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「自分が楽になるための『親孝行』を選んで」親の離婚を経験した青木さやかさんからのメッセージ

親の離婚を経験して大人になった人たちからの、子どもたちへのメッセージ。 お久しぶりの今日は、タレントの青木さやかさんにインタビューしました。

ウィーズ(以下、ウ):まずは、ご両親が離婚されたときの青木さんの年齢や、どんなふうに家族構成が変化したか教えてください。

青木さん(以下、青木):高校1年生のときだったと思います、弟は中学1年生かな。「青木」という名前はもともと母の名前なんです。母の実家も近くにありましたので、母とそのまま家に残って、父が出て行ったという形になります。

ウ:そうだったんですね。離婚前は、ご両親の関係を見てどんなことを感じていらっしゃいましたか?

青木:うーん……どれぐらいの期間かはよく覚えてないですけど、1年か半年か、数年ということはなかったですが、離婚しそうな雰囲気は感じ取っていました。
けんかはすごく嫌でしたね。けんかが始まると弟と部屋にこもって、弟に話がきこえないように、たくさん弟に話かけていた記憶はあります。離婚してほしいとは全く思っていませんでした。

ウ:弟さんとは仲が良かったのですか?

青木:別に仲がいいというわけではなかったのですが、弟は体がよわかったから……
(弟に話がきこえないようにというのは)弟のことを思って、というのもあったかもしれないですが、第一に考えていたのは、自分のことでした。

ウ:そういったご両親のけんかを目にする場面があって、ご両親が離婚に至った「その時」に、青木さんがもっとも強く抱いていた感情ってどんなものでしたか?

青木:大きく変化するんじゃないかと思っていたんです。家の中のことはもちろん、世間体も気になりましたし、父親がいなくなることは大きなことだと。
今まで家にいたひとりがいなくなるのは、何かが崩れていく感覚がありました。父親とも普段から話をしたりする仲でしたし、両親がそろって当たり前、離婚したらかわいそうだという価値観の下、育ってきましたから。

ウ:ご両親から離婚の理由の説明はありましたか?

青木:ちゃんとはなかったと思います。母親に原因があるのではと勝手に思っていました。

ウ:ご両親の離婚自体が青木さんにもたらした「しんどさ」というのはありましたか?

青木:特になかったですね。大きく変わると思っていたら、生活自体は全く変わらなかったんです。大人がひとりいなくなかったら、お金がなくなるのではと思っていたし、実際に県営住宅みたいなところに引っ越すという話もありました。でも、結局そのまま元の家に住み続けられました。母は、教師、公務員なので、しっかり稼いでいたのは大きかったと思います。

ウ:当時、ご両親に言いたかったけれど言えなかったこと、聞きたかったけど聞けなかったことはありますか?

青木:離婚と同時に母としゃべらなくなってしまったので、私自身、よほど離婚が嫌だったのだとは思います。
母というより、教師や女として見えてきてしまって、嫌悪感がうまれてきてしまったんですよね。拒絶してしまったという感じです。

ウ:多感な時期でもあったわけですもんね。離婚への嫌悪感……という感じですか?

青木:離婚に対してというより、母親への嫌悪感が大きかったです。
母親に対して、家にいてもらいたいという気持ちがあったんですよね。弟が体が弱かったので入院したら、つきっきりでしたから、ずっと母親の愛情が薄かったんです。大事にされてなかったのじゃないかと思いました。離婚してなおさらそれを感じてはいましたね。

ウ:お父さまに対しては思うことはありましたか?

青木:父親の存在は、母と比べると脇役という感じでした。でも、父がいることで家がなりたっていたんだなと思います。父がいなくなることで、私は学校にも行かなくなったんです。親の目がひとつなくなるというのは、私にとってルーズになれるということでした。本来の自分はだらしないと思うんですけど(笑)、そっちの方に行けちゃったというのは、父がいなくなったからだと思います。

ウ:当時色々と負の感情もあったと思うのですが、誰かに相談できていましたか?

青木:世間体が気になっていて、人には言わないようにしていました。当時相談するという選択肢はあまりなかったんです。でも、今振り返って思うのは、重荷みたいなものが、どんどん重たくなっていく感覚はあったから、もう少し言えて軽やかになれていたら、よかったかなと思います。

ウ:重荷を強く実感していた時に比べて、今の青木さんの中で「親の離婚」や「親子関係への負の感情」はどんなものになっていますか?

青木:思い出してもやもやするというのはゼロです。だけど、人とのかかわりの中で、私のくせなのかな……わからないですけど、埋まってない部分があると思うんです。
自分で気づいている部分では、もやもやはゼロ。でも気づいていないところで、他者との人間関係が深くなってくると、埋まっていないなと実感するときがあります。

ウ:しんどさがゼロになったのは、どれぐらいの時ですか?

青木:母との確執をといたとき……母が亡くなったときなので、4年前ぐらいです。

ウ:なるほど……(婦人公論さんの)記事でも拝読しました。一方で「埋まっていない」と感じるのは、どんな部分でですか?

青木:自分に合格点をあげるのが難しい、一言で言えば、自己肯定感が低い、自信がないというところです。
例えば男性に対して……父親との関係からなんですかね……自分でもよくわかっていないんですけど、なんでしょうね……何かを男の人から埋めてもらおうと思っているところがあるんですよ。恋愛とか「好き」とかそういうところじゃない部分なんです。恐らく、自己肯定感とか自信のなさとか、そういうところだと思います。

ウ:わりと子どもたちや若い世代の方たちと話していても、依存の性質をもっている人は多いように思います。それが家庭環境や親子関係からくるというのは、少なくないですよね。

青木:うんうん。私が今やっているのが、『人に求めない、自分でうめる』ということです。どこかで私は「母が悪い」というふうに思っていたし、それがゼロになったときに浄化ということだったのかもしれないですけど、そういう気持ちを持っている間はきつかったですね。

ウ:4年前にお母さまとの確執がとれたのは、何が大きかったですか?

青木:友人が『親孝行は道理だ』と言って「親と仲直りしておいで」と言ってくれたんです。「親子関係は人間関係の基本で、親子関係が楽になると人間関係が楽になる」と。
自分の病気もあって、いつまで仕事続けられるかわからないという不安の中、「何かがかわるならやってみよう」「母のところへいって、母と仲直りをするんだ」と決めました。

そこから毎週ホスピスに通うようになりました。その間、言葉とか何があったということはありません。でも、母親が小さなカレンダーに私がくる日と時間が書いてあったり、ホスピスのスタッフが「〇時からお姉さん(=私)が来るのを待っていましたよ」ということを聞いたり、そういう小さな積み重ねがありました。
私よりも弟が好きだと思っていましたが、一緒に過ごす中で、そうじゃない……ということに気づけました。この人は私のことを大事に思ってくれていたと……。

でも、これは大変なことでした。自然に仲直りするんだと思っていましたが、そうではありませんでしたから。

過去の記憶から、こう言ったらこう返ってくるだろうということが私の中にはあったので……一瞬にして過去の記憶ががーっと戻ってくることもありました。

とにかく心掛けたのは、機嫌の良さです。過去の記憶をなかったことにして、「はじめまして」という気持ちと、「1日目頑張ったから、人生苦しかった時期には戻らない!」という気持ちがありました。
心は動かせないけど、行動はできる。行動で心をちょっとずつあげていったという感じです。あとは、私には子どもがいるので「子どもに因果をわたさない!」というところがモチベーションとしてありました。

思い返せば、自分が「仲直りしようと決心した」というのが一番大きかったです。

ウ:結構エネルギーを使われただろうなと、お話を伺って思うのですが、この経過をたどる中で青木さんの助けになったことは何ですか?

青木:そこまで母のことを愚痴りあう友達がいたんです。それをやめたんですよね。

ウ:え!逆に?

青木:はい。悪口をいわないということを決めたんです。向き合うのは自分だけ、人は関係ないと。

ウ:ご友人の方も家庭環境で悩んでいらっしゃったのですか?

青木:そうですね。

ウ:それ自体(愚痴を吐くこと)が助けになっている……というのもよく聞くのですが、どうやってやめられたんですか?

青木:人と会わなくなりました(笑)私も悪口を言うことがストレス発散だったんですが、かさぶたをちょっとずつはがしていくのではなく、大手術して根っこからとろうということをしたんですよね。

ウ:それは勇気がいりますよね……。

青木:私の場合は自分の人生がうまくいっていなかったし、母が亡くなるというタイムリミットがありましたから。

ウ:愚痴る友人関係は手放されたということですが、周りの人が頼りになったということもありますか?

青木:動物愛護の活動をする中で、「同情心がない人」に出会いました。どれだけ自分の人生がうまくいってなかろうが、どれだけ親が悪かろうが、そのふたつは関係ない、という人たち。彼らの存在が大きかったです。

「同情するなら金をくれ」っていう言葉って、本当にそう(笑)
だから私も同情だけはしないと思っています。
まあお金も渡しませんけど(笑)

そうして困難を自分で乗り越えたときに、見える景色が変わってきました。それはその人たちの関わり合いの中で得たものです。

ウ:周りの人たちの同情が嫌だという相談もとても多いです。難しいですよね。同情している側も悪気があるわけではないし、むしろ善意だったりしますから……。

青木:ね(笑)でも、世の中って同情でできているというか……その善意、やさしさっていらない。
自分で親との関係を頑張っているときに、そこの部分については自信がつくというか、私自身も変わってきました。そこの努力を認めてくれる人、仲間たちがいたことは本当に大きかったです。私は本質を教えてもらったという感じです。勉強になりました。

でも、社会って一歩出ると怖いです。だから、できれば家にいたい(笑)
私は自分に芯がある方だと思っているのですが、『世の中の常識』にがーっと引っ張られることがあって、怖いですよね。親のことが解決したと思っていても、戻されそうなときがあります。だから、ずっと家にいたいなぁ、引きこもることはそういう意味では正しいんだろうなぁ、って思うことがあります。

ウ:一度正しい方向へ歩んでも、さっきの愚痴るとかネガティブな感情を思い出すことによって、後戻りしてしまうことは簡単ですよね。

青木:世の中には「魔が差す」という言葉がありますが、世の中は魔でできています(笑)
誰と合うか、誰と話すか、誰と仲良くするのかは大事です。私は「人は出会いで決まる」と思っています。
調子がちょっと良くなって元気になると、居酒屋に行ってしまうんですけど(笑)、光本さんとかと話していた方がいいですよ。そうじゃないと引っ張られますから。

ウ:誰と話すか……めっちゃ大事ですね。

青木:本当に。最近はありがたいことにこういう取材が多いから「青木さんって悪口言わないんですよね?」って思われて、私に悪口を言う人がいないんですよ。

ウ:発信していると寄せ付けないですよね(笑)

青木:そうでしょ?(笑)それに、悪口を言われても、たまにだと太刀打ちできるんですよ。もっていかれない。だから、みんな「僕は親の悪口を言わない……」とか書けばいいんじゃないですかね(笑)

ウ:インタビューも残りわずかとなってきたのですが、今振り返って、親御さんが離婚してよかったと思うことはありますか?

青木:こういう風にお仕事させてもらえてる、生活させてもらえているということですかね。親が離婚していなかったら、人生が全然変わっていたと思うから、想像がつかないですけど……。
苦しかったかそうでなかったと言われれば、苦しかったです。「うちは両親揃ってて幸せだからわからんわ~」っていう人がいるけど、「逆に、そっちがわからんわ!」っていう感じです(笑)

あと、離婚をしてくれたおかげで両親がけんかしているのを見なかったのはよかったですね。けんかしているのをずっと見るのがつらいっていう人もいますよね。それがなかったのはよかったです。

ウ:たしかに、何が良い悪いではなく、自分の歩んだ人生しかそれぞれわからないですもんね。最後に、親の離婚や親子関係の問題を経験し、今まさに悩む子どもたちにメッセージをお願いできますでしょうか。

青木:どうやら「親孝行は道理」らしいので、道理に反するとどうなるか、自分の人生を損か得かで考えたらいいと思います。「親のせい」とするのか、「親に感謝する」のか、自分の人生を考えたらどっちが得なのかということを考える。

たとえ親に謝ってもらったとしても、解決しないんですよ。もう自分の問題になっちゃっているのです。実際、親の離婚で苦しまない子もいますよね。でも、自分は苦しんでいる。自分が苦しんでいるというのは自分の問題です。何が苦しかったというところに目をむけて、自分を知る機会にしていけたら良いと思います。

ウ:同情がないけど愛がありますね。

青木:同情はないですね(笑)愛はわからないですけど(笑)
どれだけありがたいことを言ってくれているかというのに気づくのは難しいですが、自分の苦しさではなく、『この人は自分のために言ってくれている』ということにちょっとでも目を向けてみるとわかることがあると思います。私も魔が差すのでやれていないこともありますけどね(笑)

でも、本当に最後は自分でやるしかないんですよ。心はどこまでも落ちますから。心で感じたら、あとはやる。行動することは誰でもできます。

私もいろいろやってきました。インナーチャイルドがどうかとか、ヒーリングとか。薬もそうだし、友達に話を聞いてもらったり、大声で「嫌い」と叫んでみましょうだったり、医学的なことから怪しいことまで(笑)
いろいろやってきたところで、「親孝行は道理」ということが一番よかったのです。私の解決はそれでした。


お話をうかがう中で、青木さんが芸能の活動・動物愛護の活動を通じて、自分の人生を自分主体となって歩めるように努力された軌跡を感じることができました。
同情や「魔」と表現されていた、やさしい言葉だったり気持ちの良い言葉だったりするものが、自分や誰かの苦しみに変わるということは往々にしてあると思います。

終了後、青木さんからメッセージをいただきました。

『私は高校生のとき誰にも話せず、話したいとも思っていませんでしたが、話せる大人にお会いしていたら、もう少し早く色々なことに気づけていたのだろうと思いました。いい時間をありがとうございました。』

私たちもとても青木さんのメッセージに励まされ、自分と向き合う上でも、誰かと向き合う上でも、『道理』を見ようとする姿勢、が本当に大切だなと改めて感じました。

青木さやかさん、貴重なお話ありがとうございました!

↑青木さやかさんが出演する「バツイチトークショー」が12/3に渋谷で開催されます✨
10/15には九州で開催され、大変盛況だったようです。
ぜひみなさんにも青木さんのトークをリアルで聞いていただきたいと思います🌸

■青木さやか さん
  └所属事務所ホームページは
こちら
  └バツイチトークショーについては
こちら


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