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連載:メタル史 1980年まとめ

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1980年を聴き終わりました。1980年はまさにN.W.O.B.H.M.の開花した年で、1970年代半ばからアンダーグラウンドで活動してきたIron MaidenDef LeppardAngel Witchといった新世代のメタルバンドが一気にデビューしていきます(Saxonだけは1979年デビュー)。

※はじめて当連載に来ていただいた方は序文からどうぞ。


ハードロックの停滞~N.W.O.B.H.M.による再生

70年代の終わりになると、70年代のハードロック、プロトメタル(メタルの原型)バンド達が押しなべて活動を停滞させていきます。

Black Sabbath → Ozzy Osbourneの脱退
Aerosmith → ジョー・ペリーの脱退
KISS → メイクを取って素顔に(セールス的に低迷し始め新機軸)
AC/DC → ボン・スコットの逝去
Alice Cooper → 商業的にも批評的にも低迷期
Led Zeppeline → 解散
Deep Purple → RainbowGillanWhitesnakeに分裂

この中で1980年にBlack SabbathOzzy Osbourneはそれぞれアメリカ人のメンバーを迎えて劇的な復活を遂げます。また、AC/DCもブライアンジョーンズを迎えて復帰作「Back In Black」で最大規模の成功を飛ばす(「新しいメタル」感はなく、むしろ70年代型ハードロックの完成系とも言えるので今回は取り上げませんでしたが、言うまでもない名盤です)。そうした一部のベテラン勢の奮闘、劇的なカムバックと共に新世代のバンドが一気にデビューしたのが1980年という年でした。

改めて見てみるとこの年の10枚はすべてUKの作品ですね。唯一Black SabbathHeaven And Hellだけが一部US録音も混じっていますが、他はすべてUKのアーティスト、UKのスタジオでの録音。恣意的にそうしたわけではなく、1980年の重要なメタル作を選んだら結果としてそうなっていました。この年はまさにUKから新しいメタルが生まれたと感じます。

1980年のUK、ロンドンシーンと言っても考えてみるとずいぶん遠い。時代的にも地理的にも遠く、当然ながら僕も実際の空気は分かりません。ただ、こうして10枚、同じ年、同じシーンの音楽を聴いてみると何かしら通底するもの、この当時のトレンドなどを通じて時代の空気を感じられるような気がします。

より立体的に音源に触れるために、当時のUKの音楽シーンを振り返ってみましょう。

当時のUKの状況

1970年代後半、英国は3年間にわたる経済不況が続き、保守党と労働党の政党政治もうまく機能せず効果的な手を打てないまま社会不安と貧困の蔓延に見舞われました。産業が空洞化し、特に労働者階級の若者の間で失業率が異常に高かった。1980年代初頭もその傾向は高まり続け、1983年2 月にピークに達しました。1980年という年はそうした「終わりの見えない不景気の真っただ中」だったのです。

人々の不満は頻繁なストライキで社会不安を引き起こし、各地で暴動まで起こるほど。この期間中、前の世代が就けていたような比較的低スキルの仕事に就く可能性さえも奪われた多くの若者は、音楽やエンターテインメントのビジネスでお金を稼ぐさまざまな方法を模索しました。1970年代後半に英国から新たなバンドや新しい音楽スタイルが爆発的に誕生したのは、マーガレット・サッチャー首相の政権以前に英国を襲った経済不況の中で生計を立てようとした彼らの努力の結果でもあったのです。

1979年、ロンドンパンクス
パンクスによるデモ集会も頻発
出典

その最たる例がロンドンパンクムーブメントで、初期は非常に政治的に反抗のメッセージを持ち、暴力的で、音楽的にも演奏技術を求めない、まさに「アナーキー(無政府主義者)インザUK」というアティチュードを持っていましたが、すべての労働者階級の若者がパンクを支持していたかと言うとそんなことはありません。パンク自身もポストパンク、ニューウェーブへと拡散していき政治的要素が薄れ、音楽的な要素が発展していくし、同時期にアンダーグラウンドで新世代のヘヴィメタルが勃興していきます。それが1980年になるとN.W.O.B.H.M.として一気に噴出してくる。

メタルとパンクの当時の関係

70年代のロンドンパンクが政治的に戦闘的だったのに比べ、ヘヴィメタルは厳しい現実から逃避することを好みました。楽しみ、ストレス解消、仲間との交流(そしてビールで乾杯!)を提供するものであり、歌詞のテーマも現実をつきつける、政治的闘争や反抗を促すものよりは抽象的あるいは享楽的なものが多かった。

1980年当時、パンクとメタルは仲が悪い面もあったようです。それは上記のアティチュードの違い、熱心なパンクからするとメタルは「日和見主義者」であり、体制に従属する犬。メタルからするとパンクは夢ばかり見て現実が見えないアナーキストに見える。そんな小難しい話をしても生活は変わらないんだから音楽では楽しもうぜ、的な。パンクの当時のライブってポゴダンス(モッシュの前身、同じ場所にとどまってジタバタする)とか、唾を吐きあうとか、とにかく攻撃的。ただ、そこから何かが生まれる、何かを生み出そうと苦闘していたのはなんとなく理解できます。

初期パンクは演奏技術もあまり高くなかった。むしろ、演奏技術が高いというのはテクニックを見せびらかす要素もあるわけです。「技術を持ったステージ上のスター」と「見るだけの観客」に分断される。この「ステージと客席の分断」はPink Floydが「The Wall」で描いたように、ロックが商業化していく過程で生まれた分断として認識されており、それを暴力的に引きはがす、ステージと観客が(技術的にも)それほど変わらない、同じグループの中で混然となって溶け合う、それこそが初期パンクの求めていたものなのでしょう。それゆえに演奏技術を見せびらかすギターソロなどの要素は排除され、とにかく轟音のなかで皆が暴れまわるというライブスタイルが生まれた。逆に、メタルは従来のロック、ハードロック、ヘヴィロックの流れを汲み、きちんと構築された楽曲とプロフッショナルな演奏を提供する「ステージと観客が分離しているエンターテイメント」だった。ここには違いがあります。

パンクのN.W.O.B.H.M.への影響

だからこそ、「近代ヘヴィメタルを定義した名盤」ともされているJudas PriestBritish Steelが「実はけっこう社会的(ブリティッシュスティールカンパニーのリストラを扱ったタイトルや、失業者を歌いある意味暴動を煽っている「Breaking The Low」などを含んでいることは改めて聞き直すと意外でした。あのアルバムは「Judas Priestがパンクに(アティチュード的にも音的にも)接近したアルバム」とも言えます。

メタルとパンクの当時の対立関係を考えると、今だとYouTuberと芸人、とか、格闘技のRIZINとBreaking Downみたいな関係なのかもしれない。身近さを感じさせる新勢力と従来の技術ある集団。旧来側からは「あいつらは技術がない、何が面白いのか分からない」、新勢力からすると「俺たちの方が人気があるじゃねーか」となる。

ただ、やがてそうした勢力は融合していきます。現在だって芸人がYouTubeをどんどん始めているし、YouTuberもテレビに出る。Breaking DownからRizinに出る選手もいる。結局、似たようなファン層を持つし、本当にコアな人以外はアティチュードの違いや対立は関係なく「好きなものを好きなように楽しむ」層が大半を占めるから、知名度が上がっていく、人々に知られていくにつれて尖った部分は薄まり、融合していく。

上述のJudas Priestの実はパンクアルバムだった、というのもそうだし、N.W.O.B.H.M.自体、「従来のハードロックにパンク的な荒々しさを加えたもの」という評価を現在はされています。確かに70年代後半商業的に成功していたハードロックのアルバムに比べると、1980年にデビューしたバンドってめちゃくちゃ荒々しいんですよね。また、N.W.O.B.H.M.で出てきたバンドすべてが演奏技術がそこまで高かったわけでもない。そうしたバンド達が一気に世の中に出て、かつ支持を得たというのは、UKの聴衆がパンクによってある程度「荒々しい音楽」とか「洗練されたプロフェッショナルな音楽でないもの」に耳目が慣れていたからでしょう。

当時のUS

ただ、USではそうしたことはまだ起こっていません。ロンドンパンクはUKだけのムーブメントであり、USにもNYパンクはありましたが決して国全体の音楽シーンの主流ではない。そのため、N.W.O.B.H.M.のバンド達は初期においてはUSでは受け入れられませんでした。音が荒々しすぎるしダークだし。好まれるものではなかった。当時のUSはBostonとかJourneyとかが売れ始めている頃だったし、もっと洗練されていないと受け入れられない。

「テクニックを見せびらかす」の極致であるVan Halenも人気でしたし(個人的には好きですが、N.W.O.B.H.M.の流れとは違う)。USでギリギリ商業的に受け入れられた荒々しさはOzzy Osbourneのランディローズのギターでしょうか。あれは今思うと1980年のUSのリスナーからしてみたらかなり荒々しいサウンドに聞こえたと思います。とはいえベースとドラムはめちゃくちゃプロフェッショナルだし、ローズも決して下手ではない(荒々しい音作りを意図的に狙っただけ)ので、受け入れられたのでしょう。洗練されていないとUSで成功するのは無理だから、USを狙ったDef Leppardはどんどん洗練されていくわけです。同じく1980年にUSでも成功したBlack SabbathHeaven And Hellも勢いはあるけれど音としてはプロフェッショナルだし、演奏に粗がありません。ハードロック界の1980年最大のヒット作であったAC/DCBack In Blackなんかもっと洗練されています。だから、1980年時点ではUSとUKはトレンドの音作りがかなり乖離します。UKで売れているものの一部がUSでも受け入れられる、という感じ(これはずっとそうなのかもしれませんが)。

洗練されている(めっちゃタイト)AC/DC。

1980年の振り返りはこれぐらいにしておきましょう。次回からは1981年です。

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1980年から2009年までの30年間のメタル史を時系列で追っていきます。各年10枚のアルバムを選び、計300枚でメタル史を俯瞰することを…

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