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こどもたちに贈りたいコミュニティ:モノとヒトの移動

満月が西の港に沈む。凪いだ鏡のような海に黄色い月の光の橋が埠頭まで延びる。月明りに照らされたカモメたちの影が海面に浮かんでいる。

しーんと静かな街に響くのが、貨物列車の走る音だ。コミュニティに外からモノを運ぶ手段は、水素を燃料とする列車と船だ。水素は、水を電気分解して作られ、圧縮したり液化したりして貯蔵・運搬され、利用時には水しか排出しない。このコミュニティでは、電気は太陽光や風力などの自然エネルギーを利用しているので、水素を作るときも温室効果ガスを出さないですむ。

コミュニティには自動車道路がない。あるのは歩道と自転車専用道路だけだ。だから信号機もなくて、こどもやお年寄りが自動車に急かされながら道路を渡る必要もなくなった。自転車専用道路は歩道とはっきり分かれていて、自転車は制限速度を守ってゆっくり走る。交通事故はほぼゼロだ。電動車椅子は歩道を走る。道路はきちんと整備されて凹凸がなく、ベビーカーも車椅子もスムーズに進む。歩道には目の不自由な人のために、点字ブロックのほかにも、点字案内のついた手すりがついている。

コミュニティ内は歩いていける距離に役所・病院・学校・商店など何でもそろっている。歩いたり自転車で移動できないときは、ドローンタクシーが利用できる。コミュニティ内の移動だけ利用できて料金は一律だ。急病人が出たときは狭い土地でも離着陸できる小型ヘリコプターが活躍する。水素燃料電池が動力だ。

コミュニティ内のモノの移動、たとえば宅配や郵便はドローンや自転車が使われる。大型家具や家電は組み立て式で簡単にばらして組み立てられる。建築資材のようなもっと大きなモノを運ぶときは、水素燃料トラックが自転車専用道路を走る。その際には、道路利用の許可を取らなくてはならない。

コミュニティとコミュニティを結ぶ交通網は主に列車と船だけれど、この国は島国なので、海外との往来では船舶のほかに飛行機も利用される。水素を燃料とするジェットエンジンを搭載した飛行機で、最大飛行距離は1万キロになる。

自動車がほとんど走行しないコミュニティでは、野生動物が自動車がびゅんびゅん走る道路を渡る危険がなくなった。昔は毎年夏になると、森に住んで海で産卵する赤ガニが何百匹も海岸道路を渡ろうとして自動車にひかれた。その写真を見せてもらったことがある。夜間に鹿が自動車と衝突する事故もなくなった。

でもここは理想郷じゃない。物事はゆっくり進み、待たされることはしょっちゅうだ。宅配物が届くのは何日もかかるし、多少の雨なら歩いて移動する。昔と違って、速さを競うことがなくなった。コミュニティを出て旅行する人もいるけど、列車や船でのんびり道中を楽しむようだ。といってもわざわざ遠くまで旅行する人もあまりいない。旅の目的がストレス解消なら、解消するストレスがたまらないからだ。というか、そもそもストレスってどんなもの?



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