50首連作「散り散りに清々」

第六回笹井宏之賞 応募作

顔の映っていない自撮りを何回かスワイプするだけの昼下がり

野良猫が一瞬だけは近づいて離れていった かぜのおとの巣

月マークが夜の晴れって知らなくてそんなのよくて肌の奥行き

小径で減速が早いのに漕ぐ使命感にかられない・アンド・ゴー 

法のもとに 止まるべくして止まったりそうでなくても止まったりする

悪いことがあってパトランプが回る ノースリーブ 氷を齧る

高校の同級生と同じ名のアザラシが8秒で折り返す

ぶどう狩り 抗うことが人生でニ回結びをしくじっている

口約束に負い目を感じているあいだうなぎがいっぴき蒲焼きになる

救助用浮き輪の朱色が剥げている鍾乳洞の女神の奥で

さくらんぼを買わなかった帰り道のあたりいちめんがみずびたしになった

嚥下痛忘れてうたう鼻歌の休符を緊急車両が撥ねる

希死念慮ゆるくのぼって層を成す窓がおのおの晒す無防備

鳥の鬱 落陽を道連れにしていつまでもルーツを話さない

墓の下の空洞を見た回数が海に向かった回数と競る

堤防に瀕死のフグが落ちていて海水につけると少し生きる

手に付いたおにぎりの海苔を洗うとき海水じゃない 薔薇の夕方

どこまでも海底だろって凪を忌むVOCALOIDの早口を聴く

砂浜に今夏打ち上がった生き物の新しい意味をわかっている?

共依存とか憧れる 燃えるようだった夕陽が静かになって

唾の泡 赤い道の突き当たりで野次馬だった少しの時間

空き缶で発芽している生き物を存在させてしまってこわい

生きていると言わんばかりの匂いして夜を詳らかにするガラス瓶

診察券取り出している地域最安値のカラオケボックスは泡

自転車のライト 傘 肩ぶつかって受難の相がでていないと知る

斥力が強い夜だった 友人が描いた壺の絵に虫が留る

厚かましい申告義務から逃走しバレないように死ぬ黄金虫

運命を論じるなんて馬鹿げてて学位記に貼るシールキラキラ

子守唄のように忘れて子守唄のように思い出す 透明な唇

四人家族が時間のために快速の列車に乗り換えるのを覚えた

水玉の模様の中に死にたいと書いて エスカレーター 暑い

弾き語り 昨日と同じ位置のセミ はやい東京 おそい東京

生きた街のどこでも人が死ぬための花屋が用意されていること

東京は蒸し暑くって二段階で開く花火が降ってくる音

二人称は和訳みたいでしかたなく土の方まで手を入れている

日没は関係なくてくたびれたシャツを着たまま水やりをする

微雨すぎて厚いくせ毛の束を割る午後の輪廻の荊棘つばらか

板ガムを口に含んだまま目覚め花と暮らせば爪下皮の土

きっと隣家の蜘蛛だと思い傷つけず放す一部始終を収める

マリトッツォを犬歯で貫いて甘い 撥水性の鍵アカウント

持っている最古の記憶が捏造でなかなかしゃっくりが止まらない

あの雲が落とした露と決めうって欲しがっている花のようだよ

誕生日を教えてしまって 砂嵐 占われたら終わりと思う

切れ味が悪い爪切りが生活の音で散り散りになって清々

クレパスの赤色すごく減っている唇ばかり描いているから?

静脈をなぞらず水は落ちてゆくいけしゃあしゃあと鏡の前で

歯を磨く 口を開けてるわけじゃなくそれでも鏡の前にいること

ニ十歳過ぎてからもうずっとないレンズクリーナーを指で拡げる

気に入った羊数える 映画館でカフェインレスコーヒーが飲めたら

旅先でも虫に刺されていたせいで部屋の生態系が崩れる

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