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「私が書いたものは書いたままにしておけ。」:間違いを直さないという判断。

 先週は復活祭を控える聖週間で、きのう日曜日は復活祭でした。
 その前の日の土曜日には復活の聖なる徹夜祭というキリスト教の最も大きな祭儀が行われます。その式中に洗礼を受ける人が伝統的に多くいます。

 このお話はそのキリスト教の祭儀にあったことから宗旨を問わない一般論を考えます。

 何でかというと、どこにもよくあることなのです。

 祭儀の始に蝋燭を燈しての光の祭儀というのがあります。
 そこで司祭が「神の使いよ天に集い声高らかに喜び歌え…、」という『復活賛歌』歌うものですがそこで司祭が歌い始めたのは「キリストを信じる全ての者よ主の過越を讃えよう…、」という『復活の続唱』でした。単純に間違いです。
 それには伏線があると見られ、例のあれでここ三年の教会における聖歌が制限されて信徒による歌唱が禁ぜられていた中、復活節には毎週に亘り『復活の続唱』が司祭の独唱により行われていました。そのため司祭はその『復活の続唱』を当時に念入りに練習して体得されていたことと思われます。
 なので今年も復活祭となると、お得意の『復活の続唱』が反射的に出て来てしまったのでしょう。

 私の目は神の目なのでそこまでお見通しです。

 ウケるぅ!

 蝋燭を手におもろうおすなと聴き入っていたところ、典礼係の者が何気に祭壇に登り、司祭に耳打ちをしてその間違いを指摘、すると、司祭がせっかくの『復活の続唱』を中断して正規の『復活賛歌』を改めて歌い始めました。

 脱力…。つまらないことをするな。

 そこは放っておいて間違いの『復活賛歌』を終まで歌ってもらい、正規の『復活賛歌』は洗礼式の後の『諸聖人の連願』に続き歌うことにするという判断が出来ないものでしょうか?
 順番が違っても式中に実行されれば良く、或いは、来年まで待つことにするとか、それは残念過ぎるというなら翌日曜日に順延とか色々と考えられる筈です。

 勿論、間違いや誤りを指摘してはならないということではありません。
 結局は指摘をしなければならないのですが、間違えたその場でそれは違うと指摘することは場の空気を悪くしてしまうことになりかなり感心しないものです。

 神がエジプトでモーセとアロンに命じた過越祭の要領さえ、その通りにしなくても必ずしもよいものだったということについては前の聖木曜日についての記事に語りました。

 聖金曜日、主の受難の日に朗読されるヨハネによる福音書にはこのような行があります。

ピラトは罪状書を書いて十字架の上に掛けた。それには、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と書いてあった。 イエスが十字架につけられた場所は都に近かったので、多くのユダヤ人がその罪状書を読んだ。それは、ヘブライ語、ラテン語並びにギリシア語で書かれていた。 ユダヤ人の祭司長たちがピラトに「ユダヤ人の王と書かず、この男はユダヤ人の王と自称したと書いてください」と言った。 しかしピラトは「わたしが書いたものは、書いたままにしておけ(What I have written stays written.)」と答えた。
新約聖書  新共同訳 ヨハネによる福音書19章

 罪状書などのような後に残る文書は誤が残ってはならないので間違いがあればなるべく速やかに間違いが指摘される必要があり、式次第の間違いとは事情が異なります。
 しかしその場面は間違いを指摘した多くのユダヤ人がもっと間違えていたという笑えない例です。
 事情を正確に理解すれば、イスラエルの民、ユダヤ人の多くがイエスがイスラエルの王になることを少なくとも初めは望んでいたのであり、イエスの他にはその候補がいなかったことから、自称したというのが正しいとはいえません。
 西ローマの側からすれば少なくともその時点では、イスラエルの王というものが存在することそのものが罪なので、イスラエルの王という罪状書は正確なのです。
 英語訳は‘What I have writen stays written.’と、「書いたままにしてけろ。」という命令法ではなく「書いたままになる。」という宣言の文です。
 これは聖書から直接に読み取ることは難しいですがイエスの復活の後に西ローマはイスラエルの王という地位を暫定的に認め、イスラエルもそれをものの試しで認めてイエスがその座に就いたということが事実かと推定されます。イエスの昇天とはそのこと(天帝の右に座すること)を指すのでしょう。

 或る意味では『復活賛歌』ではなく『復活の続唱』を歌い始めた司祭はピラトの罪状書ではありませんが、正しいことだったのではないかとも思えます。
 この暖かくも喜ばしい春を迎えても『復活賛歌』のように天に集い声高らかに喜び歌うことのできない人々も少なからずいます。しかも連日の雨嵐で聖週間の典礼への出足は鈍くて空席もありました。

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