見出し画像

緑の獣、岩壁に吠ゆ

 


 西暦2032年。地球上で恐るべき現象が起きたのである。後にCZ(シーズ)と呼ばれるそれは、ある朝突然に起きた。最初の報告は4月22日。現象自体はそれより以前にあったのかも知れない。
 場所はニュージーランド、アッシュバートン。家畜である羊の数頭が、突如として、二足歩行し、人語と思われる言語を話し出したのである。
 当然これは与太話として処理される筈だった。だが、ニュージーランドでは同様の報告が相次ぎ、その噂が大きなニュースとなる前に、オーストラリアでも牛が二足歩行し始めた、ハッキリとは聞き取れないが、人語を話しているらしい、という報告が頻出。
 ニュージーランドで羊が信じられない進化を遂げた、というニュースがネットを騒がせる頃、カナダで熊が民家を占拠したという事件が報じられた。
 ニュースが世界規模で話題になる頃、アメリカでも牛が、中国では豚が喋り出したとか二足歩行し始めた、という珍妙な事件が世間を騒がせるようになったのだ。
 多くの人間は、それを目撃した訳ではなく、今更そんな都市伝説的な何かが世界的な流行になっているだけだと嘲笑した。無論、実際に二足で歩き、何かを喋っているような動物の映像はネットやTVを通じて流れ続けたが、発展し過ぎたCGの為、捏造を疑われたのである。
 無論、捏造はゼロではなかった。愉快犯はいるものだ。もちろん、噂の段階で信じた者もいた。これこそ世界の終わりだと嘯く者も後を絶たなかった。
 しかし、家畜に多かったそれは、北半球が夏を迎える頃には、その現象は一般家庭でさえ起き、飼い犬、飼い猫が相次いで二足歩行になり、発音に向かない口で喋り出したのである。
 その頃には、最初の頃に発話した羊は流暢に喋るようになっていたし、動物の異様な進化は世界中で当然のように頻発した。

 converse zoanthropy.逆獣人化現象。ライカントロープ、セリアントロープ、シェイプシフター、ミミック、世界各国にある様々な獣人伝説がある。その多くは狂犬病の恐ろしさを伝えるためのものだと言われるが、基本的には人間が獣のように変貌する。
 あるいは、狼男のような「人狼」の種族がいるとする説もあるが、獣が人になる、という伝説は、人が獣になる伝説より少ない。東洋においては狐や狸が人を化かす話は多いが、獣が人になる話は、それより少ない。
 色々な憶測や推測、名称や噂話が飛び交ったし、各国政府や機関が発表した正式名称もあったが、最終的にその現象はコンバース・ゾアントロピー(converse zoanthropy)こと逆獣人化現象を略したCZ(シーズ)が一般的に普及する。
 あらゆる調査機関が研究するも、原因は不明で、動物達が一斉に突然進化したと言うのが妥当な説明としか言えない。突然変異では説明がつかないのだ。
 初期は研究機関に回され、解剖実験もされたが、時とともに動物愛護団体などから強い反発運動に遭い、研究にストップが掛かったのも大きな要因となった。
 2034年。世界中がパニックに陥って2年。
 世界中の動物の実に1/3がCZとなる。飼い犬や飼い猫の1/3がCZだ。その数は一大勢力となった。
 なお、人の言葉を話し、陸にも上がるイルカやクジラは出現したが、魚類のCZ報告例はゼロ。同時に鳥類や昆虫類もゼロである。どうやら、哺乳類に限られるというのが現状だ。
 わかっている事は、概ね、牛のCZは、人間にも牛にも性的な興味は示さず、牛のCZは牛のCZに、犬のCZは犬のCZにのみ興味を示すと言うこと。また、極めて知能は高いが、人間と長時間接して人語を覚えさせない限りは、無から言葉を発する事はないらしい、ということ。
 そして、CZが家畜達が人間に飼われている事に対し、強い反発を示し、一致団結をするまでにそう長い時間は必要ではなかった。
 牛、豚、羊を筆頭に、世界各地で人類に対する反発運動が起き、一部の人間がCZに味方した事により、世界は更に混迷する。
 「地球は人類のためだけのものではない」が彼らのスローガンだ。

 一部の人間がCZに与した事により、CZは各地で蜂起した。
 後にCZ紛争と呼ばれるこの事件は、意外にも4年で終結したのである。
 まず第一に、牛、羊、豚というメインのCZ3種族の連携が取れなかった事だ。彼らは、牛は牛、豚は豚、と種族の壁を越えることを選ばず、独自路線を進んだ。
 一部の人間達は必死に連合を作ろうと尽力したが、根本的な方向性の違いは如何ともしがたかったのである。
 そして、犬や猫のCZは、概ね人間との共存路線を選んだ。つまり、CZ全体が共闘する線は完全に消えたのである。
 また、猿のCZなどは明らかに利口で、人間からの食糧供給を受ける事で、不可侵条約を結ぶ事となった。そして、人が最も恐れた大型肉食動物の反乱だが、猿が示した不可侵条約が前例となり、それなりの待遇を約束する事で反乱自体を未然に防ぐが出来たのである。
 そして、最も大きな要因となったのが、逆獣人化現象は、確認から3年ほどで大幅に減少し、終結を迎える頃には、ほぼゼロになっていたのだ。
 動物たち全てがCZ化するのではなく、その3年で、CZ現象は終わりを迎えた。
 CZ達は動物を自分達の未来の同胞ではなく、争うべき人間よりも言葉の通じない遠い存在と感じてしまったのだろう。そこで多くのCZは自分達の種の確保のために、人類との共存を選び、祖先となる動物達と決別した。
 まだ、一部の反乱勢力は残っているものの、CZ紛争は牛との停戦条約締結とともに終結したのである。時に西暦2038年の事である。
 しかし、この原因不明の現象は謎だらけで、ひょっとすると、この現象が遥か昔に「猿から人間」にのみ起きただけなのではないか、という説が有力視されるのみ。原因は分からずじまい。何処かの国がバラまいた細菌兵器だとか、近付いた彗星の影響だとか、宇宙人の仕業だとか、噂や都市伝説の類は後を絶たないままである。
 この中でも一見馬鹿馬鹿しいと思える宇宙人説が、この後、再有力視され、そして、否定される事になった。

 CZ紛争終了から半年も経たない2039年。
 宇宙人が襲来したのである。
 vγ星人。後に緑人と呼ばれる宇宙人は、UFOに乗って地球に飛来した。vγ(ヴィ・ガンマー)星は外宇宙にある植物の惑星であるという。vγ星人は、いわゆる植物から進化した知的生命体、いわゆる植物人だった。
 太陽光と水、大地、二酸化炭素に恵まれ、繁栄した彼らだが、進化の速度は非常に遅く、惑星脱出の科学力を揺るぎなきものにした頃には、もはや惑星が死滅する寸前だったのだ。
 彼らは長寿を活かして外宇宙からの永い永い旅に出た。そして、ようやく巡り合ったのがこの地球である。
 母星には及ばないまでも適合できる惑星に巡り合った彼らは歓喜した。しかし、地球を制圧していたのは地球人だった。非常に知能の高い彼らは、わずか1ヶ月ほどで地球上の主要な言語をマスターし、各国の首脳と共存の方法を探った。
 しかし、CZとの紛争と共存で疲弊した状態で、更なる未知との遭遇は相当にデリケートな問題であったと言えよう。
 そして、人類が植物を食料としている事実が、お互いの関係を非常に悪くした。
 それでもどうにか対話路線を続けようとする両者に、最悪のニュースが届いたのである。
 カリフォルニアとオーストラリアでの、超大型の山火事である。
 この山火事は、後に自然発火が原因とされるが、少なくともカリフォルニアの火事には放火ではと言う疑いが強く噂されていた(時期的に珍しい)し、どちらのニュース放映にも「緑人はこの星から出て行け!」「地球は我々のものだ!」という垂れ幕が映し出されたのである。
 この時点では、まだ、緑人の存在は市民には公開されていなかったが、各地で目撃されたUFOや、偵察中の緑人が目撃されたりした事、また、CZ事件の黒幕が緑人であるという噂が出回っていたために、早まった市民が尻馬に乗ってしまったのだ。
 そこで両者の関係は一気に悪化し、偵察していた緑人が市民に捕らえられ、暴行殺害された(しかもそれはネットTVで生放送された。なお、この時の尋問でCZ現象は緑人と無関係であると証明された)事により、事態は全面戦争という最悪の事態を迎える事になる。
 それでも、たかだかUFO母船数十基。
 いくら科学力で劣るとは言え、数で押せば勝てる。その計算通り、開戦最初期は人類側の有利であった。
 だが、彼らには増援がいたのである。まず、大気圏外に待機していた本隊の地球降下が、人類を絶望に陥れた。当初、40基ほどと思われていた巨大UFOだが、本隊到着後に3000基と訂正され、しかも別の方面に旅立っていたvγ星人が連絡を受けて地球に向かっており、3年後、27年後、400年後、9900年後にもほぼ同数が地球に到達するというのだ。
 緑人との戦争は、人類史上初の統合軍を誕生させる。いや、人類だけでなく、CZもまた、人類に協力したのである。漫画や映画ならここで大逆転のタイミングだろう。しかし、人類とは大きく違う科学力を持つ緑人の前に、人類もCZも苦戦を強いられた。
 中にはCZの時に続き、再び緑人に与しようとする人間もいたが、「植物を食う野蛮人め」と一蹴され、一部のスパイを除き、人類は完全に敵と認定された事が証明されただけだ。
 苦戦、という言葉が使えたのも、わずか8ヶ月ばかりの話だった。

 緑人たちは、交戦中でも科学研究を欠かさず、その8ヶ月で、とんでもない兵器を作り出したのだ。
 『緑人化薬』
 緑人は地球上の植物が緑人化する薬品を開発したのだ。
 カナダで、針葉樹林が巨大な兵士と化した。アマゾンで密林が無数の兵士となった。
 この事態に対応するべく各地に戦力を送るも、その隙に中国で、アメリカで、オーストラリアで、穀物が一斉に脱走を始めたのである。
 真の恐怖は敵兵の増強ではなかった。
 食糧難である。
 人類も、肉食草食を問わず、CZもこの事態には閉口した。
 まだ全ての食糧が奪われた訳ではない。ばら撒かれた緑人化薬にも、まだ限りはあるだろう。だが、これ以上戦況が膠着すれば負ける。
 そしてそれは、戦争に負けるなどと言う生易しいものではない。
 文化や歴史の蹂躙などではない。人間とCZの根絶なのだ。
 人類は、核兵器による拠点攻撃を決意する。緑人化薬の製造プラントと思われるアフリカ拠点とブラジル拠点。総司令部と思われるフィジー拠点を攻撃。
 核兵器の使用による緑人の殲滅を図った。
 しかし、ブラジル、アフリカ拠点は爆撃に成功するも、ダミープラントであった。フィジー拠点は返り討ちに遭い、爆撃に失敗。結論から言えば、完全に読まれていた。
 地球はいよいよ、緑人の支配下に置かれる。
 その時だった。
 その時に彼らは目覚めた。


 人間でも、獣人でも、緑人でもない、全く別の知的生命体。
 それはー、
 『鉱石人』である。
 彼らは、何十億年も浅い眠りについていた。だが、ブラジルの核兵器の衝撃で目覚めたのである。
 鉱石人は岩の肉体を持つ精神生命体で、目覚めと同時に人類やCZに語りかけた。
 「我々を起こしたのは、お前たちか?」と。
 人類は、更なる混迷を恐れた。何しろ、人類が蹂躙して来たのは動植物だけではない。鉱物や石油もまた、人類が削ぎ取って来たのである。
 だが、鉱石人は「宝石を美しい」と讃える人類を嫌わなかった。
 それどころか、浅い眠りの中で、岩の世界であった地球を長きに渡って侵食して来た植物を嫌っていたのである。
 「地球は緑などではない」
 目覚めた鉱石人は、目覚めさせてくれた人類とCZに力を貸すことを約束し、実に局地的な火山噴火と地震で、あっと言う間に緑人の拠点の9割以上を殲滅したのだ。
 わずか7日間の出来事である。なお、完全に消滅させなかったのは、交渉の余地を残し、後続の緑人の飛来を回避するためだと、鉱石人は語った。
 後に緑人戦争と呼ばれるこの戦争は、鉱石人の登場により、1年で終結した。
 だがそれは、人類だけでなく、獣人だけでなく、植物も、鉱石もが手を取り合う、新たな世界への旅立ちの時だった。


 一方その頃、7億光年離れた何もない宇宙で、「無」が目を覚ました。
 「寝ている間に、我が宇宙には随分とゴミが増えた。寝覚めの悪い朝だ。惑星というゴミを一掃して、次は気分のいい朝を迎えよう」
 そうして、無は手始めに、一番手前にあった惑星を消したのだった。


 ※ この短編小説は無料ですが、お気に召した方は投げ銭(¥100)とか、サポートをお願いします。
 なお、この先にはボツにしたこの物語の雛型(色々ひどい)が載せられています。


ここから先は

564字

¥ 100

(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。