文様よもやま話③麻の葉-その1 なぜ惹きつけられる?「文様界の小悪魔」問題について。
伝統文様を一つ取り上げ、あーだ、こーだと好き勝手に言ってみる
文様よもやま話。今回は、定番中の定番「麻の葉」です。
長くなりそうなので、3分割くらいでいきたいと思います・・
奈良時代にはもう登場している「麻の葉」文様ですが
どうして、そんなにも長い間、愛され続けるのか?
本日は、その秘密を美しさ、つまり見た目だけから考えてみます。
(受容のされ方と遍歴が、その2。
どうして厄除けなのか?が、その3。という予定です。)
単純。けれど、人間の目には難しい
たくさんの直線が交差する「麻の葉」は、キリッとしていて
カッコいいのですが、パッと見でどうなっているのかは
わかりにくい複雑な印象を受ける文様です。
しかし、幾何学的感覚で目を凝らすと
頂角が120°、底角が30°の二等辺三角形による平面充填(=タイリング)
だと気づく事ができます。
この二等辺三角形を、正方形に変えると市松文様になります。
そういう意味では、実はとても単純な文様です。
コンピュータなら、「市松」と「麻の葉」はごくごく近しい
親戚のようなものと判断する事でしょう。
しかし、人間の目にはそういう風には映らないのが面白いところです。
均整のとれた佇まい
平面充填(タイリング)は、文様にはお馴染みの表現です。
正三角形は「鱗」、正方形は「市松」、正六角形は「亀甲」というように
1種類の正多角形タイルを用いた平面充填は全て伝統文様扱いです。
シンプルすぎる伝統文様の超ド定番、メジャー級が並んでいますね。
興味深いのはここからです。
平面充填自体は、エッシャーの絵画に見られるように、
実は制約がゆるく様々な表現が可能です。
1種類の多角形に限定した場合も、ありとあらゆる三角形、四角形、
平行六辺形の全ては平面充填が可能です。
条件を満たせば五角形やその他の多角形も可能です。
しかし、多角形の平面充填でメジャー級と言って良い文様は、
ほとんど存在しません。
(「麻の葉」の他に、「紗綾型」なども当てはまるでしょうか・・・)
何故か?と考えるため、試しに描いてみたところ、
なんとなく頼りない・・。
個人的には、四角形などはそこそこ好みではありましたが、
堂々とした風格みたいなものは感じられなくなってしまいました。
多角形の平面充填が特別な魅力を放つのは
あくまで【正多角形】の場合に限られるらしく
「市松」や「亀甲」から感じられる普遍性、説得力は
正多角形の【正】の要素が外れただけで、どうやら霧散してしまう
らしいのです。
【正】の要素、つまり対称性がもたらす安定した佇まいが
「定番」たりうるには必要なのでしょうか・・。
「麻の葉」は、正多角形ではないですが、それぞれの辺に着目すれば、
容易に対称性を見出す事が出来る文様です。
正多角形と同様の均整のとれた美しさを備えている、といえそうです。
「麻の葉」の魅力、その一は均整のとれた対称性にありと
ひとまず記しておきます。
アスタリスク(✴︎)の引力
次に注目するのは、誘目性についてです。
「麻の葉」文様をパッと見た時、
どうしても人間の目は、直線が収束する交点に引き付けられると思います。
この交点を今、アスタリスク(✴︎)と呼ぶことにします。
(このアスタリスク(✴︎)は、線対称かつ点対称ですね。)
ゲシュタルト要因というやつですが、
人間は、与えられた情報から「まとまり」を見出し
それが何であるか解釈しようと試みてしまう習性があります。
「麻の葉」の場合、二等辺三角形ではなく、
アスタリスク(✴︎)の方が「まとまり」として見出されやすいから、
「麻の葉」文様な訳です。
(昔の人が、アスタリスク(✴︎)が放射状に広がる様子を
大麻の葉に見立てたところから、現在の呼称となったと
言われています。江戸に入ってからの事ですかね。)
モチーフが反復される事の快感がこの文様でも感じられるのですが
その基礎単位はあくまで「麻の葉」であって、
二等辺三角形は見落とされています。
「麻の葉」文様は、実は「亀甲」文様の一種とも言えますが、
これも普通は見落としてしまいます。
(「麻の葉」の「まとまり」は、正六角形にピタッと納まります。)
また、同様に「鱗」文様とも解釈できますが、やはり気づく人は稀でしょう。
それほどに、アスタリスク(✴︎)の引力は絶大で、
意識のベクトルが全集中してしまう結果、
その他の「まとまり」をほとんど見落としてしまうのです・・。
「麻の葉」の魅力、その二は
私たちの目を釘付けにするアスタリスク(✴︎)です。
小悪魔すぎるダブルミーニング
また、その「麻の葉」の「まとまり」が
多層的に立ち上がってくる点にも触れないわけにはいきません。
ある「麻の葉」の中心、アスタリスク(✴︎)は、ちょっとした拍子に
隣の「麻の葉」の一枚の葉の端点になり変わってしまいます。
ルビンの壺のような図地反転の特徴を備えている訳です。
私たちの目は、アスタリスク(✴︎)の強い引力によって「まとまり=図」を
見出そうとしますが、隣のアスタリスク(✴︎)が即時キャンセルを
仕掛けてきます(図地反転。)
この強引とも言えるダブルミーニングによって、目が泳がされ
いつまでも落ち着きません。
打ち寄せる波に翻弄されつつも「どうなっているのかな」と
確かめたくなり、ますます引き付けらる・・。
この文様が長く愛される理由は
こういった小悪魔的な所にもあるのではないかと思います。
「麻の葉」の魅力、その3は小悪魔的なダブルミーニングです。
(「麻の葉」の他に、ダブルミーニングな伝統文様といえば
「七宝」になるでしょうか・・。)
まとめ
「麻の葉」文様の特徴を3つ取り上げました。
均整のとれた佇まい=「対称性」
目を釘付けにする「アスタリスク(✴︎)」
小悪魔的な「ダブルミーニング」
他の文様にない、最大の特徴は「アスタリスク(✴︎)」になるでしょうか。
(1.3.は「七宝」にも当てはまる。)
ちなみに、「麻の葉」の基礎単位である二等辺三角形を分割するように
2つの直角三角形(30°、60°、90°)による平面充填を行なってみました。
いかがでしょうか・・。
線が増えた分、煩雑になり、アスタリスク(✴︎)は目を引くものの
「麻の葉」のような「まとまり」は感じなくなってしまったのではないでしょうか。
やはり伝統文様は丁度いい落とし所、
万人にとって心地良いと思われる着地点に
すでに辿り着いているのかもしれません。
幾何学的法則性と人間の認知機能の”クセ”の間に生じた魔法が
「麻の葉」文様を特別なものにしています。
これから先も、重奏的に響くこれらの特徴が
私達の感情をくすぐり続ける事でしょう・・。
以上、「麻の葉」=小悪魔問題でした・・。
今回は、ここまで。
次回は、その起源と遍歴がテーマです。
瑞々しくきらびやか。「これからの金彩」を模索しています。 ▼instagram https://www.instagram.com/takenaka_kinsai/