア侵攻と2014年のクリミア侵攻は、ロシアの帝国主義や修正主義によるものではない。それどころか、米国とその同盟国がもはやロシアを封じ込めようとしているのではなく、従来の影響圏から押し出そうとしているのだと、プーチンを説得したのは、近隣諸国に対する西側の侵攻だった。クリミアの併合、そしてドンバスでの戦争は、彼の考えでは、攻撃的ではなく防衛的な動きであり、西側諸国が真剣に受け止めようとしない警告であった。侵攻が始まった直後、彼は『ニューヨーカー』誌のインタビューで、ウクライナを西側の拠点にしようとする米国と欧州連合(EU)こそが真の「この惨事の責任者」であると再確認した(15)。9ヶ月の戦争の後、彼は再びロシアに帝国主義的意図はないとした。しかし、事実は彼の死活的利益論の限界を示すものであった。ミアシャイマーが主張するように、ロシアが国境を守り、ウクライナのNATO加盟を阻止したいだけなら、「占領地からウクライナ人のアイデンティティーを消し去り、ウクライナの教科書をロシアのものに置き換えよう」とはしなかっただろう(16)。

この立場は紛れもなくクレムリンのプロパガンディストにとって好都合である。なぜなら、西側の陰謀というテーゼを正当化する彼らの被害者意識を裏付ける言説だからだ。歴史家のアン・アップルバウムは、ミアシャイマーとその仲間の学生数人が、プロパガンダ担当者にウクライナ侵攻の口実を与えただけだと指摘している。勿論、ロシアのプロパガンダがネオリアリストの理論を利用したという事実は、彼らのモスクワへの忠誠を証明するものではない。しかし、ジョン・ミアシャイマーのケースは、イデオロギーによって、あるいはプライドによって、ロシア権力の利益に奉仕する知識人の象徴である。ミアシャイマー教授の挑発はこれが初めてではないことを思い起こそう。スティーブン・ウォルトとの共著『The Pro-Israeli Lobby and U.S. Foreign Policy (親イスラエル・ロビーと米国の外交政策)』- 2003年の米国のイラク介入を非難- の出版は、サミュエル・ハンティントンの『Clash of Civilizations (文明の衝突)』(17) 以来、最大の学術論争を巻き起こした。陰謀論への憧憬、介入主義への嫌悪、そして何よりも、ウクライナ戦争によって無効となったいわゆる「死活的利益」のテーゼを支持しようとする頑固さが、ジョン・ミアシャイマーをロシアの侵略を正当化する方向に否応なく導いたのである。彼の知名度のおかげで、「防衛」テーゼは多くの専門家に批判されながらも、「外交政策のエスタブリッシュメントの大部分」にアピールしている。YouTubeに投稿された2015年のシカゴ大学同窓生への講演ビデオは、1800万回再生されている。

アメリカの外交政策に対する "リアリスト "批判は、1968年の旧来の平和主義者やその後継者である新しいアメリカの急進左派の間でも好意的に受け止められている。こうして、『Remparts』誌でのバートランド・ラッセルとのインタビューで有名な元反戦活動家ロバート・シャイアーが、自身のウィークリー番組『シャイアー・インテリジェンス』でピッツバーグ大学のマイケル・ブレナー教授に発言権を与えている。この国際関係の専門家は、「ウクライナ戦争という架空のシナリオ」に反論した事で、まさに魔女狩りの被害者だと主張している(18)。彼によれば、もしアメリカ政府が2022年2月にドンバスでロシアの攻撃が迫っていることをよく知っていたとすれば、それは意図的に挑発したからだと言う!このアメリカの "反体制派 "達の対話は、ロシアの主張を忠実に再構成している。すなわち、NATOを東に拡大したアメリカがウクライナ戦争の真犯人であり、中国はアメリカの "覇権 "に対する真の挑戦者であるが、脅威ではない。このインタビューはまた、whataboutism(相手の欠点に言及することで批判をかわす古くからの演説テクニック)の集大成でもある。この詭弁はクレムリンのプロパガンディストがよく使う。二重基準 (ダブスタ) を否定するという名目で、彼はウクライナにおけるロシアの犯罪行為を最小化するために、ベトナムでGIが犯した残虐行為に立ち戻り、大虐殺という非難を「馬鹿げている」と決めつける。しかし、ベトナムがアメリカ社会で多くの反乱を引き起こし、人々の良心を悩ませ続けているのであれば、民主主義国家が取り組んでいる歴史の真実を明らかにする作業が非合法化されているロシアでは、戦争に異議を唱えることはできない。

ジョン・ミアシャイマー  CIS YouTubeチャンネル

ロシア・ロビーは、イデオロギーの輪郭がはっきりしない星雲のような存在であり、クレムリンの利益に意識的あるいは協調的に奉仕する均質な活動組織ではない。しかし、その象徴的な性格と明確な政治路線の欠如が、そのメッセージを侵略的で効果的なものにしている。なぜなら、プーチニズムは教義ではないからだ。その言説は変幻自在で、最も多様な環境や願望に容易に適応することができる。保守派にはキリスト教的価値の守護者としてロシアを売り込み、極左にはソ連のレトリックから借用した資本主義と新植民地主義を非難して誘惑する。しかし、統一された「ロシア政党」が存在しないという事実は、プーチノフィリア(プーチン擁護)を、ロシアのソフトパワーによる自然発生的な現象として、もしくは指導者のカリスマ性によるものだと考えることを許さない。それどころか、プーチノフィリアはアメリカのエリート層に浸透しようとする努力の結果であり、その起源はデタントにまでさかのぼり、2016年のトランプ大統領の選挙で最高潮に達した長期にわたる浸透工作の結果なのである。

エリート層のプーチン化:長期にわたる浸透工作

冷戦時代にマッカーシズムの行き過ぎを招いた、ソ連のパルチザンによる様々な権力圏への浸透の脅威は、純粋な空想ではなかったことが今日わかっている。デタントに象徴される1970年代は、ソ連のスパイ活動にとって新たな黄金時代だった。ソ連が移民政策を緩和したため、反体制派がアメリカに亡命した。その中にはKGBのスパイもいた。ロシア・ロビーの創設者エドワード・ロザンスキーのケースは、現在ではよく知られている(19)。名門クルチャトフ研究所のメンバーで、ソ連の核兵器の設計に携わったこの有名な物理学者は、1977年に反体制派を装って米国に移住した。ソ連がこのような高いレベルの科学者、しかも原子爆弾の秘密を握っている人物を出国させることに同意したという事実は、さほど疑念を抱かせるものではなかった。数々の反共活動のおかげで、ロザンスキーはワシントンの保守派の信頼を得た。上院議員のボッド・ドールやジャック・ケンプ、伝道師のビリー・グラハム牧師、有名なラジオ司会者のマーク・レヴィンらと固い友好関係を築いた。ヨーロッパの極右政党(ハンガリーのネオナチ政党を含む)とのつながりで知られる友人の辛辣なポール・ウェイリッチと共に、ロザンスキーは共和党を最も反動的な方向に方向転換させる手助けをした。1970年代から1980年代にかけてウェイリッチは、今日の急進右翼運動のほとんどがここから派生している、国家政策評議会に統合された保守系組織の創設に重要な役割を果たした。同時に、ロザンスキーはモスクワのアメリカン大学でアメリカとロシアの極右を統合した。ソ連消滅の前夜、彼のコンサルティング会社(ワシントンDCのロシア・ハウス)は、ワールド・ロシア・フォーラムを通じて、連邦首都のエリートとポスト・ソビエトのオリガルヒの間に依存関係を築くことを可能にした。ロザンスキーは実証済みのテクニックを使っている: 「KGBは、大資本家が西側の民主主義国家を支配しているというマルクス主義イデオロギーに説得された西側の実業家をリクルートすることに非常に積極的で、彼らを通じて西側の全ての国で親ソビエト・ロビーを作ることが可能だった......」(20)。ロザンスキーのケースは孤立しているわけではない。もう一人の "二重スパイ"、ディミトリ・サイムスは1973年、refusenik(ソ連で出国が許可されない人。特にユダヤ人)を装って米国に潜入した。彼が1994年に設立したニクソン平和自由センター(The Center For National Interest)の中で、サイムスは不変のテーマで米ロ和解を訴えている: 「ロシアは核保有大国なのだから、敵にするより味方にした方がいい」と言うのが、サイムスの長年の友人であるケンタッキー州のランド・ポール上院議員や、ロナルド・レーガンの元顧問リチャード・バートのような、共和党内で広く支持されている立場である。このように、クレムリンの聡明な幹部達は、現在変貌を遂げつつある共和党の一部を堕落させることに貢献している。共和党は、歴史的に全体主義国家に敵対してきた典型的な保守政党から、権威主義体制への共感を隠さない指導者もいる国家主義組織になりつつある。一言で言えば、共和党は「古き良きプーチン党」となり、その指導者達はモスクワに忠誠を誓う用意ができている(21)。ロザンスキーとサイムスのネットワークは、2016年に対米サイバー戦争を成功させる条件を作り出しただけでなく、首謀者でもあった。大統領選挙が近づくにつれ、極悪非道な29歳のマリア・ブーティナなど、トランプ陣営に接近する新たなエージェントが送り込まれた。彼女は、マフィアとのつながりで知られ、全米ライフル協会(NRA)の長年のメンバーでもあるロシア中央銀行のアレクシス・トルシン総裁の命令で行動している。共和党への主要な資金提供者であるこの強力な銃ロビーは、トランプ陣営を煽るロシア・マネーの受け皿である(22)。

エドゥアール・ロザンスキー (Rossiya1からのスクリーンショット)

メディアや諜報機関の調査によってロシア・ロビーの影響が明らかになったのは、2016年の大統領選の最中だった。ロシアびいきで知られるトランプ候補の知人には、ウラジーミル・プーチンの子分が多く含まれていることがマスコミによって明らかにされ、そのうちの一人であるポール・マナフォート選挙対策本部長は、保守派の有名なロビイストで、フォード、レーガン、G.H.ブッシュの各大統領の勝利のために予備選挙で働いた後、外国の独裁者にサービスを提供した。ロシアのオリガルヒ、特にオレグ・デリパスカと親しいマナフォートは、2010年にウクライナのヤヌコビッチ前大統領を選挙で勝利させた立役者だ。この最初の成功は、2010年から2013年にかけてウクライナで展開された手法(ソーシャルネットワークの利用、エリートの腐敗、従順な国家元首)がその価値を証明したこと、そしてアメリカの政治問題のスペシャリストであるポール・マナフォートが、アメリカのマスコミの一部が既に「クレムリンの候補者」と呼んでいる人物を当選させるのにふさわしい人物であることをロシア側に確信させた(23)。

ドナルド・トランプとロシアとの最初の接触は、ソ連時代に遡る。1970年代、STB(KGBに近い)のチェコの部局は、チェコスロバキア人モデルと結婚したばかりのアメリカ人大富豪の経歴に関心を持ち始めた。アメリカとチェコスロバキアの関係を改善するために、既にトランプの大統領選勝利に賭けていたSTBは、トランプの義父を強引に情報提供者にした(24)。今分かっているその後にのことは:1988年、ミハイル・ゴルバチョフがペレストロイカの一環として「アメリカ国民を魅了するため」に行った旅行が、トランプのロシアでのキャリアをスタートさせた。彼は高級ホテルの建設に招かれ、ウォッカの銘柄に自分の名前を冠した。ロシアにおけるトランプの不動産プロジェクトの多くは実現しなかったが、彼はオリガルヒの輪に頻繁に出入りするほど確固たる評判を獲得し、フロリダの不動産プログラムに彼らの投資を誘致した。一方、トランプタワーにはロシアのマフィアのゴッドファーザーが多数入居していた(25)。ロシアの資本に依存したトランプは、ウラジーミル・プーチン大統領の手下となった。実際、当選後、彼は国務省を石油大手エクソン・モービルのボスで、ロシアとの「巨額契約」の立役者であるレックス・ティラーソンに任せ、NSC(国家安全保障会議)の指揮は、ウラジーミル・プーチンに近かったために信用されなかった元国務省長官のマイケル・フリンに任せた。これらの人事は、マッカーシズムの時代以来のパニックの波をワシントンに引き起こした。ニューヨーク・タイムズ紙は、「ケビン・コスナーの『No Way Out(出口なし)』以来の最悪の陰謀」と評した:大統領側近がかなり危険に晒された(26)。 大統領就任から1カ月後、マイケル・フリンは、ロシア大使セルゲイ・キスリャクとの電話のやり取りを暴露したワシントン・ポスト紙の記事を受けて辞任に追い込まれた。続いて同紙は、大統領の息子ドナルド・トランプ・ジュニアが選挙期間中、父親の立候補を支援する可能性が高いロシア人弁護士と会っていたと報じた。そして今度は、ジェフ・セッションズ司法長官がキスリャクとの接触で暗躍する番だった。最後に、大統領がロシア捜査の放棄を要請していたジェームズ・コミーFBI長官がトランプ大統領によって解任され、ワシントンに政治的な嵐が吹き荒れた。これら一連の連鎖的な暴露の後、2017年5月17日、粘り強さと独立性で知られるロバート・ミュラー前FBI長官が、2016年大統領選挙におけるロシアの役割に関する捜査を担当する特別司法長官に司法省から任命された。

2年間の捜査と34件の起訴を経て、2019年3月24日に議会に送付されたミュラー司法長官の報告書は、トランプ陣営がロシア政府と共謀したことを証明できなかった。大統領については、「報告書は(大統領が)犯罪を犯したと結論づけたわけではないが、免責したわけでもない。」更にミュラーは、ドナルド・トランプの側近6人を関与させ、あるいは有罪判決を下しており、その中には彼の信頼する弁護士マイケル・コーエン、ポール・マナフォート、副弁護士ロバート・ゲーツ、マイケル・フリンも含まれている。この448ページの報告書に掲載されたアーカイブと証言は、ドナルド・トランプのロシア・キャンペーンがサンクトペテルブルクから指揮されていたことを明らかにしている。サンクトペテルブルクのインターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)は、エフゲニー・プリゴジンが設立したトロール工場で、2013年以来、インターネット上にフェイクニュースを拡散し、相手に混乱をまき散らすことを意図して活動していた。2014年の時点で、数百人の従業員が「米国で物議を醸している社会的・政治的問題」に焦点を当て、80人の部隊が2016年の米大統領選に備えている。工作員は、作戦に関連する情報を収集するために米国に派遣される。クレムリンのトロール工場はソーシャルネットワーク上に数百のアカウントを作成し、その中には数千の登録者を持つものもある。彼らは「経済・社会状況に不満を持つユーザー」をターゲットにし、人種的マイノリティーの怒りを利用し、不在者投票の不正疑惑に関する噂を広める。偽フェイスブックのプロフィールは、民主党のヒラリー・クリントン候補がサウド家から金を受け取っていると非難している(27)。また、緑の党のライバルであるジル・スタインの立候補を支持する者もいる。しかし、ロシア人はサンクトペテルブルクから活動するだけではなく、ニューヨークやメリーランドにある彼らの別荘から、アメリカの領土に直接介入し、そこからアメリカの都市でトランプ支持のデモを組織している。フロリダのような激戦州では特に攻撃的で、IRAは囚人服を着た偽のヒラリー クリントンを展示するためにトラックに取り付けた檻の建設に資金を提供した。スタンフォード大学とニューヨーク大学の研究によると、選挙戦の最後の3カ月間、トランプに有利なフェイクニュースは、ヒラリー・クリントンに有利なものを4対1で上回った。フェイスブックも2017年11月、1億2600万人のアメリカ人がIRAによって投稿されたメッセージを読んだことを認めた。しかし、11万5000票は選挙を揺るがすのに十分だった(28)。ウラジーミル・プーチンには、ドナルド・トランプの当選を支持する十分な理由があった。リベラルな介入主義の潮流を体現するヒラリー・クリントンがホワイトハウスに着任すれば、ロシアに対する制裁が解除されるというプーチンの望みは打ち砕かれるだろうからである。

プーチンの「操り人形」の勝利のおかげで、共和党は外交政策において真の「革命」を起こしている(29)。孤立主義者、リバタリアン、ナショナリスト、保守派の同盟は、トランプ支持者が党を掌握し、ネオコン、そしてより広くはアイゼンハワー以降の共和党大統領が台頭してきた国際主義的傾向を疎外することを確実にしている。この結合から、米国が1945年に築き上げた自由主義的国際システムの守護者ではもはやないという新しい世界像が生まれている。最高価値として設定された米国の行動の自由を守るという名目で、トランプ大統領のジャクソン的外交政策は、多国間主義、とりわけ時代遅れとされるNATOのような伝統的同盟を否定している。しかし、この外交政策は、「新たなヤルタ」とそして、勢力圏への回帰を求めるプーチンにとっては天の恵みである。クレムリンから見れば、トランプは自国を中国との対決に向かわせ、ロシアに中東での展開と欧州での自由裁量権を与える機会を与えてくれる天の恵みなのだ(30)。2018年のヘルシンキ・サミットでプーチン大統領への忠誠を示したアメリカ大統領の臆面もないロシアびいきは、冷戦以来伝統的にロシアの熊に敵対してきた保守層のイデオロギー転換を加速させている。2012年に共和党候補のミット・ロムニーがロシアを米国の「地政学的敵」と表現したのに対し、ニューズマックスが「ウラジミール大王」とあだ名を付けたロシアに対する不信感は徐々に称賛に変わりつつある。

2016年のドナルド・トランプの当選は、クレムリンの国際的課題に有利であるが、その影響はすぐには分からない。それは、民主党全国委員会がヒラリー・クリントン候補を支持するよう圧力をかけていたことを暴露し(ウィキリークスによるハッキングされた民主党のメールの公開を通じて)、米国政治階級の信用失墜に貢献した。それは民主主義機構の欠陥を露呈させ、その制度に対するアメリカ人の信頼を損ない、共和党の右派をより過激化させ、2020年の大統領選挙でジョー・バイデンの勝利に異議を唱える原因となった。2016年から2020年にかけて、まさに政治と司法のソープオペラであるロシアゲートの紆余曲折は、アメリカの世論を翻弄し続け、その内部の緊張を悪化させた。トランプ大統領の下で、ウラジーミル・プーチンは政治生命を二極化する分裂問題になっている。彼のイメージは民主党の間で悪化している(好意的でない意見が69%から79%へ)が、保守的な有権者では2016年から2018年にかけてポジティブに進化している(共和党員の1/3がプーチンに好意的であると宣言している)(31)。2008年のジョージア介入、2014年のクリミア併合後のロシアの危険性の存在に関する超党派のコンセンサスは、今や遠い記憶となっている(32)。 

トランプ大統領の下で、ロシアは国家機関の真の抵抗に遭うことなく、社会に影響力を展開することができた。そのため、この作戦に関与したロシアの主要メディアであるロシアのニュースチャンネルRTアメリカは、司法省から外国エージェントとして登録するよう単に要請されただけだった。しかし、このロシアのテレビ局は2022年に禁止されるまで、クレムリンから1億ドルを受け取り続けていた(33)。そしてこれは氷山の一角にすぎない。2016年から2022年の間に、モスクワは米国での影響力活動とプロパガンダの資金として合計1億8200万ドルを費やした(34)。政府から支払われたこれらの金額に加えて、プーチンの権力に近い人物や財団からの寄付もあった。彼らの厚意は政治的な領域にとどまらなかった。アメリカの知的・文化的生活のどの分野もその影響から免れていない。このように、過去20年間で、2016年の干渉に関与した12人のオリガルヒのうち7人が、アメリカの最も名高い非営利機関200カ所に3億7200万ドルから4億3500万ドルを支出している。その中には、ブルッキングス研究所や外交問題評議会などのシンクタンク、美術館(MOMA、ニューヨークのグッゲンハイム美術館)、大学も含まれている。少なくとも1億ドルと推定される多額のロシアマネーが、明日のアメリカのエリートが形成される大学キャンパス(イェール大学、マサチューセッツ工科大学)に流れ込んでいる。ロシアのオリガルヒ達は、慈善家のふりをすることで、自分たちの財産がマフィアからの金であることを忘れさせ、ロシアの文化遺産に投資することでプーチン政権の評判を回復させようと考えている。この寛大さにより、彼らは理事会に参加し、これらの機関の活動を指導することができる:エネルギー業界の大物ヴィクトール・ヴェクセルベルグは、こうして自分の名前を冠した奨学金を設立し、マサチューセッツ工科大学の理事に座れる: 「スターリンは、白昼堂々とこのような影響力を得ることなど夢にも思わなかった」(35)。

結論

脅威を予測したり対抗したりすることなく、外国勢力が帝国を拡大し、米国の政治生活に干渉できるという事実は、多くの疑問を提起する。2023年1月23日、元ニューヨークFBI捜査官のチャールズ・マクゴニガル(サイバー諜報活動とロシア捜査を担当)が、元同僚に逮捕された。彼はFBIを辞めた後、ポール・マナフォートの元雇い主であり、2016年のトランプ勝利の立役者であったロシアのオリガルヒ、オレグ・デリパスカのために働いたとして告発されている。エリート層のプーチン化は、国家安全保障を担当する機関がロシアの干渉に抵抗できない程にまで達していた。今にして思えば、2016年のサイバー戦争は、"特別軍事作戦 "の開始前に国を石化させるためのものだったようだ。実際、トランプ勝利の首謀者であるエフゲニー・プリゴージンは今、ウクライナに死の種をまいている。今、妥協の程度と代償を測っているアメリカは、長い間「2016年の亡霊」に悩まされることになるだろう(36)。


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