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「Z世代 vs 氷河期世代」という新たな世代対立

最近強く思うのが、「若者 vs 老人」的構図における世代対立の当事者が、Z世代と氷河期世代に移りつつある、ということである。

長らく日本のネット世論において、老人といえば多くの場合「団塊の世代」を中心とした1940-50年代生まれを指すのが相場だった。若者として想定されるのは「氷河期世代」や「ゆとり世代」などの1970-80年代生まれであり、この二者間において「若者 vs 老人」的な世代論が論じられてきた…というのは多くの読者の実感とも重なるだろう。

その構図が2010年代後半から少しずつ変化してきたのだ。1947-50年生まれの「団塊の世代」は2020年には67歳から70歳である。この年齢になると流石に第一線で働く率は減っていき、「職場や学校で団塊老人にこんな理不尽な目にあった!」という声は特にZ世代の若者からはほぼ聞こえなくなってくる。若者が異世代の中高年との交流を余儀なくされるのはいつの時代も職場が中心だが、その職場から団塊世代が消えていったのだから世代論の当事者として団塊世代が語られなくなるのはごく自然な流れだろう。

団塊世代に代わって「老人」の座を占め始めたのが1970-1982年生まれの「氷河期世代」である。2023年現在41歳~53歳の彼らを老人扱いするのはやや躊躇われるのだが、1996-2012年に生まれたいわゆる「Z世代」の親世代にあたるのが氷河期世代であり、ちょうど30年のギャップがあるのは氷河期世代と団塊世代の関係と同様だ。そういう面からも、Z世代が氷河期世代を指して老人扱いするのは致し方ないところがある。いつの時代も親世代は子供世代にとって無条件かつ絶対的な「老人」だ。

本稿は、「Z世代 vs ロスジェネ世代」という新たな世代対立がどのように生じており、それぞれの世代がどんな時代精神の中で生きているのか、ということをなるべく各世代に向けてわかりやすく解説することを試みる。

ちなみに筆者は1988年生の「ゆとり世代」ど真ん中である。それゆえZ世代、氷河期世代どちらにも知人友人がおり、どちらの気持ちもある程度わかる部分がある。客観的に見てもそれぞれ異なった理由で「氷河期世代」「Z世代」ともに困難な状況にあるというのが筆者の見解で、どちらか一方を完全な悪者にすることは難しい。

「氷河期オヤジはいつまでも被害者ぶっててウザい」というZ世代の若者も、「Z世代は俺らに比べてイージーモードで甘えてる」という氷河期世代の中高年も、異世代を知る一助として本稿を用いて頂ければ幸いである。


氷河期世代という「落下」の世代

改めて、氷河期世代の時代背景をおさらいしておこう。生まれたのは1970-1982年。2023年現在は41-53歳であり、現在進行形で様々な業界の第一線で 活躍する世代である。

文化的に言えば「オタク文化」をはじめとするサブカルチャーのまさに爛熟期に青春を過ごした世代と言える。1979年の「機動戦士ガンダム」や1984-1995年連載の「ドラゴンボール」などはこの世代のバイブルだろう。漫画やアニメが急速に市民権を得ていった時代の当事者でもあり、いま活躍するトップクリエイターはこの世代の出身者が極めて多い。

また1990年代後半から盛り上がったインターネット・カルチャーを牽引したのもこの世代である。2ちゃんねるの創始者である西村博之を(1976-)をはじめとして、livedoorの堀江貴文(1972-)やサイバーエージェントの藤田晋(1973-)、ZOZOの前沢友作(1975-)、GMOの家入真一(1978-)、mixiの笠原健治(1975-)、GREEの田中良和(1977-)など、名実ともに日本のインターネットを築いた世代とも言える。

氷河期世代を語る上で避けられないのが、その現象が世代名そのものにもなった「就職氷河期」だろう。特に1999年から2003年にかけて平成不況とITバブル崩壊が重なった時期の就職難は凄まじいものがあり、大学卒業者の6割未満しか満足に就職できず、卒業者の3割近くが就職浪人や非正規雇用につくという未曾有の大惨事を経験している。(余談だが、リーマンショック直後の2010年卒の年代に生まれた筆者もよく似た就職難の時代を経験した)

引用:大学卒業者の就職率74.2%…大学生の就職状況などをさぐる

氷河期世代の苦境は単純な就職率だけでは語れない。氷河期世代の就職時期は終身雇用がまだ常識して語られていた時代であり、氷河期世代の多くもまた「大企業に就職して死ぬまで滅私奉公する」というロールモデルを強固に内面化していた。そんな彼らにとって転職やフリーランスなどの弾力的なキャリア形成はほとんど想像の埒外であり、就職できなかったことが与える心理的なショックは今の若い世代の比ではない。

また氷河期世代のすぐ上は「バブル世代」(1965-1969年生)という超好景気の中で就活がイージーモードを極めた世代でもあり、彼らとの落差がまた氷河期世代の心を蝕んだ。今の若者には信じられないだろうがバブル世代の就活は狂気に片足を踏み入れており、たとえば地方出身者が都内の企業の採用試験を受けると往復の航空券代とビジネスホテルの宿泊費が支給されたり、企業説明会に行っただけで1万円の交通費がもらえたり、説明会に行っただけで内定が出たり、内定者を囲い込むために企業が内定者をハワイ旅行に連れていったりという事例がザラだった。

初期の氷河期世代は大学の先輩や兄や従兄弟を通じてそうしたイージーモードを極めた就活について聞き及んでおり、おそらく自分たちもそうなるだろうと予測していたわけだが、1991年のバブル崩壊を境に状況は一変してしまった。たった数年生まれた年が違うだけで(もしくは院進学・浪人・留年しただけで)天国から地獄へと叩き落されたのが氷河期世代であり、上の世代の状況を知っているだけに自分たちの境遇については納得しづらい。

「平等に貧しい」状況より「不条理に勝者と敗者に二分される」状況により強いストレスを感じるのが我々ホモ・サピエンスという社会性哺乳類である。経済史上稀に見る転落の最も悲惨な当事者となった氷河期世代であり、だからこそ就職氷河期という経験は多くの氷河期世代に一生消えない傷を残していった。

個人的に、氷河期世代は単なる就職難の世代というよりは、高度成長から長期停滞へという日本経済の転換期に巨大な落差を経験しそのツケを押し付けられた世代、というのがより正確な表現であるように思う。

少年期、思春期、青年期と「ますます成長し、いずれアメリカをも圧倒するニッポン」というビジョンを散々見せられておいて、いざ自分たちが社会に出る時期にそれらすべてが水泡に化すというのは異世代には想像しづらい経験だ。しかもそのツケが自分たちの世代にだけ押し付けられているのだからたまったものではない。先の大戦における敗戦はよく似た構造のイベントだが、あれは一億総懺悔という言葉に表されているように「国民全員」にとっての挫折であり逆境だった。しかし氷河期世代においては、自分たちの世代"だけ"が日本社会の構造的転換のツケを払わされたのである。他の世代を呪う気持ちは並ならぬものだったに違いない。

天国から地獄への「落下」を経験した氷河期世代。彼らの心情を100%理解するのは、おそらく他の世代には難しい。


Z世代という「沈没」の世代

続いて、世代対立のもう一方の当事者であるZ世代の基本情報について確認しておこう。Z世代は1996-2012年生まれ。2023年現在は11-27歳であり、社会に出ているのは半分にも満たないだろう。多くは高校や大学の学生であり、コロナ禍の「自粛」ムードにおいて青春の多くを奪われた世代でもある。

彼らの経済状況について論じるのは時期尚早ではあるのだが、統計的には氷河期世代やリーマンショック世代の最悪期よりも大きく改善しているとは言えそうである。新卒就職率、若年失業率ともに最悪期よりは「マシ」なスコアを示している。

引用:大学卒業者の就職率74.2%…大学生の就職状況などをさぐる
引用:労働政策研究研修機構「年齢階級別完全失業率」

とはいえ、これはバブル世代以前のような楽勝ムードであることを意味してはいない。2020年前後における20-24歳のZ世代の完全失業率は1994年ごろの初期氷河期世代とほぼ同数である。(15-19歳にかけては顕著な減少があるが、これは就職難よりは受験浪人の減少とリンクしていると見るのが妥当だろう)2001年前後のITバブル崩壊、2010年前後のリーマンショック崩壊などの滋記と比べれば状況はマシだが、Z世代も長きにわたる不況の影響を受け続けていることは変わらない。

さらにZ世代にとって影響が大きいのが税・社会保障費の高騰による手取り額の減少である。

引用:給料があがっても可処分所得が減り続ける「バラまかなくていいから取らないでほしい」という切実

20代の額面所得については氷河期世代をわずかに上回ってはいるものの、税・社会保障費が2倍以上に増加しているため手取り額は氷河期世代の若者時代を大きく下回る結果になってしまっている。

さらに言えば20年前はハンバーガーが60円、自販機の缶ジュースが100円で買えた時代だ。国内物価の指標となる消費者物価指数は1990年代から2020年代にかけてそれなりに上昇しており、Z世代の若者が自由に使える金額は上の世代が思っている以上に少ない。さらに諸外国の経済成長や円安の影響もあり、海外旅行や海外留学は若者にはとても手が出せないものになってしまっている。20代の海外出国者はここ20年で半減しているほどだ。

とは言え、こうした細々とした経済指標を並べてもZ世代の時代精神についてはイマイチ理解できないだろう。彼らが感じている絶望感はつまるところ「日本はどんどん悪くなっており、今日より明日はさらに悪くなる」という確信に由来しているのだが、こうした感覚は経済指標だけを見ていても中々理解するのは難しい。

Z世代の中には就職氷河期の惨状を十分理解した上で「1990-2000年代の若者が羨ましい」という感情を抱く者さえ少なくないのだが、これなどは若年失業率の数字だけ見ていては決して理解できない感情だ。氷河期世代が地獄の苦しみを味わった時代が、Z世代には最高の黄金時代に見えているのである。

不快感を抱く氷河期世代の読者は多いだろうが、Z世代の意見にも一理がないとは言えない。というのは、

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週に1-2回程度更新。主な執筆ジャンルはジェンダー、メンタルヘルス、異常者の生態、婚活、恋愛、オタクなど。

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