汚染された排水溝に関連するカルバペネマーゼ産生菌の長期ICUアウトブレイク

はじめに
病院の排水溝やシンクなど水回り環境に生息する緑膿菌や腸内細菌科細菌は、時として院内のアウトブレイクの原因となる場合があります。それら細菌が抗菌薬に感受性であれば、感染者の予後に大きな影響は与えませんが、耐性菌の場合は深刻な状況となることも想定できます。
今回ご紹介する論文は、ベルギーの総合病院で発生したカルバペネム耐性菌による水回り環境からのICUでのアウトブレイクを報告したものです。
 
経緯と方法
2018年から2022年にかけて、ベルギーのある総合病院の成人集中治療室(ICU)に入院している患者間でカルバペネマーゼ産生菌(CPO)、主にVIM産生緑膿菌(PA-VIM)とNDM産生腸内細菌科細菌(CPE-NDM)の獲得が深刻な問題となっていました。このアウトブレイクを調査するために、感染者・保菌者の積極的な検出、環境サンプリング、患者および環境由来菌株の全ゲノムシーケンシング(WGS)解析、実施された感染対策について説明します。
 
結果
2018年から2022年にかけて、37人の患者がICU滞在中にPA-VIMおよび/またはCPE-NDMを保菌または感染しました。WGSはクローン株の散布とプラスミド接合および/またはトランスポゾンジャンプを介した水平遺伝子移転とともに、シンク排水管から収集された臨床株と環境株間の疫学的関連性を確認しました。
環境消毒用四級アンモニウム系消毒薬と汚染された物品の交換では、環境源を根絶することはできませんでした。興味深いことに、四級アンモニウム化合物への耐性を持つエフラクスポンプ遺伝子は、検出された耐性菌に広く存在していました。シンクの撤去が不可能であったため、バイオフィルムを分解する発泡製品と過酢酸と過酸化水素をベースにした発泡消毒剤の組み合わせによって、CPOによる近位シンク排水管の再保菌をこれまで防ぐことができました(図1)。


図1 カルバペネム耐性グラム陰性菌によるシンク排水管の定着率。日常的な毎日の洗浄(A)と、4つのシンクで enziSurf TM (OneLife) と Phago'Spore® (Christeyns) を組み合わせた新しい清掃方法(B)と比較しました。カルバペネマーゼ耐性菌の数はCFU/mLで示しています。新しい清掃方法(ペルオキシ酢酸と過酸化水素をベースにした発泡消毒剤の使用)では耐性菌の検出が減少しています。

考察
抗菌薬や消毒薬に耐性があり、可動性遺伝子要素を伝達する能力を持つ細菌が病院環境に存続することは、ICU患者にとって深刻な脅威であり、アウトブレイクに移行するリスクがあります。シンクの設計と配置の最適化だけでなく、持続的な環境汚染源に対処し、CPOの伝播を防ぐための革新的な戦略が必要です。
 
感想
病院の水回り環境からのアウトブレイクは、欧米からの報告がここ数年相次いでいますが、日本からの報告は少ない傾向です。しかし、愛知医科大学や東京医科大学、順天堂大学医学部などの、しかるべき研究ができる医療施設からは、水回り環境からのアウトブレイクや耐性菌検出報告が散見されており、日本でも、適切な調査をすれば、このようなアウトブレイクは発生している蓋然性が高いと推察します。
シンクは清掃できても、シンクに接続している排水管の洗浄・消毒は困難を極めます。水回りを好むグラム陰性桿菌は総じてバイオフィルムを形成し、長期間に渡って生息することが指摘されています。このような状況から、シンクの排水管は定期的に消毒や除菌されるべきです。今回の論文では発泡性のある消毒剤が耐性菌除去に有効でした。一方で排水管自体を熱によって消毒する製品も発売されています。どちらの有効性が高いかは検討されていませんが、安価で手軽に消毒・除菌できる製品があれば、ICUなど高リスクエリアで需要が見込める可能性があります。

Long-term ICU outbreak of carbapenamase-producing organisms associated with contaminated sink drains.
Journal of Hospital Infection DOI:https://doi.org/10.1016/j.jhin.2023.10.010


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