見出し画像

過労死ってどうしてなるのか。

疲労死ではないのです。
働き過ぎて身体が疲れて死ぬのではないのです。

そりゃあ、何時間もパソコンをしてたら疲れるよね

って思うかもしれないけど、

私は、家に帰ってきてもパソコンをずっとしてます。
けれど、仕事のそれと、家のそれは違うわけで。

何が違うのか。

好きなことなら疲れないのか。
オールで遊んでも過労死にはならない?

もちろん、睡眠不足はダメでしょうけど。仕事をしてても、ちゃんと食べて休んで楽しんでいれば、過労にはならないと言うことでしょうか?


今の高齢者たちは、まさに働きづめの時代の方々ばかり。
「家に全然いなかった」「子どもなんて関わったことない、妻任せ」「夜中にタクシーで家に帰って、朝、またすぐ仕事に行った」「会社に寝泊まりしてた」なんて話も多い。

でも、元気。そして、今も元気。

だから、その高齢者の方々は「今の若者は弱い」「俺らの時代は…」との話になってしまう。

何が違うのか。

しかし、話を聞くとスゴい。
会社の給湯室で体を洗ったとか、会社のソファーで寝ていたとか、
まるで家のように寛げていたよう。

その頃は、女性社員も少なく、男だけで気を許してて、仕事量は多くても、本当に家族のように家のように感じていたのかもしれない。


そして、「自分の仕事」だったらしい。
高齢者の方々の語る仕事は、みな、自分で進んでやっていた仕事の話が多い。

誰かに命令されていたという意識はない、話には出てこない。
洗脳だったのかもしれないが、自分の誇れる仕事だった。


気が進まない、腑に落ちない、したくない仕事を、誰かに命令されてする。
それが過労の原因じゃあないだろうか。

エネルギーが吸い取られる。
行きたくない道を嫌々進む。引きずられて進む。
エネルギーがすごく要る。


そう考えると、洗脳されていても、元気に仕事して満足感を得ていた昔の方々は幸せだったのかな。

もちろん、昔も、洗脳されていない、嫌な仕事をして過労死した方もいるでしょう。

どうすればエネルギーを吸い取られないで済むか。
就活生に、学生に、今の子どもたちに、それを教えてあげて欲しい。

単純に「好きなことをすればいい」わけじゃないって。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?