β-ラクタマーゼ産生腸内細菌科細菌の予防における接触予防策の有用性を否定するエビデンスの増加

はじめに
Extended-spectrum β-lactamases-producing Enterobacteriaceae(ESBL-E)は、抗菌薬耐性菌として最も注意を払う必要がある重要な病原体です。本研究は、ESBL-Eが汚染した環境や感染した患者に対する接触予防策の予防効果に関する現在のエビデンスを明らかにすることを目的としました。
 
方法
2010年初頭から2022年10月18日までに関連キーワードでMEDLINEを検索し、論文を抽出しました。
 
結果
抽出された355件の論文のうち、観察研究8件、ランダム化比較試験1件の計9件を適切な論文として選びました。接触予防策を中止した場合の安全性は、主に急性期病院と長期療養型病院を対象として評価されていました。すべての著者が、ESBL-Eに汚染された患者や感染した患者では、接触予防策を安全に中止することができると結論付けています。

考察
ESBL-Eに感染している患者に対する接触予防策の中止による臨床的影響は少なく、急性期、非重症期の成人病棟では安全に中止できます。小児科病棟や高齢者病棟、集中治療室での関連データは不十分であり、今後の研究において調査する必要があります。接触予防策を適切に中止することで、個人保護具などの医療資源、追加の費用と時間を節約し、患者ケアの改善と孤立した患者の心理的苦痛の軽減につながる可能性があります。

感想
ESBL-Eは院内感染の主要な原因菌の一つであり、接触予防策が広く推奨されていますが、この研究では、接触予防策の有効性に疑問を投げかける結果となっています。13の研究のうち、10の研究で接触予防策の有意な効果が認められなかったことは注目に値します。一方で、3つの研究では効果が認められましたが、方法論的な重大な限界があったとされています。
ESBL-Eはメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)やバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)など、環境表面で数週間も生存するグラム陽性菌と比較して乾燥に弱いため、標準予防策を遵守すれば接触予防策の必要性が低くなると推察されます。また、ESBL-Eは手指を介して伝播することが判明しており、手指衛生の遵守状況でも接触予防策の中止の影響が異なると予想されます。
最近の世界的な流れとして接触予防策は軽減される方向です。特に細菌による感染症に対する接触予防策は否定される傾向で、MRSAやVREですら接触予防策は不要としている論文もあります。MRSAやVREは乾燥には強いものの、手指を介して感染するリスクが高い微生物であり、手指衛生を遵守できる体制が確立されれば、接触予防策は不要となるもの道理です。
しかし、この分野の研究は限定的で、研究方法も定まっておらず、さらに質の高い研究が求められます。接触予防策の是非を最終的に判断するには、追加の知見が必要不可欠でしょう。
日本では新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染拡大によってやっと標準予防策が浸透したところです。手指衛生に関しては、SARS-CoV-2患者以外のケアでは遵守率がまだまだ低い状況です。接触予防策中止は、標準予防策と手指衛生の文化が根付かせてからの取り組みとなるでしょう。

文献
Increased evidence for no benefit of contact precautions in preventing extended-spectrum β-lactamases-producing Enterobacteriaceae: Systematic scoping review.
(Am J Infect Control. 2023 Feb 1;S0196-6553(23)00054-8. doi: 10.1016/j.ajic.2023.01.018)


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