見出し画像

航空機内での決斗



 帰国前日にジョージから,

  「正月も一緒に過ごさないか? 年末にトミーと一緒にバーでバウンサー(用心棒)の仕事があるんだ。ナオトも一緒にやらないか?」と誘われた。「用心棒」という仕事を持ちかけられるということ自体、僕の想像の域を遥かに超えた出来事だった。僕はとても驚くと同時に、少し興味も湧き上がったが、航空チケットを一度キャンセルしていたこともあり、その話に乗る訳にはいかなかった。

  いずれにしても、僕は短期間ながらも充実した日々を過ごせて、帰りの航空機内では満足感で満たされ、幸せな気分で座席に座っていた。僕の座席は、現在ではなくなっている喫煙席の1つ手前だった。喫煙席は機内の最後尾にあった。そのため、タバコの匂いがダイレクトに伝わってきていた。それでも満足感に浸っていた僕は、最初は大して気にはならなかった。それから数時間経ち、少し睡眠を取り、東京にも近づきつつあった頃、座席に妙な振動を感じた。後ろを見ると、後部座席のイギリス人らしき30代前半くらいの男がヘッドホンを聴きながら貧乏ゆすりをしていたためだとわかった。風貌は痩せ型でパンクロッカーのように黒の皮ジャンを着て少し着崩し、ピアスを右耳にし、ブラウンの短髪を整髪料で立たせた遊び人風の男だった。周りにその仲間らしき男が2人タバコを吸って立っていた。その2人も耳にピアスをつけていて、似たような恰好をしていた。僕はすぐに、

  「Please stop it!」(それやめてくれませんか?)とその男に言ったつもりだった。でも、僕の発音が悪くて、「Freese! Stop it!」(動くな!それやめろ!)と聞こえてしまったのか、上から目線的なニュアンスで受け取られてしまったのか、その男は
  「Fuck off! 」と僕に言い返し、中指を立ててきたのだった。僕も頭に血が上り、気が付くとその男に中指を立てて同じ言葉を返してしまっていたのだった。相手もまた同じように言って煽ってきた。僕は東京到着も間もなくということもあり、冷静さを取り戻そうとトイレに行くことにした。

そして、僕がトイレから戻っても、再度貧乏ゆすりを繰り返す行為に我慢がならず、

「Do you want to fight me?」(俺とけんかしたいのか?)と切り返してしまった。

すると、その男も

  「Yes! 」と答えた。僕は念のため、

  「I am a Karate instructor! 」(僕は空手の先生だよ)と言うと、相手も

  「I also have a Karate black belt! 」(俺も空手の黒帯持っているよ)と言い返してきた。この男の子供じみた応酬に僕は呆れながらも、すかさず、

  「I will be waiting for you at the gate in the airport! 」(僕は空港のゲートで待っているから)と言った。

  「Yeah! 」(いいよ!)と、その男は答えたので、僕は、

  「I’ll be waiting for you! 」(待っているよ!)と再び言い放った。成田空港に着陸後、僕は自分の機内荷物を手に取って、その輩を後にしてゲートに向かうことにした。空港内の連絡線に乗ってしばらく歩くと、ゲートに到着した。僕はそれからしばらく、そのイギリス人らしき無礼な男とその取り巻き連中の2人を待っていた。僕は久しぶりの日本だし、当時付き合っていた彼女にも早く会いたい気持ちで一杯だったのだがプライドがそれを邪魔していた。

     それから僕は「決斗」のため、4、50分の間ゲートで彼らを待っていた。出口のゲートは1つしかないので来るはずなのだがなかなか現れなかった。そのため、僕は決斗する気力も失せ、ばかばかしくなり結局何事もなく帰ることにした。

    きっと彼らは怖気づいてゲートまでのルートのどこかで立ちとどまっていたに違いない、と思うようにして僕は自分自身を納得させた。

(~続く)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?