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勇者たちの中学受験~わが子が本気になったとき、私の目が覚めたとき②

前回の続きになります。

先日本書ならびに今回記している「関西中学受験ツアー」に関する記事がYahoo!に載っていました。

前回の投稿では、中学受験における基本的知識と、本書のエピソードⅠで登場するアユタとその父親大希の話を書かせいただきました。アユタのお話はある意味中学受験における代表的なケースかなと思います。しかし、次のハヤトのエピソードは中学受験と縁遠い方には理解不能な世界かもしれません。また、中学受験に関わったことがある人にとっても、受験ピラミッドの頂点にいる子供とその親、さらには彼らを取り巻く受験産業の異様さを改めて知ることになるのではないかと思います。

ハヤト
エピソードⅡ ハヤト
家族:風間悟妃(母)、由弦(父)、タカシ(兄・中2)、ナツミ(妹・小4)
塾:早稲アカ(新小4~)、スピカ(小6夏~)、四谷大塚(小3秋~小3冬)
偏差値:7?(四谷大塚)
受験校
 1月:栄東(東大特待)⇒〇
    灘⇒×
 2月1日:開成⇒×
 2月2日:聖光学院⇒〇(進学)
 2月3日:筑駒(第一志望)⇒×

ブログ「貧乏だけど中学受験~するのか2023」より引用

このエピソードも実話に基づいているとのことなのですが、受験業界の暗部、そして恥部をさらけ出す何とも言えない後味の悪さが残る内容になっています。

上記にもある通り、ハヤトは日本一の進学校である開成を目指す秀才です。それゆえに早稲アカ(早稲田アカデミー)の特待生として入学をしており、授業料はほぼ全額免除されています。一方2歳年下の妹ナツミも早稲アカに通わせているのですが、全額自己負担だと塾代がとんでもないことになることを母親の悟妃(さとき)は思い知ります。しかも、一番下のクラスの子供は、ほとんどほったらかし状態になります。こなせるはずのない量の宿題を渡されて、できなければ自己責任を取らせられる。事実、塾は下のクラスの子供たちの授業料で、上位クラスの子たちの成績が維持されていると言っても過言ではないのです。

三冠

中学受験業界には「三冠」という言葉があります。三冠とは男子最難関である、灘(兵庫県)、開成、筑駒(筑波大付属駒場)のすべてに合格することを意味します。もちろん東京に住むハヤトらは灘に受かっても進学はしません。しかし、塾としては当然合格実績につながり、自分たちの宣伝材料となるのです。

ちなみに灘受験のための関西遠征は移動費も宿泊費もすべて塾(早稲アカ)が持ちます。一部の最上位生徒だけが招待される受験ツアーなのです。

これは受験業界の闇と言えます。塾は自分たちの利潤を追求し、子供たちをPRの道具としてしかとらえていません。親も最難関校合格という”にんじん”をぶら下げられて、自分たちのプライドを満たすためにこのようなツアーに子供を参加させます。本来主人公である子供が置き去りにされているのです。

ちなみにこのレベルの受験生たちは6年生の間文字通り勉強漬けになります。授業は週3日のみですが、毎週土曜日に「週テスト」と言われるテストがあり、過去問を4回分解いてから本物の週テストを受けるというのが土曜のルーティーンです。もちろん塾の授業がある日も帰宅後の勉強は欠かせず、帰宅後1~2時間勉強するのが常です。

ハヤトは幼児の頃に小学生の問題集を解くなど神童っぷりを発揮していましたが、エピソードⅠのアユタと同様に、言われないとやらない子になっていました。それは偏に母悟妃の影響でした。

悟妃もエピソードⅠのアユタの父大希よろしく、受験にどっぷり浸かり、そして自分を見失っていきます。また、母親であるがゆえに、他の受験生の母親との見栄の張り合いや自意識過剰な点も相まって、ハヤトだけではなく夫の由弦(ゆづる)をも追い込んでいきます。

由弦はすがすがしいくらいダメな父親なのですが、一番の理由はすぐにキレるところでした。中学受験生を子に持つ親は子供同様、時に子供以上にフラストレーションを感じるものです。そのような状況において、キレやすい(アンガーマネジメントができない)親の存在は致命的です。しかも悪いことに、コロナ禍において由弦は基本的に在宅勤務となっています。家にいる時間が長い分ハヤトの面倒を見られるので、悟妃の負担が減るかと思いきや、悟妃の負担はこれまでと変わらずに、由弦はハヤトにプラスαの課題を出すようになり、ハヤトの負担はますます増していきます。

そして、感情の起伏が激しい由弦は上述の週テストの結果や模試の結果でハヤトの成績が振るわない時は露骨に不機嫌になり、ハヤトにプレッシャーをかけていきます。ハヤトは感情を表に出さないタイプの子なので、悟妃や由弦の自分勝手な態度に対してあからさまに不満を表しません。だからこそ、誰一人気づかずに破滅の道へと進んでしまいます・・・。

滑り止めの栄東(東大特待)には楽々合格するものの、「三冠」に一番近い男とされ、確実視されていた灘は不合格となります。ここから家族の歯車が著しく狂っていきます。

中学受験生の頂点である三冠をハヤトが達成すれば、自分は中学受験生の親として頂点に立てるとでも思っていたのか。確実視されていた灘の合格がかなわず、「中学受験最強の父親」という称号が手から零れ落ちる・・・、そんな失望から由弦はハヤトから、そして家族から心が離れていきます。

そんな由弦を見て悟妃はドン引きし、キモイとさえ思ってきます。この時点でまだ1月18日。本番はまだ2週間近く先なのに、家族は徐々にバラバラになっていきます。

2月1日~

そして運命の2月1日。開成の受験日です。

ハヤトと一緒に試験会場に着いた悟妃は「ついにこの時が来た」と万感の思いに浸ります。この二週間の悟妃の心理的負担は計り知れないものがあり、思い返してほろっと来たのです。

「受験票をもう一度確認したら?筆箱も入っている?」

と心配する悟妃に対して、ハヤトが返した言葉は、

「うっせー、だまれ!」

でした。突き放したように返事をすると、ハヤトはそのまま一度も振り返ることなく、あっさりと受験生の波に溶け込んで見えなくなりました。

しかし、悟妃は「ああ、最後はあっけないんだなぁ」としか思いません。

大事なものがごっそり抜け落ちてませんか??

言うまでもなく、中学受験は子供と親が二人三脚で乗り切っていかなければいけないものです。そこが高校受験や大学受験と大きな違いです。それなのに、この親子には信頼関係が決定的に欠如している。いくら秀才のハヤトでも、この環境で最大限力を発揮するのは難しいことは容易に想像がつきます。

子どものパフォーマンスを引き出すどころか、良かれと思って自分の子供を精神的に追い込み、可能性をつぶしていく。そうであるならばいったい何のための受験なのでしょうか。

これまで塾で快進撃を続けてきたハヤトでしたが、灘の入試から完全にトップフォームを失い、スランプに陥ってしまいます。2月1日の開成と2月2日の聖光学院の両方の受験で本領を発揮できなかったハヤトは、2月3日に第一志望の筑駒を受験します。筑駒の受験をハヤトが受けている間に開成と聖光学院の結果がオンラインで発表されます。聖光学院には合格、そして開成は不合格となります。ここでまた悟妃のエゴが全面に出てきます。

受験結果は逐一塾に報告することになっていますが、ハヤトのように特待生で開成や筑駒の合格が当然視されていた場合、不合格の知らせをしなければいけないのは確かに辛いものがあります。

悟妃「先生、すみません。開成ダメでした」
早稲アカの先生「えっ・・・・・・・・・・(絶句)」

塾の先生とは言え、教育者の端くれという自覚があるのならば、なぜねぎらいの言葉の一つもかけられないのでしょうか。結局悟妃も由弦も塾の先生たちも自分たちのことしか考えていないということが如実に表れています。

塾に対しての申し訳なさがこみあげてくる。ハヤトが不合格になった悲しみよりも、塾に対する罪悪感が強くなる。

悟妃の胸中ですが、もうこちらが悲しくなってきます。こういう親はこれまでにたくさん見てきましたが、典型的な「自分の人生と子供の人生を混同し、自分の想いだけで子供をコントロールしようとする親」です。

結局三冠に最も近い男と言われていたハヤトは、灘、開成、筑駒のすべて不合格でした。ハヤトが本番で力を発揮できなかった理由は明確です。土壇場で家庭という足場がぐらついたからです。

神奈川御三家の一角で、東大合格者で全国五本の指に入る聖光学院に合格するなんて、世間一般の中学受験で考えれば明らかに勝ち組です。ただお分かりの通り、彼らの中学受験は明らかに失敗であり、それは結果だけでなく過程においても家族の絆をずたずたに切り裂きました。

そして、受験を通して人として成長したはずの悟妃は最後にこんな風に思います。

ハヤトは勉強はものすごくできる。でも人間としてバランスに欠ける。一方、ナツミは勉強が得意ではない。でも、ナツミには、どこに行っても生きていける明るさとたくましさがある。人間的な総合力としてはナツミが勝っている。むしろ、ハヤトを見ていると、人間として何らかの機能が欠けている方が、中学受験勉強で良い成績を取るという意味では有利なのではないかと思えてくる。中学受験に限らず、日本の受験システムはそういう仕組みになっているのではないか。だとしたら、私たちは何のために学力を追い求めるの?

これは的を得た考えだと思う一方で、自分の子供たちに優劣をつけ、息子をこき下ろす母親に嫌悪感を抱いてしまいます。

もちろん、これは現実を元にしているとはいえ、フィクションなので悟妃が本当にそう思っていたのかどうかは定かではありません。ただ、悟妃のモデルになった母親は、著者のおおたさんのインタビューを何度も受け、この本が仕上がっています。もちろん本人にも内容を確認してから出版に至っていることを考えると、限りなく実話に近いと考えています。受験した学校名や通っていた塾名もすべて事実に基づいたものであることから、おおたさんはかなりの覚悟でこの本を書いたに違いありません。だからこそ、この上なくリアルな中学受験を描写できたのだと思います。

この家庭は最後どうなったかというと、悟妃は由弦に離婚を申し出ました。実際に離婚したか否かは書かれていませんが、この家族のエピソードは、中学受験は時に親の未熟さを残酷なまでにあぶりだすことがあることを教えてくれます。

一方ハヤトはどうなったか。彼は中学に入って抜け殻になりました。誰とも話さない、笑わない。実力で言えば聖光学院の中でもトップクラスのはずでしたが、無気力だから1学期の中間テストは学年でほぼビリ。友達関係もうまくいっておらず、勉強ができないことも揶揄されることも多い。学校が嫌いだ、と言います。

そしてハヤトは最後に告白します。1月31日の授業の後に、塾の先生に徹底的に罵倒されたことを。その先生は悟妃が信奉しており、早稲アカに席を残した最大の理由でした。しかし、ハヤトはずっとその先生に嫌悪感を持っていながら、それを打ち明けられずにここまで来てしまっていたのでした。

灘に受からなかったことで、何度も何度も人格否定をされ、絶望の淵に立たされたハヤトが力を発揮できなかったのは当然だと思います。むしろそんな状態で最後まで受験をやり切った彼を抱きしめてあげたいとさえ思います。

繰り返しになりますが、周りの大人たちのなんて身勝手なことか・・・。

ハヤトの受験は「良い受験」「悪い受験」のどちらかと問われれば、間違いなく悪い受験だと思います。

「良い受験」とは、子供も親も受験を通して成長し、受験の結果に関わらず、「受験をしてよかった」と思えることだと思います。ハヤトは実際に存在する現役の聖光学院に通う中学1年生です。彼がこの後自己肯定感を得られるような人生を送れることを切に願っています。

最後までお読みいただきありがとうございました。次は「良い受験」の例ともいえるコズエのエピソードについて書きたいと思います。


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