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「学歴偏重」にメス入れる中国 それでも不満はなくならない|【WEDGE REPORT】

学歴偏重により親子の負担が増す中、小学3年生以上には60分、中学生は90分以内で終わる量の宿題に──。目を疑うような法律をつくった中国。この背景にはある深刻な社会課題がある。

文・高口康太(Kota Takaguchi)
ジャーナリスト
1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。中国・南開大学に留学後、ジャーナリストとして活躍。著書に『幸福な監視国家・中国』(共著、NHK出版)など多数。千葉大学客員准教授を兼務。

 法律1本で10万人がリストラに——。もし、日本でこんな事態が起きれば、首相のクビが飛ぶだけでは済まない問題となろう。

 そんな大事件が2021年、中国で実際に起きた。しかも、国民の多くはその政策を支持しているのだから驚くほかない。

 問題の法律は「義務教育段階の学生の宿題負担と郊外研修負担のさらなる軽減に関する意見」(通称「双減」)という。21年7月24日に発出され、30カ条にわたり詳細かつ具体的な規制が盛り込まれている。例えば、学校については次のような規定がある。

 「小学1・2年生には書き物の宿題を出してはならない。3~6年生は60分以内、中学生は90分以内で終わる量に制限する」(第5条)

 「帰宅後は宿題のほかに家事の手伝いやスポーツ、読書を推奨すること。努力したにもかかわらず宿題が終わらなかった場合は時間通りに寝かせること」(第8条)

 「オンライン学習塾は視力保護に配慮しなければならない。授業時間は30分以内にとどめ、連続する授業の間に10分以上の休憩をとること。21時以降の授業は禁止とする」(第15条)

 宿題の分量どころか、終わらなくても睡眠優先という、優しい祖父母のような文言まで盛り込まれている。

 そして、「双減」の第13条が学習塾ビジネスに致命的な打撃を与えるものとなった。

 「受験科目に関する学習塾の新規設立は認可せず、現行の学習塾も非営利機関として登記する。学習塾の上場は認めない」(第13条)

 実質的に中学生以下の受験科目に関する事業は完全に中止せざるを得ず、影響は即座に表れた。

 米ニューヨーク証券取引所に上場している中国学習塾最大手・新東方教育科技集団(新東方)は、中学生以下を対象とした受験科目に対する塾事業をすべて中止したことを発表した。売り上げ全体の50~60%を占める主要事業が消失したため、業績には多大な影響が出ると投資家に警告している。

 同じく米国に上場している好未来教育集団(TAL)も事業停止を発表した。ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)が出資している作業幇(ズオイエバン)など、中国には9社の教育分野のユニコーン企業(評価額10億ドル以上の未上場企業)が存在するが、いずれも潰滅的な打撃を受けた。

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