残念な買い物
けっきょく買わなかったオハナシ。
数年ごとに食洗機熱が押し寄せる。
ウチの台所は”美の壺”と同じデザインのタカラスタンダード・ホーローシステムキッチンだ。
システムキッチンと言っても40年ほど昔の仕様で、食洗機もビルトインしていないし昇降式の収納庫でもない。
にも拘らずホーロー製のため、見た目が余り劣化していないから、具体的に台所をしない夫などからは「まだまだ使える」ように見えるらしい。
実際には、内側がホーローびきの鉄板一枚だから結露はひどいわそれでカビは生えるわ、シンク下はスライド式の引き出しじゃなく奥行きのある棚だから物は出し入れしずらいわで、とっくに耐用年数を越えているのである。
私の真の願いはキッチン丸ごとリフォームである。
置き型の食洗機で家事の軽減を図るなどという付焼刃的な対応を望んでいない。
そうはいっても食洗機は欲しい。
夫もそれには異論はない、キッチン丸ごとリフォームはもとより選択肢にないのだし。
具体的に考えてみる。
もともと設置場所が考慮された設計ではないから調理台スペースを削らざるを得ない。
古びた台所に不似合いなピカピカの食洗機がかなり邪魔くさく鎮座した図を頭に思い浮かべる。
げんなりして「いらねえ・・・」という結論に落ち着く。
この堂々巡りを幾度か繰り返してきたのである。
しかし!
今度という今度は本気だった。
昨日夫と二人でÝ電器に行きカタログをもらって帰った。
夫は今朝からホームセンターに出かけ分岐水栓の有無を調べたり、カタログに記載された製品の仕様から設置場所のサイズを測るなど準備を進めていた。
そして午前中、
私たちはまず分岐水栓を買い、その足で最寄りのH家電店に向かった。
価格を比較するため昨日カタログをもらったY電器を再訪。
年配の販売員が声をかけてきて担当の者を呼ぶという。
すると、昨日カタログを下さった販売員が現れた。
私はてっきり私たちのことを覚えているだろうと思った。
これはここで買うしかないかなあ…と思いながら、同じ品番の製品の価格が異なるのはなぜなのか問うた。
同じ品番だがバイカラーの配色がブルーとベージュで異なっている。
曰く価格の低い方のカラーはすでに生産終了した故。
「家電にはメーカーが販売価格を指定してくるものがあり、どこでも同じ値段になります」
ここでスマートフォンを開くわけにはいかないが、先ほどH家電店で写した同品と同じ値段に間違いない。
それならば、もうここで買って帰ろうか…
食指は掴みかからんばかりなのである。
彼は続ける。
「置き型の食洗機は二十年くらい前がピークで、それ以降は買い替えで買われる方があるくらいですからね、どこも撤退してマツシタのラインナップだけですね…あとは小型のタンク式が少しあるだけで。
今はシステムキッチンにビルトイン式の食洗機が標準ですから、あまり動かないんですよねー」
私の食洗機熱は一気に冷めた。
二十年前の遺物を大枚叩いて買おうとしているのか…
脳裏に、古びた台所に無理やり押し込まれた眼前の食洗機が浮かんだ。
さっきまで追いやられていた、私の台所に食洗機を設置するリスクがこれでもかこれでもかと現れ出した。
私はブルブルと頭を横に振った。
「い、要らねえ…」
「は?」
夫が間の抜けた掠れ声で言った。
顎が下がって顔が5センチくらい長くなってる。
分岐水栓まで準備して、昨日からの大騒ぎは一体何だったのか。
「買えばいいじゃないか」
「もう要らない。
だって近いうちにリフォームするかも知れないでしょう?
そうしたら無駄になるし」
そうよ、世間に置き型の食洗機を買う選択肢なんてないのだ。
やるならキッチンリフォームなのだ。
「そんなの(リフォーム)はまだ先のことだろう」
「先って?私たち幾つだと思ってるの?
「またそんなことを言い出す。
やめやめやめ、もうやめだ。
帰るぞ」
それから私たちは一言の話もしなかった。
無言のままでホームセンターに寄って、私は分岐水栓を返品した。
帰宅すると、何も知らない次男が
「それで、食洗機は買ったの?」
と聞いた。
夫は何も言わなかった。
もしあの販売員が
食洗機やっぱりあると楽ですよね。
置き場所がなくて考えられる方が多いんですけど、買われた方はみなさん買ってよかったと言われますよ。
水道代も節約になりますしね、時間に余裕ができます。
今は水栓も工事無しで変えられますしね。
と、インターネットの概要欄そのままのセールストークをしていたら、間違いなく私の台所にピカピカの食洗機を迎えたことだろう。
そうして幸せな気持ちになっていたに違いあるまい。
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