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読むナビDJ 8:アントニオ・カルロス・ジョビン応用編 - 過去記事アーカイブ

この文章はDrillSpin(現在公開停止中)というウェブサイトの企画連載「読むナビDJ」に書いた原稿(2013年8月22日公開)を転載したものです。掲載される前の生原稿をもとにしているため、実際の記事と少し違っている可能性があることはご了承ください。また、著作権等の問題があるようでしたらご連絡ください。

記録的な猛暑だった2013年の夏。
きっと例年以上に、ボサノヴァの涼しげなメロディやサウンドが必要だったはず。

前回ご紹介した通り、アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲群は永遠のマスターピースですが、もう一歩踏み込んだ「応用編」ということで、あまり知られていない楽曲や意外な共演などを集めてみました。

これだけ集めてみると、ジョビンはボサノヴァを作り育ててきただけでなく、ブラジル音楽全体の発展にも大きな役回りを果たしたんだなあと感じます。いわゆるスタンダードな名曲だけでなく、こういうちょっと一捻りある世界もジョビンの魅力といえるでしょう。

ルイス・ボンファ、ジョアン・ジルベルト、アントニオ・カルロス・ジョビン「海の歌 / Cançao Do Mar」

ルイス・ボンファ、ジョアン・ジルベルト、そしてジョビンが交互に歌うのが、ボンファ作の「海の歌」。これは、イタリア映画『Copacabana Beach』(1962年・日本未公開)でのワン・シーンで、3者が揃って演奏するという意味でも非常に貴重です。内容はおそらくリオのビーチでの恋物語だと想像できるのですが、そんな他愛のない映画に彼らが出演していることも驚き。なお、この映画には「ソ・ダンソ・サンバ」を演奏するシーンも登場するとのこと。

アントニオ・カルロス・ジョビン&バンダ・ノヴァ
「サーフボード / Surfboard」

リオ・デ・ジャネイロの浜辺が似合うボサノヴァは、やはりジョビンが本当に海好きだったことも大きいでしょう。実際若い頃はサーフィンをしたり、女の子をナンパしたりしていたはずです。この曲はいわゆる王道のボサノヴァとは違い、不穏なコード進行やシンコペイトするリズム、そしてスキャットが奏でるクラシカルなメロディと、どこで切り取ってもジョビンの中では異色作であり実験作。それでいて夏の雰囲気が味わえるという見事な傑作です。

アントニオ・カルロス・ジョビン&ヴィニシウス・デ・モライス
「オ・プラナルト・デゼルト / O Planalto Deserto」

ジョビンの楽曲には、ドビュッシーやラヴェルといったフランス印象派の作曲家からの影響が色濃いといわれています。そんなルーツを少し感じられるのが、1960年に制作されたクラシカルな大作アルバム『Brasilia』。一番最初に収められている「O Planalto Deserto」は、ヴィニシウス・ヂ・モライスの声や鳥のさえずりなどを加えた一大叙事詩に仕上がっています。“ジョビン=ボサノヴァ”という図式にとらわれず楽しんでもらいたいアルバムです。

アントニオ・カルロス・ジョビン、ジョー・ヘンダーソン、パット・メセニー、チャーリー・ヘイデン、アル・フォスター
「デサフィナード / Desafinado」

ジョビンとジャズの関係といえば、やはり今年50周年を迎えたスタン・ゲッツのアルバム『ゲッツ/ジルベルト』における役割を思いまだしますが、それ以降もジャズ・シーンとはつかず離れずのお付き合いがあったようです。そのなかでも、1994年にカーネギーホールで行われたコンサートは圧巻です。これだけのメンバーをバックにマイペースでピアノを弾きながら歌う姿はさすがです。

ドリヴァル・カイミ&アントニオ・カルロス・ジョビン
「サウダーヂス・ダ・バイーア / Saudades Da Bahia」

ジョビンはリオ・デ・ジャネイロ育ちであり、ブラジルの他のエリアのイメージはあまりありません。とくに土着的な薫りが強いサルヴァドールやレシーフェといった北部には縁遠く感じられるでしょう。しかし、実際はかなり研究していたようで、その成果が見られるのが、バイーア地方を代表するソングライターのドリヴァル・カイミとの共演作。数々のカヴァーも多い名曲ですが、2人の繊細な部分が上手く混じり合った名演です。

クアルテート004&アントニオ・カルロス・ジョビン
「波 / Vou Te Contar」

ブラジルのコーラス・グループといえば、女性4人のクアルテート・エン・シーが有名ですが、その男性版といってもいいクアルテート004。かなりコアなブラジル音楽ファンにしか知られていない存在ですが、その活躍ぶりは侮れません。シコ・ブアルキやジョビンと共演した1968年のライヴ・アルバム『Retrato Em Branco E Preto』にもしっかりと名曲「波」が収められ、ジョビンがアレンジや演奏に加わっているという貴重なヴァージョンです。

エドゥ・ロボ&アントニオ・カルロス・ジョビン
「ルイーザ / Luiza」

セルジオ・メンデスのプロデュースで一躍米国で人気を得たエドゥ・ロボも、ジョビンと同様にブラジル音楽を世界に広めたひとりといってもいいでしょう。そんなふたりの本格的な共演盤は、1981年になってから。『Edu & Tom』は、80年代以降のボサノヴァの傑作盤として歴史に残ります。この「Luiza」はジョビンのバラード曲としては屈指の名曲。ボサノヴァというよりも、ブラジル音楽の美しさを抽出したようなメロディが光ります。

アンディ・ウィリアムス&アントニオ・カルロス・ジョビン
「イパネマの娘 / Girl From Ipanema」

ジョビンとフランク・シナトラの共演は非常に有名ですが、アンディ・ウィリアムスとの共演も実現していたことはあまり知られていないかもしれません。もちろん、アルバムのレコーディングまでには至りませんでしたが、テレビの「アンディ・ウィリアムス・ショー」にジョビンはゲスト出演し、ボサノヴァ・メドレーを披露しています。こういうシンガーが歌うジョビンのメロディもなかなかのもので、彼の書く曲がスタンダードであることの証拠といえます。

クアルテート・ジョビン/モレレンバウム
「オ・ボト / O Bôto」

ジョビンは晩年に向かって成熟していくとともに、“脱ボサノヴァ”的なスタイルを取るようになります。その中でも究極のアルバムといえるのが、1976年の『Urubu』でしょう。お馴染みクラウス・オガーマンによるストリングスもありつつも、どこかクラシカルで自然賛歌を歌ったスピリチュアルな内容が特徴です。ビリンバウの音色で始まる「オ・ボト」が人気ですが、この映像ではチェロのジャキス・モレレンバウムがその役割をしているのが見どころ。

モレレンバウム2/坂本龍一
「平和な愛 / Amor Em Paz」

ジョビンを敬愛するミュージシャンは数え切れないくらいいますが、日本を代表する作曲家でありピアニストでもある坂本龍一もそのひとり。2001年にジョビンが愛用していたピアノを使い、晩年までジョビンを支えたミュージシャンの筆頭でもあるパウラ&ジャキス・モレレンバウム夫妻とともに、ジョビンの名曲を室内楽的なアレンジでアルバム『Casa』をレコーディングしました。数あるジョビンのカヴァー集の中でも、ホンモノを感じる一枚です。


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