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製造現場は人生道場 ③テキトーだが度胸はあるH課長

私が現場スタッフをしていた頃の上司に、テキトーだが度胸はあるH課長という人がいました。無責任でしたが、憎めない人なので私は大好きでした。
 
現場には、今では考えられない不安全行為が一杯ありました。無免許フォーク運転、クレーン運転。

私は無免許でフォークを運転し、ぶっ倒して足が挟まれ動けなくなったことがありました。
そのとき挟まれたのはちょうど安全靴の装甲があるところで、無傷だった私は、安全靴には本当に足を失わない効果があるのだ、と学習しました。今の時代では、即座に労基が入りかねない事案です。
 
私とH課長は毎日通し勤務で、早朝から深夜まで現場にいました。理由はというと、夜は人手が足りなくなるのです。それも「タンク原料投入」という地味な作業で、クレーンで1tほどの原料を吊り上げ、タンクに投入します。それが一時間おきに一回、15分ほどの作業なのですが発生します。そしてこの作業は「クレーン運転士」の資格が必要なので、人手が集まらないのです。

事務所で夜遅く残業をしていると、H課長が一時間に一回声を掛けます。
「村上君、そろそろ原料が無くなる。原料室に行ってコンテナバッグの吊り替えをしよう。」
課長と歩く道すがら、私はずっとモヤモヤしていたことがあって、意を決して切り出しました。
 
「課長、実はずっと不安に思っていたことがあって相談したいのですが。」
「何だい?」課長は怪訝な顔をします。
「私実はクレーンの免許が無いんです。今まで言えなかったんですけど」
 
課長の顔は急に明るくなりました。
「なあーんだ、そんなことだったのか!」
「村上君、大丈夫だ。俺も無いから。」
論理は何も通っていないですが何となく説得力がありました。
 
私はその現場で「TPM」カイゼン活動推進担当でした。
今から思えばこんな日々を過ごして、何がカイゼンか、という話ですが。
 
TPMでは現場で行った改善を「改善板」という掲示板に表示して発表します。定期的に「トップ診断」といって、会社の役員たちかぞろぞろと、その発表を聴きに来ます。
現場には「サークル活動板」というのがあって、これがオペレーターたちの自主活動。私はこの板の担当で、役員が来ると「故障ゼロを達成しました!」とか、ウソの報告をしていました。
 
もうひとつの板が「職制活動板」といって、課長の発表内容が貼り出されます。主に安全衛生・コスト管理の報告が求められます。
 
明日の役員プレゼンを控え、私は徹夜で、ウソの資料を板にペタペタと貼り付けておりました。課長の板には何も貼られていません。
 
次の日。課長の板は真っ白なままです。課長はというと、管理業務を放棄して故障した設備の修理に飛び回っているものだから、一向に準備が整う気配がありません。
 
時間となり、現場に役員たちが入ってきました。課長がふいに現れ、真っ白な板の前に立ちます。

課長が淀みなく話し始めます。
「では、職制の発表を始めます。今期の概況は・・・」
私はこの時ほどH課長を「格好いい」と思ったことはありませんでした。
役員たちの目の前で不準備を恐れ入る、もはやそんな境涯を越えて、むしろ透明感すら漂います。
 
私は自分を恥じ入りました。ウソの数字を書いた紙を並べて拍手喝采を浴びるくらいなら、白い板の前に立ち満面の笑顔を湛える人に私もなりたい。
 
堂々と喋る課長の姿はまるで「弁慶の勧進帳」でした。
これを完璧な美談にするならば、私は原料室から攪拌棒の一本でも取って来るべきでした。
棒で課長を滅多打ちにし、「お前がそんなだから、役員の皆様がみんな呆れておられるだろうが!」

H課長は滅法麻雀が強くて、理牌せずに麻雀を打つ、相手の何番目の間からどの牌が出てきたかを全部記憶している、そんな人でした。
 

 

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