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小説『珈琲店タレーランの事件簿』

好きな本をオススメするコーナー。今回紹介したいのは、日常ドラマ型ミステリー小説シリーズである。
前半部分は中身に触れずに紹介しているつもりなのでネタバレを気にする方でも読めるはず。それではどうぞ。

どういう本?

さて。珈琲店タレーランの事件簿、というシリーズをご存じだろうか。簡単に説明すると、京都にひっそりと佇む、題を冠する通りの珈琲店を舞台とした日常型のミステリー小説だ。
第1巻が第10回『このミステリーがすごい!』で隠し玉、すなわち推薦枠として発売されて以来、2021年6月24日時点で全6巻と、すっかり人気シリーズとなっている。
著者は岡崎琢磨さん。この作品がデビュー作だ。

この作品群は、是非ともミステリーを普段読まない人にこそオススメしたい
謎解き要素がメインではあるものの、日常的描写、人情物語が強く押し出されている作品だということがひとつ。そしてもうひとつは、文章の構造がミステリー初心者にも優しい配慮があちこちに散見される為である。

推理ショーの間にこれでもか、と言わんばかりに丁寧なおさらいをしてくれたり、あらゆる他の可能性を劇中で質疑応答を繰り返すことによって、そのたどり着いた答えがいかに正解なのか、どういう思考回路でたどり着いたのか説明が丁寧な構造になっている等。
多忙であったり目が疲れたりで、本を一気に読めない方向けとも言える。

ならばミステリー好きにとっては退屈な内容なのか、と問われればそれは間違いなくNOだ。全てがそうとは言えないが、しっかりとした骨太の謎解き要素も問題なく入っているし、わかりやすいヒントからそうでないものまで幅広く、自力ですべての答えを導きだすのはまず容易ではない。

そもそもこの作品は会話劇が魅力でもあるので、そういう意味でも退屈なものとは言わせない。

ただ、こってりとしたカチカチの文章を求めている方には恐らく刺さらないであろうことは明記しておく。
この本の文章は非常に読みやすい反面、所謂古典的な文体では決してない。複雑な文章を紐をほどくように丁寧に拾っていきたいという方には向かないだろう。

しかし、私はこれこそミステリー初心者どころか全ての人にオススメしたい最大の理由である。
優れた物語というのはまずわかりやすいのが大前提だと私は考えているからだ。
勿論これは人によるだろうから強要はしないけれど。

だから、まずは『これはミステリーものだ!』と気負わず、とりあえず軽い気持ちで読んでみてほしい。推理なんかも特にせずに。
文体が好みでさえあれば、そうしている間に、いつの間にか魅力的な登場人物達の会話劇や、しっかりと練られた設定に惹きこまれていくと思う。
正直、もし少し肌に合わないと思ってもちょっとだけ我慢して後半まで読んでみてほしい…きっと思わず続きが気になってしまうこと間違いなしな展開が待っているのだが…まあこれはあくまで願望である。

このシリーズは一巻ごとに大目的が存在していて、それに向かって小さな謎解きを繰り返す進行が主な流れだ。
大体どのシナリオにもどんでん返しが用意されていることが多いので、どうやら作者は叙述トリックが好きなようである。ヒントは読み返すとしっかり散りばめてあるので、頑張って注視すれば初見でも気付けないことはないのだろう。私は気付けた試しがないが。

ただ書いておいて何だが、先も触れたとおりまずはトリックだとかそんなものは気にせず軽く読み進めてほしいと思う。この本の一番の楽しみ方だ。
どのみち解説パートで丁寧にヒントは拾い直してもらえるし安心である。

さて、ここからは内容について軽く触れたいので、完全にネタバレを避けたい方はブラウザバックを推奨する。あらすじなんかで見れてしまいそうな情報程度に留めるつもりではあるが念のため。

世界観

この物語は、主人公であるアオヤマという青年の語り口で進行する。彼は大のコーヒー好きで、タイトルにある珈琲店タレーランに足を踏み入れるのもそのためだ。
そこで出会った理想のコーヒーを淹れてくれた人こそ、今作のメインヒロインにして探偵役、切間美星(きりま みほし)である。タレーランの誇る凄腕のバリスタだ。
主にこの二人を中心に話が動いていく。

彼女はコーヒーミルという道具を用いて珈琲豆を挽くことで頭を整理させ、様々な問題をたちどころに解いてしまう、聡明な頭脳の持ち主なのである。
問題といっても、この作品は所謂探偵ものとは違い特に死人が出たりはしない。刑事事件を扱うことはほぼ無く、日常に潜むちょっとした謎を解いていくのが主だ。

謎と一口にいっても規模は本当に多岐に渡る。傘を取り違えられてしまった理由を考える、なんていう本当に小さなものから、果ては誘拐事件の解決まで。といってもそれほどまでに大きな問題は先の通り稀だが。

ひょんなことからアオヤマ青年は美星バリスタと常連客の関係以上に仲を深め、謎解きを共にしていくことになる。この辺りの関係性も見ていて微笑ましいので個人的に好きなポイントだ。
どちらも奥手でかわいらしい。というか私は美星さんのような芯のある実直で優しい方が個人的にとても好きなのでもう応援しまくりである。

何より、二人とも基本的に丁寧な物腰なのでどんな状況でも安心して読めるのがこの本の良いところだ。どちらも成人済みの大人な為落ち着きも十分にある。
青春を描く若さ溢れる作品も良いが、落ち着いた空気感を味わえる作品もまた素晴らしいものである。
タレーランシリーズでどの話にも安定感があるのはこの主要人物達の魅力によるものが大きいと思っている。

勿論他にも登場人物はたくさんいるが、同じく珈琲店で働く美星の大叔父にあたる老人を除けばレギュラーキャラはほとんどいない。大体ひとつの章ずつに用意されたゲスト達で構成されている(当然再登場する者もいるが)。

しかしどの登場人物も非常に個性的で、誤解を恐れずに言うと小説というよりもどこか漫画めいたキャラ造形だ。
「こういう人いるよなぁ」という要素をよりその方向に尖らせた者達、といえば伝わるだろうか。
世界観こそ京都の町を四季折々に丁寧に描写しているため──実際に作者が住んでいたらしい──現実にありそうな日常がそこにあるのだが、登場人物達はどこか非現実的ではある。

しかし、そもミステリーとは往々にしてわざとらしい人物達が多いものだ。むしろ、日常的な世界観をオーソドックスなミステリー世界と融合させた故にその要素が目立つだけのように思える。日常描写が達者であることの裏返しではなかろうか。
少なくとも不快な人物はそれ用に用意された者以外はいないのでそこは安心してほしい。

また、このシリーズはメインの二人の関係性もそうだが、わりかし恋愛要素が頻出する。人間のどろどろした部分を恋愛を通して抽出している印象だ。

アオヤマ青年は度々、『良いコーヒーとは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、そして恋のように甘い。』という格言を引用する。これはあるフランスの伯爵が残した言葉であり、この格言を知ったからこそ彼は理想のコーヒーを求めるようになったのだが、作中でこの格言を用いるわりに、恋は甘いことだけではないのだ、と作者にきっぱり言われている気になるのは中々面白い部分だ。

そんな恋愛模様をはじめとして、様々な人間ドラマが見られるのも日常型ミステリーの醍醐味とも言えよう。

というわけで読もう

以上、タレーランの事件簿の紹介でした。
とても語り足りないがあまり長文になってもいけないので、と気をつけたつもりだったが結局わりと長い上に大分雑な解説になってしまった。魅力を伝えるのは難しいものなんだなぁ。

ちなみに、このシリーズはコミカライズ版も存在する。残念ながら原作でいう3巻までしか描かれていないようだが、活字はちょっと…という方はこちらを入口にするのは如何だろうか。
何故か3巻前半までしか単行本化されていないようなので、残念だが今から集めるとなると2巻までがベターだろう。売上が振るわなかったのだろうか…
私はまだ読んでいない為無責任にオススメするのも良くない気がするが、ちゃんと購入して読む予定なのでお許し願いたい。それほどまでにハマってしまったシリーズなのだ。

また、もしも読んでみたいと思ってくださった方がいれば、是非片手に珈琲を用意することをオススメする。何せ、そこかしこに珈琲の蘊蓄が散りばめられている上に、美星バリスタの淹れる珈琲の美味しそうな描写ときたら!
飲みたくなること間違いなしなのだ。ご時世的にあれだけれど、喫茶店巡りをついしたくなる。

珈琲が苦手な方も思わず飲んでみたくなるかもしれない。そんな魅力をも有する今シリーズ、是非お読みになってはいかがだろうか。
7巻が出ることを祈りながら今日も珈琲を啜ろうと思う。

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