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デザインでもなく、エンジニアリングでもない ── まだ見ぬ価値を社会に実装するためのデザインエンジニアリング

Takramの核であるデザインエンジニアリングを語るうえで、欠かすことができないのが「プロトタイピング」。なぜ、Takramがプロトタイピングを重視するのか。それは、単なる“試作”ではなく、意思決定の重要なプロセスであるからです。アイデア(Think)をただの妄想で終わらせず、形(Make)にして社会に実装するための試行錯誤を繰り返すデザインエンジニア櫻井稔と、プロトタイピングエンジニア成田達哉に、プロトタイピングがもたらすデザインでもなく、エンジニアリングでもない“デザインエンジニアリング”の価値について、話を訊きました。

Text by Asuka Kawanabe
Photography by Kiara Iizuka
Editing by Takram C&R 

── Takramのプロジェクトでよく耳にするのが、「デザインエンジニアリング」という言葉です。

櫻井 稔(以下、櫻井) 実は創業当時、Takramは「タクラム・デザイン・エンジニアリング」と名乗っていました。デザインかエンジニアリングのどちらか片方に寄りたくないという想いから、両方の領域を冠した名前にしたと聞いています。この言葉が普及し始めたタイミングで、いまの名称に変更しましたが、デザインエンジニアリングはTakramの原点でもあるんです。

Takramは世の中にまだ見ぬ価値を見つけ出し、実装する組織になりたいという想いをもっています。価値を“発見する”だけではなく、人々がその価値を“発見し、実装する”状況を生み出したいという意味での「実装」です。そこでぼくらがある種の“必殺技”として使っていたのが、デザインエンジニアリングでした。

デザインエンジニアの櫻井 稔

── Takramのデザインエンジニアリングが活きたプロジェクトがいくつもありますが、ハードの面で印象的なものは、最近であれば日本精工株式会社(NSK)のグローバルキャンペーン『__ with MOTION & CONTROL』だと思います。CGを一切使わずに、複雑かつ精密な機構をつくりこむことで、NSKの技術力を映像で表現しています。
NSKの魅力を伝えるための戦略づくりから、実際の機構・制御システム設計、最終的な動画やグラフィックといったクリエイティブの制作まで担当しています。このプロジェクトは、どのように始まったのでしょうか?

櫻井 もともとは、エンジニアリングプロジェクトにしようという話ではありませんでした。NSKからのリクエストは、プロモーション映像をつくることでした。ただ、そこで必要なのはコミュニケーションの設計なのではないかと考え、コミュニケーションの構造やタッチポイントのデザインも担当しました。そのなかで出てきたアイデアのひとつが、NSKの製品や技術を使って機構をつくり、その魅力を体現するというものでした。

成田達哉(以下、成田) こうしたプロジェクトでは、クライアントが感じているコミュニケーション上の課題、つまりNSKがもっていないものだけに目を向けるのではなく、すでにもっているアセットにも目を向けることが重要だと思っています。だからこそ、技術をもっている会社と、技術を武器にプロトタイピングができるデザインエンジニアが一緒にプロジェクトを進めることが相乗効果になります。

── NSKとの対話はどのように進めましたか?

成田 まずはNSKがもっている既存技術の棚卸しから始めました。コンセプトを起点につくりたいものを考える発想と、過去のプロジェクトを起点とした発想の両軸でアイデアを出していきました。

櫻井 クライアントとの議論を経てアイデアに肉づけされていく、いわば「集合知」でできあがっているプロジェクトなんです。ただ、骨がないと肉はつきません。議論をすれば自ずといいものが生まれる、というわけではなく、骨格が必要なんです。

── 骨格?

櫻井 よく「トップダウン」と「ボトムアップ」という言い方をしますが、ぼくらの仕事は、つくりたいものの完成イメージと、それを実現するための具体的な技術が出合って初めて形になります。つくりたいもののイメージだけがあっても実装できず、具体的な技術だけがあっても何がつくりたいかが不在のままプロジェクトが進んでしまいます。なので、そのふたつがどこでどうつながるのかを頭の中で想像していくことが肝になります。骨格というのは、その両者をつなげる1本の“橋”のようなものです。

── つくりたいものと具体的な技術の接続点を見極めるということですね。

櫻井 はい。両者をつなげる作業では、その人の経験や技術への理解がものを言います。なので、仮説にその人の個性やアイデンティティが宿ります。そして、その仮説の確からしさを検証する作業であるプロトタイピングにもまた、個性やアイデンティティが宿るんです。

加えて、プロトタイピングは意思決定のためのプロセスでもあります。試しにつくってみるというよりも、何がよくて何が悪いかといった細かなジャッジをチームで繰り返していくんですね。前日に議論していたことを翌日に動画にしてみて判断する。実際に目で見て確かめながら判断していくことが、実はとても重要になります。

プロトタイピングエンジニアの成田達哉

── チームのバランスもカギになりそうですね。

成田 とても大事ですね。アイデアの部分をもっている人と、クリエイティビティを前提としながらもその実現可能性について考えられる人の両方のメンバーがいるのが理想です。

また、実現可能性については、すべてを物理的に検証していると時間が足りません。そういうときに、ソフトウェアで物理世界を迅速にシミュレーションできる人がいたり、さらにそれが物理空間に応用可能なのかを検証できる人がいることも重要になります。Takramは専門領域の多様性を重視していますが、それは異なる専門性をかけあわせて骨に肉づけできるという強みに直結しています。

── 最終的なゴールがコミュニケーションであることを踏まえると、実現可能性だけでなく、観た人にメッセージが伝わるかも大切ですよね。

成田 そうですね。魅力だけを追い求めて玄人にしかわからないものをつくっても、身内での盛り上がりにとどまってしまいます。それでは、クライアントが本当にめざしていた多くの人とのコミュニケーションが達成されません。Takramのクライアントワークで最も重要なのは、本当の目的を達成することです。そのうえで、いかに魅力的なものをつくるかを考えるんです。

櫻井 『__ with MOTION & CONTROL』は2020年から続くプロジェクトですが、毎年プロジェクトの初期に3カ条のようなものをつくるんです。今年したいことを言語化して、「誰にでもわかるもの~」のように打ち合わせの前にみんなで唱えるんですね。

この3カ条というのは、マニアックな言い方をすれば「情報圧縮」なんです。高い技術力を見せながらもコミュニケーションにつながり、魅力的かつ物理的に可能でなくてはならないなど、多方面に目を向けなくてはいけないなかで、ずっとすべてのことに意識を向けるのは不可能です。それをぎゅっと3行程度に圧縮し、嫌というほど唱え続けながら、指さし確認をしていくことで思考の限界に挑むんです。

── クライアントがもっているアセットのポテンシャルを引き出し、ビジョンやコンセプトと一緒に落とし込むというプロジェクトだと思うのですが、同じ手法はほかのプロジェクトでも使えるのでしょうか?

櫻井 このプロジェクトにおけるぼくらの役割は、クライアントがしたいことの価値を世の中に向けて翻訳することです。翻訳は翻訳前や後の言語だけでなく、その言語を使う人たちの文化を知らなければできません。

ぼくらもクライアントのアセットを知り、オーディエンスが何に心動かされるのかを知り、そのうえでプロジェクトを具現化して打ち出す必要があります。プロジェクトによってはクライアントが打ち出し先を迷っていたり、アセットを認識できていない場合もあります。そういうときに、いろいろな案を出して世の中とクライアントのパイプがいちばん太いところを探すのがTakramの仕事なんです。

さまざまなプロジェクトを走らせていますし、それぞれ違うようにも見えますが、使っている手法やインプット、アウトプットが異なるだけで、根っこにあるものはどれも同じなんですよね。

Photograph by Takram

── 『__ with MOTION & CONTROL』はアセットがかなり専門的だと思うのですが、そこでのアプローチはほかのプロジェクトにも応用のでしょうか?

櫻井 そもそもTakramのプロジェクトの大半は、自分たちがよく知らない、クライアントの専門領域で行なわれます。なので、勉強します。リサーチもするし、現場にも行く。また、これまで同じようにしながら勉強し、多くの分野を学んでいくうちに身についたアドバンテージもあります。

ものづくりにおいては、分野が異なっていても勘所が似ていることが意外に多いんです。なので「自分がよく知る分野の大切な“あれ”と、この分野の“これ”は近いな」というようにあたりがつけられるんです。

加えて、クライアントから求められるのは、必ずしも技術への深い理解ではありません。異なる領域の勘所を押さえている者として、専門家が解けない問題に新結合をもたらすことです。それがTakramに依頼をしていただける理由だと思っています。

例えば、Takramにお願いするとクルマの話をしたのに、なぜか化粧品の話になると(笑)。でも、そこに親和性が見出せると、社会にとって大きな価値につながる可能性があるわけです。だからこそ、TakramがLearning Organization(学ぶ組織)であり、個人が領域横断的であることが大切なんですよね。

成田 Takramにはほかの領域に興味をもてる人が入ってくるという点も大きいです。興味をもつから調べるし、学ぶ。アプローチや最終的なアウトプットはTakramのメンバーでも千差万別ですが、興味をもってチャレンジするというところは共通していると思います。

── 勘所があると、安全な落としどころも見えてしまったりしないのでしょうか?

成田 心の中にはあります。でも、それが確実にできるという意味での落としどころなのであれば、さらにチャレンジする価値がありますよね。実現度が80%や90%の案をもっているけれど、それは最終手段として心に留めておいて、実現度が50%だけれどもアイデアとして魅力的な案を100%に近づけていくんです。そのために必要なのがデザインエンジニアリングにおけるプロトタイピングです。それは物理的なプロトタイピングかもしれないし、デジタル上のシミュレーションかもしれません。そうしてギリギリを攻めていくんです。もちろん、何がギリギリかの精度も、プロジェクトにかかわる時間が長くなるにつれ上がっていきます。

── 何がギリギリかの勘所も身についていくわけですね。

櫻井 もうひとつ、ギリギリを攻めるにあたってはオーバーラップも重要です。それは個人やグループの中で、専門が複数の領域にまたがっていくという意味ですね。

『__ with MOTION & CONTROL』にも参加しているデザインエンジニアの大澤(悟)は、ソフトウェアが専門でありながらハードウェアもわかります。一方で、成田はハードウェアが専門ですが、同時にソフトウェアも見ています。そのオーバーラップによって、専門領域が広がってギリギリを攻めやすくなるんです。

もちろん、互いに専門外の分野については理解が浅い部分もありますが、お互いに何の話をしているのかを理解できていることが大事なんです。互いに何をしているかわかるから、カバーし合える。そのオーバーラップが、ギリギリを攻めるにあたって効いてくるんです。だからこそ、“Takramにしかできない仕事”になるのだと思います。

櫻井 稔|Minoru Sakurai
デザインエンジニア, ディレクター
ビッグデータの可視化から、UI/UXデザイン、サービスデザインまで幅広く取り組んでいる。2014年Takramに参加。07年未踏ソフトウェア創造事業スーパークリエータ認定。14年東京藝術大学美術研究科デザイン専攻博士後期課程修了。代表作に日本政府のビッグデータビジュアライゼーションシステムの「RESAS -地域経済分析システム-」のプロトタイピング、データサイエンス支援ツール「DataDiver」のUI設計・デザイン、隈研吾展ー新しい公共性をつくるためのネコの5原則「東京計画2020」、日本精工株式会社(NSK)のグローバルキャンペーン「__with Motion & Control」などがある。グッドデザイン金賞など受賞多数。著書に『データとデザイン』〈BNN〉がある。

成田達哉|Tatsuya Narita
プロトタイピングエンジニア, デザイナー, ディレクター
多摩美術大学情報デザイン学科卒業。2014年よりTakramに参加。エレクトロニクスやデジタルファブリケーション技術を用いてハードウェアの開発、プロトタイピングを行なう。主な展示に、10年「サイバーアーツジャパン-アルスエレクトロニカの30年展」(東京都現代美術館)、15年「動きのカガク展」、20年「トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう展」(ともに21_21 DESIGN SIGHT)など。主な受賞歴にアルスエレクトロニカ賞2009 – [the next idea] honorary mentionsなど。


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