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PR視点のブックレビュー:音部大輔著『マーケティングの技法』

PR専門家としての僕の「原点」と言える仕事のひとつが、2000年代前半に手がけた「洗濯における除菌啓発」です。「洗濯物に菌が残っている」というセンセーショナルな内容は、SNSも存在しない時代に、テレビや新聞で集中的に報道されました。当時圧倒的な影響力を誇ったみのもんた氏が、「奥さんご存知でしたか?」と洗濯除菌の必要性を視聴者に問いかけたとき、日本全国の主婦の認識=パーセプションは変容するに至ったのです。そして言うまでもなく、この仕事のクライアントはその後15年に渡ってパートナーとなるP&Gであり、「除菌」のベネフィット訴求に大きく舵を切った洗濯洗剤「アリエール」のマーケティング戦略の一環だったのです。

「のちに『戦略PR』と呼ばれることになる広報活動や、いずれアンバサダーやインフルエンサーと呼ばれるコミュニティ活性化の方法など、コミュニケーションを含むさまざまなブランド体験を、効果的に動員できました」(本書28ページより)

本書の冒頭では、若き音部さんが(「失敗したら、クビになっちゃうかもね」と社内で脅されながら)主導したアリエールの除菌訴求によるブランド復活が、本書の中心であるパーセプションフロー・モデル誕生のプリクエルとして語られます。そして僕の立場から見ればこれは、同時に「戦略PR」の前日譚でもあるわけです。その後音部さんとは、さまざまなお仕事をご一緒する機会に恵まれました(この詳細は、僕の著作やこの対談記事に詳しいのでご興味があれば是非)。

さて、本書の価値を一言でいえば、「マーケティングのOS」が惜しげも無く解説され共有されているという事に尽きるでしょう。パーセプションフロー・モデルとは、まさに「OS的な」フレームワークです。ユーチューブ動画だったりPRイベントだったり広告クリエイティブだったり、そうした個々の施策は成果を出すためにとても重要なものですが(本書ではこれらを総じて「知覚刺激」と呼びます)、それらは同時にOSの上で動く「アプリケーション」でもある。OSがなければアプリも動かないように、マーケティングも戦略なき知覚刺激に意味はありません。

PRや広報に携わる皆さんからよく聞く話(あるいは愚痴)として、「PRや広報活動の価値をわかってもらえない」というものがあります。経営者やマーケッターの理解不足もあるにはあるかもしれません。しかしいっぽうで、では果たして自分は体系的な枠組みをベースにPRの重要性を説明できているのか?「とにかく広報やPRには価値がある!」と一方的に主張しているだけではないか?という自問をしてみる価値もあるでしょう。そしてぜひ、本書を読んでください。戦略PRや広報活動は、全体構造の中でいかなる「知覚刺激」として貢献しうるのか。その整理がグッと進むはずです。

マーケティングのOSである本書は、同時に本来のPRの役割・価値をあらためて世の中に示してくれる存在です。僕たちPRパーソンにとって、いかにもありがたいことではありませんか。オススメです。


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