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この師弟モノがアツい2023『グランツーリスモ』

 映画ファンのほとんどが「へぇ〜あのゲームの実写映画……監督ニール・ブロムカンプ!?!?」となってしまうでおなじみ、『グランツーリスモ』を観てきた。

 本作をまだ観ていない、あるいは観る予定すらない方にどうしても伝えたいのは、本作はある意味で「ビデオゲームの実写映画ではない」ということだ。実際に設立された、『グランツーリスモ』という“ドライビング&カーライフシミュレーター”のトッププレイヤーを本当のプロレーサーに育て上げる「GTアカデミー」において、本当にプロの壇上にまで到達してしまったヤン・マーデンボロー氏の人生を描く、伝記ドラマが本作なのである。

 そのため、ゲームを予習していないと楽しめないだとか、トリビアを事前に仕入れておく必要はない。ゲーマーが本当にプロレーサーになれるのか?という前人未到のチャレンジを、あの日産が本気で取り組んでいた。それ以上の知識は必要なく、あとは劇場の座席に座って、誰もが無謀と嘲笑ったプロジェクトの進捗を見守るだけでいい。レーサーが感じるGを、エンジンとモーターが駆動する音を、ぜひ劇場で体感してほしい。

 では、『グランツーリスモ』を触ったこともないのであれば、一体何を目当てに劇場に駆けつけたらいいのか。そのソリューションとは、師弟モノからしか得られない栄養素である。

 レーサーになることを夢見ながらも、多額の費用を必要とするレーサー育成の道に進むこともままならず、父親の理解も得られぬままビデオゲームで青春を浪費する若者、ヤン・マーデンボロー。彼の鬱屈や劣等感は日に日に募っていくが、『グランツーリスモ』の腕前だけは誰にも負けなかった。そんな彼の元にやってきた、生涯一度のチャンス。オンラインプレイによるトーナメントに優勝すれば、プロレーサーへの架け橋となるGTアカデミーへの入学が許される。持ち前のゲームテクニックで見事その切符を勝ち取ったヤン。彼を待ち受けていたのは、レースに耐えうる身体を作るための厳しいトレーニングと、一瞬の判断が自分や周囲の命を奪いかねないカーレースの現実だった。

 そして、“シムレーサー”たちを鍛え上げるトレーナーのジャック・ソルター。自身も元レーサーでありながら一線を離れた経験があるジャックは、事故を起こしてもリセットボタンが効かない現実のレースの厳しさをアカデミー生たちに叩き込んでいく。ジャックの厳しい指導の前に、日に日に生徒たちは振り落とされ、自分の家に戻っていく。ビデオゲームのトッププレイヤーがプロのレーサーになる、それはジャックにとっても絵空事で、叶いっこない夢のはず、だった。

 夢を追うことの許されなかった若者と、夢を諦めてしまった大人。世界中のコースも車の仕様も知り尽くし、厳しいトレーニングにも耐え抜いたヤンとジャックとの間にはいつしか友情が生まれ、二人は最高のコンビへと成長していく。現実のレースに臆病になっていくヤンの心をジャックが奮い立たせ、ジャックが逃げ出してしまった夢にヤンが再び火を灯す。公式サイトに掲載された本作のレビューには“レーサー版『ロッキー』だ”という言葉があったが、無謀にも思える挑戦に対して「やる」と決めた男たちの話として読み解くと、まさにその言葉がぴったりだ。ロッキーとミッキーのように、二人はいつしかお互いを魂のパートナーとして信頼を置き、プロレースの厳しい闘いに立ち向かっていく。

 ヤン・マーデンボローを演じるのは、若手のアーチー・マデクウィ。どこかで観たなと思いきや、『ミッドサマー』でホルガを訪れる大学生の一人サイモンを演じた彼だった。その映画では酷い目にあってしまうが、今作では夢に向かって実直に、世間慣れしていない純朴で好感度高い主人公像を活き活きと演じている。作中、東京で初めてのSUSHIを食べた後、ショーケースを見つめる彼の笑顔が最高にキュートなので、これから本作をご覧になる方はそのシーンで萌え萌えしてほしい。

 一方のジャック・ソルター役には、デヴィッド・ハーバー。リブート版のヘルボーイや『ブラック・ウィドウ』のレッド・ガーディアン、みんな大好き『バイオレント・ナイト』のゴアサンタクロースを演じたハーバーが、いつしかヤンのもう一人の父親のような存在となるジャックを好演。ゲーマーたちに期待すらしていなかった彼が、ヤンを大事に育て上げ、彼の一大事には誰よりも動揺し涙する、親バカ師匠萌えを高純度に煮詰めたようなキャラクターとなっている。

 出来損ないだったはずのひよっ子が誰よりもアツい心とレースへの情熱を秘めた男であることを知り、自分が諦めた夢を弟子に託す。弟子はその想いを受け、これまでの自分の歩みを証明するために自分だけの走りを見せる。ベタだが、王道はストレートに心を撃つし、ニール・ブロムカンプ映画の文脈を追うのなら「車」こそがヤンという人間の身体を拡張し、逆境を突き抜けるカタルシスは観る者のエンジンにも火を点けてくれる。

 そして最初に少しだけ触れたように、本作は実話を基にしたストーリーである。ゲーマーがプロのレーサーになる、という素人目に見ても信じがたく、自分が日産やソニーの重役であれば承認印を決して押す気にはならない危険な賭けに思えるが、実際にその賭けに勝利し、今なお活躍しているレーサーが現実にいる、という強度。『グランツーリスモ』というゲームがいかにリアルを追求した作品であるかを証明したという意味で、販促としても伝記ドラマとしても高い完成度を有していることは間違いないだろう。

 夢を追いかけるために命がけのレースに挑む、師匠と弟子の物語。再度念押ししておくが、本作はゲームの実写化ではなく、「ゲームが現実にもたらした奇跡」の映像化であり、そこには負け犬になりかけた人々のやる気と負けん気、そして二人の男たちの固い絆がある、ということなのだ。そのアツさに心沸き立つ体験は、映画館なればこそ得られるもの。配信やソフトを待つということはせず、騙されたと思って席を予約していただきたい。

 師匠と弟子の関係性にエモを感じられる、全ての人間に。どうか『グランツーリスモ』を観てくれ。以上です。

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