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3つの名を持つ傑作映画『next』、あるいは『超いんらん やればやるほどいい気持ち』『大淫乱 飛び散るスケベ汁』を追った話。

 ピンク映画。それは多くの【映画好き】と呼ばれる人々は見向きもせず、センシティブさが故に多くの人がその存在すら口にしないジャンル。しかしこれまでに膨大な数が作られ、そして今なおも作り続けられている。その膨大な母数の中に飛び込めば、発掘されていない未知の傑作と出会える、無限に広がる開拓地(フロンティア)だ。
 私は恥ずかしながらそのジャンルについてはまだまだ不勉強だが、しかし、その自由さとチープさが好きだ。『ポルノ・チャンチャカチャン』、『いちどは行きたい女風呂』『ナチ女軍団 全裸大作戦』など、思い出深い映画が多い。



・辿り着くまで

 ある日の午後、TwitterのTLに奇妙なツイートが流れて来た。『大淫乱 飛び散るスケベ汁』(2008年/日本)という映画が、大変に面白いというのだ。

『大淫乱 飛び散るスケベ汁』……『大淫乱 飛び散るスケベ汁』、かあ……」

大淫乱 飛び散るスケベ汁』。少なくともそのタイトルから、映画として面白そうな映画が飛び散る……もとい、飛び出るとはとても思えない。(だって『大淫乱 飛び散るスケベ汁』だぞ?)
しかし、私を惹きつけたのはタイトルではなくあらすじだった。

【元ピンク映画監督である老人男性は、浜辺で謎の美女と出会う。
『映画』と名乗る彼女をきっかけに、男は自らの記憶を辿り始める。
「映画」と、そして「女」と共に在った「男」の人生を」】
 

「見たいなあ!!!!」

 映画をテーマにした映画。とても好きなジャンルだ。敢えて大御所を引き合いに出すなら『雨に唄えば』、『アメリカの夜』、『カメラを止めるな!』など、傑作が多い
 どうやって見ればいい?『大淫乱 飛び散るスケベ汁』で検索をすると、別のタイトルの映画が引っかかった。

『超いんらん やればやるほどいい気持ち』


「……これまたえらいタイトルのが引っかかってしまったぞ」

 しかし調べてみると、どうも映画の内容は全く同じ、同一作らしい。「そんなことがあるのか?」と思って調べてみると、更に衝撃的な事実が発覚した。
 この映画の元々のタイトルは『next』であり、そこから後の二つのタイトルが生えたのだという。なるほどピンク映画館でかけるものであるからには、『next』というタイトルでは確かに集客を望みにくいだろう。『大淫乱 飛び散るスケベ汁』、『超いんらん やればやるほどいい気持ち』の方が、集客は……しかし、ちょっと勿体ないと思った。後から生えた二つはもちろん、原題もそうだが、この映画に対して的確な題ではない。この映画が真面目な映画であることはもちろん、「映画の映画」であることは、誰にもわからないだろう。

 っていうかいざ見ても大淫乱も飛び出るスケベ汁もないじゃん!!!超淫乱もやればやるほどいい気持ちって感じのあれもないじゃん!!!!!!そういうのもそういうので普通に見たいんだけど!!!!!それは普通にタイトル詐欺だろ!!!!!!!!

 ともかく。

 レビューを漁っても、高評価しか出てこない。ピンク映画の賞を総なめしたらしい。これが大変な大傑作であると確信するには、十分な材料だった。
 なんとかしてこの映画が見たいと強く思った。DVDが出ていれば、買おうかと思った。しかし。DVDは出ていないようだし、Amazon primeの配信は、「このビデオは、現在、お住まいの地域では視聴できません」と来たものだ。『NEXT』で調べて出て来たU-NEXTには池島ゆたか監督作がいくつかあるようだが、本作は無かった。当然Netflixにもない。ピンク映画といえばGYAOが偶に配信していた気がするが、どうも無い様子。
 手詰まりだ。




 参った。普段ピンク映画について調べ物をあまりしないツケが回ってきた。こういった映画の多くがどこで配信しているか、知らなかったのだ。
 しかし、もう止まるわけにはいかなかった。映画好きの人には分かると思うが、極まれに、情報しか知らない段階でも「自分はなんとかしてこの映画を見なければならない」という根拠のない使命感を、義務感を、妄執を抱いてしまう映画というものがある。私にとって『next』は、『超いんらん やればやるほどいい気持ち』は、『大淫乱 飛び散るスケベ汁』は、正にそれなのだ。
 面白くなくったって構わない。クソ映画ならそれでもいい。ここまで期待してしまってこの映画が面白くなかったら、私は、笑顔ではいられないだろうが、いい。腹は既に括った。
 さてそんなこんなで調べていると、一つの動画配信サービスに行きついた。
 TSUTAYA TVだ。
 多くの人が「ああそんな簡単なオチなのか」と思うかもしれない。しかしTSUTAYAのプレミアム会員に入っている癖に普段このサービスを使わない私にとって、青天の霹靂だった。

「TSUTAYAの配信サービスって(ピンク映画配信)やってんの!?」
 正直舐めていた。Amazon primeもピンク映画を配信しているが、その数は少ない。Netflixなんてもっとそうだ。その二つで掬え切れず零れ落ちたピンク映画というジャンルを、まさかTSUTAYAが拾っていたとは。
 

「えっ?普通のAVのサブスク配信してんの?へ~……ふ~ん……」

 なんだかついでで大変な事実を発見してしまったが、まあそれは一旦置いておいて。
 幸い、登録に必要な土壌は既に整えていたので簡単に登録。

「頼む~!!!」誰に捧げているのかわからない祈りを喚きながら恐る恐る検索にかけた。

『next』──検索結果0。
『大淫乱 飛び散るスケベ汁』──検索結果0。
『超いんらん やればやるほどいい気持ち』──検索結果、1!これだ!

そのまま視聴ページまでたどり着けた。

そしてとうとう、始まった。『超いんらん やればやるほどいい気持ち』の、『大淫乱 飛び散るスケベ汁』の、『next』の上映が!






 そうして、見終わった時、無意識に声が出た。






「いや~~~~~~~~~~~~~めっちゃ良い映画だった!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!最高!!!!!!!!!!!!!!マーベラス!!!!!!!!!!!!!!!!
これだよこれこれ正に俺が期待した!!!!!!!そう!!!!!!!!お前!!!!!!!!お前お前お前~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!ナンバーワン!!!!!!!!!!!!!!!!!!
映画って最高~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


・感想

 胸を打たれたとは正にこのことだ。夢と性に翻弄され続けた男の無様で無惨で切実な人生を、遊び心溢れたカメラと編集で描く、素敵な映画だった。
 その独特な情熱と観点から来るセリフ回しが、本作の最もユニークな点だろう。本作冒頭のやりとり、
「ここはどこ……」「素敵なセリフを呟いたり、酸欠になるほど喘いだり、それを録音したりするところ──(指を舐って液体音を立てて)こんなエロい音を出したりします」
から、もう既にその片鱗を感じ取ることが出来る。

 幻想的なプロローグを終えて始まる本筋は、劇中映画の濡れ場のアフレコ現場から始まる。軽快なやりとりが楽しい。特に主人公が映画女優と浮気している現場が彼女の夫である監督にバレるシーンは、正しくおバカエロギャグコメディという感じで、往年のポルノコメディを感じさせる。
 しかしコメディ的に楽しいのはそこまでで、そこから時が過ぎ、別の相手との恋愛模様がシリアスに描かれ、そしてまた時間が飛び、彼が人生初監督作品を撮るに至る美女との出会い、しかし途中で死んでしまった彼女の死後に映画を完成させる姿が描かれる。
 そして彼は死後の世界で、死んでしまった主演女優との再会を果たし、彼女と対話をする。


  この映画の面白い点は、「楽しいコメディ風」と、「キッチュなメロドラマ風」を渡り歩いた後に、彼が愛するゴダール監督の国である「フランス映画風」になり、最後に映画とは、それと共に歩んだ、「人生」とは、と問いかけ、この映画なりの結論を出すことである。

 主人公は最後の対話のシーンで、彼が自身の初監督作品のシナリオを手に取って、えづいてしまうシーン。しかしその後彼は出会った彼女と、再びそのシナリオにある映画をやりはじめる。

 最後の主人公の叫びは力強い。
「そこから走れ!転んでもいいから、必死で走れ!!」
「監督、お芝居は!?」
「バカ!何度言えばわかるんだよ!お芝居なんて余計なこと考えるな!お前が走ればそれが!

……映画だ!!」

 この最後のやりとりが一番好きなシーンだ。人生上手く行かないことだらけだ。お芝居じみたカッコいい振る舞いも、都合のいい展開もないし、自分をキマる角度で捉えてくれるカメラも、余計な部分をカットしてくれる編集もない。それでもいい。始まりと終わりがあるのだから、必死に走っていれば、それだけで映画になる。終わった後には、どんなに不出来な物でも、きっと受け入れることが出来る。終わってみれば、きっと一つの作品となっている。
 何故なら映画とはそういうものだから。
 あれは、そういう叫びだと感じた。
 映画好きにとって、これはとても力強い人生の「肯定」だ。この映画を見て良かった。




・余談

・主人公が初監督作品を取るに至る美少女と会うシーンも大好きだ。「演技なんていらない!演技なんてしろもの、映画にはこれっぽっちも必要ありません!この海にあなたが立てば……それが映画だ!」と情熱的に語る主人公の姿が、なんとも魅力的に感じる。(まあ個人的には『そんなわけねえだろ!』という気持ちだが……)

・主人公が俳優を目指している時間軸の冒頭で、彼が缶ビールを投げられるシーン。「うるせー!」の声と共に飛んでいく缶をぴったりと追って映すカットが地味に面白くて好きだ。
 あとその前のシーンで投げられる灰皿がやたらと多く用意されてて全部投げられるのも好き。やたらモノ投げられてんなコイツ。

・この作品に付けるタイトル、『next』ではなくない!?!?!終わるのが美しい映画に『next』はなくない?!?!?!?!って思ったけどなんだろう。「人生が終わっても次の映画を撮り続ける!」みたいなことなのかな?いやわかんねえな……なんかいい解釈あったらコメント欄とかで教えてもらえると嬉しい。


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