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あつあつがお好き?

あつあつのものに目がありません。
なんでも、とても熱くして口に入れるのが好きなのです。


珈琲も、ホットケーキも、ラーメンもスープも。なんでも熱ければ熱いほど良い。そう思います。


猫舌の方からしたらなんだか読むだけで辛いような話かもしれませんが、鍋からそのまま口に運ぶくらいに熱い出来立てが好きなのです。


別の「あつい」の話になりますが、むかし『お厚いのがお好き?』という番組があったそうです。厚くて難解な本をとりあげ、優しく紐解きながら紹介していく番組でした。


2003年ごろから深夜に30分だけ放送し、1年ほどで終わってしまったそうです。
わたしは当時、中学生。部活帰りでぐったり眠り、そんな深夜番組を見ることはありませんでした。


なぜ知ったかというと、高校の倫理の教員が授業で取り上げていたからです。あの番組にはよく助けてもらった、哲学の良著を子供に伝えるためのヒントを得た、と絶賛しました。

わたしが興味を持ったのはその後です。どうやらその番組の最後ではプレゼントの企画があるそうでした。出演者やスタッフがぼろぼろになるまで読み込んだ人生の一冊が抽選で視聴者に贈られるというのです。


わたしは妙な思いつきがありました。

誰かによって使い古された本は、新品とは違うそれなりの重みがあると信じました。口ではどれだけでもおすすめと言えます。それがいかほどのものか、手に取る前に伝わる「モノ」である必要がある、そう思ったのです。


わたしはその日から想像をしました。

誰か知らない人が何年もかけて読み込んだ本。それが封筒に入って家に届きます。わたしの本棚にはそれは不釣り合いなので、すぐに差し込むことはしません。


わたしはその本をきっかけに、読書の世界へ引き込まれます。新たな知識を求めて、さまざまな本を追いかけ、何冊もぼろぼろにするのです。そして、その本たちがおなじくらいにぼろぼろになったとき、全てまとめて一つの本棚におさめる。


ぼろぼろの本だけが入れる本棚。わたしはその思いつきに夢中になりました。


しばらくして職員室にいく用事ができました。出て行こうとすると例の教員が座って仕事をしています。我慢ができず、背中から声をかけそれとなく聞いてみました。


先生、例の番組ですが。プレゼントは本当にぼろぼろのものがくるのでしょうね。


教員はぽかんとしていました。わたしは畳み掛けるように尋ねました。


誰かが気を利かせて、新しいものを買ったりすることはないでしょうね。その人、張本人が読んで古したその一冊が届くのでしょう。


すると彼女はめんどくさそうに


「先生も当たったことがないからわからないけれど」


そう前置きしていいました。


「だれかの手垢がついたぼろぼろの本なんて、手元に置くのは気持ちが悪いでしょう。それこそ大きなテレビ局なのだから本の一冊くらい新調するのではないですか。」


話を聞いていた他の教員も笑っていいました。


「汚れたような本を送ったら、それこそ苦情がくるんじゃないかな。」


わたしは、そうですか、とだけ答えて職員室から出ました。リノリウムの階段を上履きで鳴らしながら、目線が一段ずつ地上から離れていくのを感じます。そして

大人は、なんとつまらないことを考えるのだろう

と呆れかえってすぐに興味を失ったのでした。



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