塩湖マンと夢のかけら

全人類の欲望の化身、ティア・ドロッパーは今日もいつもどおり人類を幸せに導くためビジネスをしていた。しかしその日は何故か客足が無い。不思議に思いながらも欲望センサーを使って歩き回っていると異常な気配に出会う。見た目はどこにでもいそうな中肉中背の男。しかし、欲望が無かった。

「失礼ぃ、こんにちはぁ」

「ん?俺か?こんにちは」

「貴方ぁ…何か願い事が叶うとしたら何を願いますかぁ?」

「願い事?いや別に何も無いけど…」

「本当にぃ?何も無いんですかぁ?」

「おう、全く何も思いつかねえな。人に叶えてもらわなきゃいけない願いってのは」

「金が欲しいとか成功したいとか異性が欲しいとかそういった欲望が本当に何も無いんですかぁ?」

「金は欲しいが自分で稼ぐ、成功とかどうでもいい、異性に関しても今は…どうでもいいかな」

ティアは恐ろしくなった。人間の欲望の化身であるティアは目の前の男みたいな全く欲のない人間が増えてしまっては存在を維持できないからだ。

「最近の若い人たちはぁ…皆貴方みたいなのですかぁ?」

ココに来て男はようやく気付く。眼の前の存在が『自分が作り出していない神』の一柱なのだと。しかもそれに気付いておらず怪異として振る舞っているのだと。

「安心しな、今の若い奴らは欲望たっぷりだぞ。それと…俺は多分アンタより年上だ」

【塩湖マン】は神性を少し開放してみせる。それだけでティアは全てを察した。

「あぁ…貴方は『人間ではないもの』なのですねぇ…?ですから人間には必ずある欲望が無いとぉ…」

「正直思い描けることは何でもできるからな、まあ人間として生活しているからそういうつまらないことはしないが」

「羨ましい…ですねぇ、それにしても何故私の欲望センサーがこんなにも強く反応しているんでしょうかぁ…この辺りに隠れて見ている方でもいるんですかぁ?」

「あー…それは心当たりがあるな。ただアンタに叶えられる願いじゃねえから気にしないでくれ。ノイズだノイズ」

「はてぇ…?しかし貴方が言うのであればぁ…そうなのでしょうねぇ…」

「そうだぞ。後、『少し考えて行動しろ』わかったな?」

「えっ、それはどういう…」

次の瞬間男は消えていた。怪異と話しているところを見られるのは男としては不本意であったので開放した神性を使って高速移動をしたのだ。次の瞬間には人気のないところまで移動した男が何食わぬ顔でジョギングでもしていたかのように振る舞い始めるだろう。

「まさか私に『欲望』が生まれてしまうとはぁ…今の言葉の真意、気になりますねぇ…」

ティアは男との再開を自らの『欲望』として持つことになった。しかし男、塩湖マンはティアを避け続けるだろう。その理由は謎である…。

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