内視鏡的逆行性胆道膵管造影に使用した十二指腸内視鏡の細菌汚染の代替指標としてのアデノシン三リン酸測定法に関するシステマティックレビュー

はじめに
米国では、内視鏡的逆行性胆道膵管造影(ERCP)に使用する十二指腸内視鏡(十二指腸鏡)の洗浄・消毒不足による多剤耐性グラム陰性桿菌のアウトブレイクが問題となっています。私(大石)は2017年に、米国の軟性内視鏡に関する洗浄・消毒のオピニオン・リーダーの方々とディスカッションする機会がありました。話題の中心は十二指腸鏡で、日本ではなぜ十二指腸鏡を介してのアウトブレイクがないのか?などという質問を受けるに至り、彼らの国(米国)での十二指腸鏡の再生処理についての関心の高さが伺えました。
今回ご紹介する論文は、十二指腸鏡限定のアデノシン三リン酸(ATP)測定法を用いた清浄度評価についてのシステマティックレビューです。本来であれば、最も使用数が多い消化器内視鏡を対象にすべきですが、米国では上記のような事情があり、十二指腸鏡に限った研究となったと推察されます。
内視鏡の清浄度評価のゴールドスタンダードは細菌培養といわれています。その細菌培養を基準とした場合に、ATP測定法は清浄度評価の代替法として有効かどうかを、十二指腸鏡に限定して、議論しています。

方法
主要評価項目は、十二指腸鏡のチャネルおよび/または鉗子起上装置(図1)から同時にサンプルを採取し測定したATP測定値と細菌培養結果との相関または一致度としています。副次評価項目は、十二指腸鏡の再生処理前後のATP測定値の減少などとしています。

図 1 十二指腸鏡の鉗子起上装置 蝶番式の昇降レバー(赤い矢印)により、十二指腸鏡の平面に垂直に器具設置が可能。

結果
10件の研究を本研究の対象としました(表1)。このうち4件の研究が、同時に採取した検体のATP測定値と細菌培養結果の関連性について報告していました。うち3件の研究では、ROC曲線(感度・特異度の指標)を報告し、1件の研究はATP測定値と細菌培養結果のスピアマン相関係数および測定値の二値比較を検討していました(表2)。これらの結果より、細菌培養結果とATP測定値との関連は弱いことが示唆されています。
用手洗浄前後および高水準消毒後の十二指腸鏡のATPを測定した研究では、用手洗浄後および高水準消毒後にATP測定値が減少したことも合わせて報告していました(表3)。



考察
本研究で対象とした研究のうち4つで同時にATPと細菌培養を測定し、すべてでATP測定値と細培養結果に弱い相関を見出しています。その原因としては、ATPを検出するには、検体に103 個のグラム陽性菌または102 個のグラム陰性菌が含まれている必要があるため、それ以下の場合は適正な相関を示さないと推察されます。ATP測定機器のメーカーによる差異や、サンプリング方法の不均一性もATP測定値と細菌培養結果の関連性に影響を与えている可能性があります。
また、十二指腸鏡の鉗子起上装置にはバイオフィルムが付着しやすいため、鉗子チャンネルよりも鉗子起上装置の方がより高いATP測定値を示す傾向にありました。しかし、綿棒試薬で測定した場合は、綿棒が鉗子起上装置表面に十分に接触しない可能性があり、ATP測定値が過小評価される可能性があることにも注意が必要です。
用手洗浄前後と高水準消毒後のATPを比較した4つの研究では、用手洗浄前後と高水準消毒後のATP測定値は減少しました。さらに、2つの研究では、自動洗浄・消毒器への投入前に用手洗浄を繰り返すことで、再洗浄の目安となるATP基準値をクリアすることが実証されています。したがって、ATP測定は、内視鏡洗浄・消毒処理担当スタッフの手作業による清浄や訓練の清浄度(きれいに洗浄されているかの)指標としての役割を果たす可能性があります。
今回の研究結果から、十二指腸鏡の消毒効果の評価としてのATP測定は、細菌培養との相関がよくないため、細菌培養の代替として用いることは推奨できません。しかしながら、用手洗浄の適切な洗浄評価や、内視鏡洗浄・消毒処理担当スタッフの洗浄研修には有用なツールであるといえます。

感想
結論として2つのことが導き出されています。ひとつは、十二指腸鏡の消毒効果を評価する場合は、ATP測定ではなく細菌培養がよい、もうひとつは、ATP測定は十二指腸鏡において、用手洗浄の評価やスタッフ教育用としては有効である、ということになります。つまり、ATP測定は消毒評価ではなく洗浄評価に用いるべきとの結論です。
この結論は極めて妥当といえます。その理由としては、ATP測定の特徴である高感度・低特異度から、たとえATPが陽性となった場合でも、本当は陰性の可能性が高くなるということが挙げられます。この特徴のため、培養で陰性でもATPでは陽性となることがあり、培養結果との相関性が低くなることが推測されます。また、ゴールドスタンダードである培養ですが、培養によって全ての微生物が発育しないということも問題です。通常の培地では発育しない細菌の存在をATP測定で感知している可能性もあるのです。
また、消毒評価をATP測定で実施する行為は、安心安全な内視鏡の提供という意味でも疑問が生じます。通常のルーチン作業で消毒後にATPを測定したのでは、せっかく消毒された内視鏡に消毒や滅菌されているわけでない綿棒や、溶液(通常、無菌とされていますが、綿棒の繊維や溶液の化学物質は含まれています)によって消毒後の内視鏡が汚染される可能性もあります。このような観点からもATP測定は消毒後ではなく、洗浄後に実施するのが妥当といえます。
特に、用手洗浄の質(仕上がり具合)には個人差があるため、ATPを測定することで、個人差の低減に寄与することでしょう。ひいては、施設内における清浄度の向上につながる有用なツールになる可能性もあります。標準的なATP測定方法が確立すれば、施設間差などの比較にも有効性が見いだせることも想定されます。
論文の本文中でも触れられていましたが、ATP測定の普及には再洗浄の目安となる普遍的な基準値の設定や、ATP測定に関するガイドラインが必要でしょう。これらが整備されれば、内視鏡洗浄評価ツールとしてのATP測定の適正な活用が望めることになります。

A systematic review of adenosine triphosphate as a surrogate for bacterial contamination of duodenoscopes used for endoscopic retrograde cholangiopancreatography

Am J Infect Control. 2018 Jun;46(6):697-705.doi: 10.1016/j.ajic.2017.12.007.Epub 2018 Feb 1.


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