声を挙げれば世論が分断するのは当然。

たかまつななさんがTwitterで勝部元気や町田彩夏らフェミナチ界隈からボコボコに叩かれている。

かつて、たかまつななさんは、自ら分断を煽るような発言をされておられました。

故に、何を今さら、因果応報だろ、と思う気持ちが全くないわけではないですが、しかし誰にでも間違いはあるもの。過去の件を穿り返して今さらこのことを叩こうとは思いません(すでに穿り返しているがw)

少なくとも小木さんの件についてたかまつさんがフェミ界隈を批判したのは正しいですし、正しいことを言ったのに謝罪するのは正直意味が分かりませんね。

「たかまつさんのせいで、声をあげたくなくなった人がいたら、どう思いますか?」とtwitterで言われた。そういう人が実際にいたのだとしたら、私はものすごく悪いことをしてしまったのだと思う。

そして、当事者の人には、怒るな!とは強要しないのに、一部のフェミニストの人にそれを促したり、すすめたことを反省している。

要するに、たかまつさんはフェミ界隈に嫌われたくないだけだろう。

私なら、その程度のことで声を挙げたくなくなるような人は所詮その程度の怒りしかないんだろうとしか思わないし、自分が悪いなんてことは全く思わない。

だいいち、「声を挙げたくなくなる人」のために自分の声を抑えたり控えたり我慢したり、声を挙げてしまったことを謝罪したり反省したりするのは「声を挙げて良い」と言っているいつものたかまつさんの発言と矛盾していませんか?

声を挙げれば、その声に反対する人からの声が飛んでくるのは当たり前です。それを分断と言うのであれば、分断上等、の気概を持たずして、どうして声など挙げられましょうか。

あと、この界隈で気になるのは「声を挙げても良いんだよ」じゃなくて「声を挙げろ」という同調圧力になっているケースが多々見られることですね。

議論の場は、たとえ意見が違う者同士であってもお互いを尊重し合って平和に話し合える場であることが理想ですが、残念ながら人間には感情という厄介なものが存在するため、なかなか上手く行きません。まあ私も割と感情的になりやすい方なのであまり偉そうなことは言えないですが、たとえこちらが平和的友好的に話してるつもりでも、相手が勝手に怒りだしたりすることはよくある。そうなったときに謝罪するのは悪手です。相手が全面対決モードになっているときは、徹底的にやり合って相手を完膚なきまでに叩き潰すか、それが嫌なら相手が大人しくなるまで静観するべきですね。謝罪すると相手はさらに怒りを増幅させるのです。人間って面白いよね。

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