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満面の笑みで食べるあなたへ

久しぶりに平日の休みが取れたアヤカは渋谷の公園通りにいた。  
 この辺りもだいぶ変わり、パルコもピカピカになっている。
パルコ前の交差点周辺もだいぶ変わり、新しくホテルが併設されたカフェができていた。アヤカは友人とそのカフェにはいった事があったが、今日は昔よく行っていたカフェに行こうと決めていた。なぜだかわからないが、10年前にパルコ前の交差点を上がった会社に勤めていたアヤカは当時、昼ごはん時に通っていたカフェに行きたくなったのだ。

むげん堂ととおり過ぎて、坂を少し上がり、階段を登るとそのカフェはあった。扉を開けると、当時とは違うが少しロックというか、ワイルド目なお兄さんがでてきた。席を案内されたのと同時に失敗したと思う。
隣に某日本の大きい放送局で働いているであろう集団とそのボスが大きな声で自慢話をしていたからだ。嫌だなとも思いつつ、この光景すら懐かしいとさえ思った。当時も場所がらそういう事はよくあったのだ。

メニューを選び、一息つくと、当時その会社で働いていた人からメールが届いた。Tさんが今朝亡くなったらしい。また、お通夜と詳しい連絡はまたしますと。アヤカは携帯を2度観した。とりあえず、その子に御礼の連絡と今当時の職場の近くのカフェにいる事を伝えた。
少し経つと名物のハンバーグプレートランチが運ばれてきたが、隣のおじさま達の大声とさっきのメールでもう味がわからない。美味しいのか、まずいのか。そのどちらでもない気がした。ただ、アヤカは自分の目が滲んできているのだけはわかった。

「一人で昼めしを食うな!」
それが、かつての上司Tさんの口癖だった。
大学卒業後、2社目にアヤカはTさんが部長である制作会社に入った。アヤカはモノつくりの現場にいたいという想いからこの会社に入ったが、アヤカの仕事は部署をまとめる事務的はポジションだったので、マネージャー的な事が主な仕事だった。だが、アヤカはTさんからみるとマイペース過ぎていつもハラハラしていたようだった。そんなアヤカをTさんは、はじめはどなりながらも、時期に優しく見守っていてくれていた。

Tさんは、食べる事が好きだった。外見も顔も丸く、体格も丸く、アヤカはマスコットみたいだなと密かに思っていた。そう、だから誰からも愛されるのだ、きっと。Tさんは、いつも11時50分くらいになると、「今日飯はどこにいく?」と部署のメンバーに話かけていた。宇田川町周辺は、TOBUホテルの地下の中華屋、天ぷら屋、東急本店の方へ行ったパスタや、某放送局の裏通りにあるうどん屋さんやアジア料理など、ランチ天国の立地だった。Tさんは、仕事が大好きな人だったので、食事が運ばれてくる直前までは仕事の話をしていたが、食べ物が運ばれてくると一心不乱に食べていた。満面の笑みと共に。アヤカも食べる事は好きだったが、食べるペースも遅く、そんなTさんが一気にそして美味しそうに食べる姿をみるのが好きだった。

Tさんは、ランチが終わると少し寂しそうでもあった。そしてたまに、「今日の楽しみが終わっちまったな。」と呟いていた。それを横目にアヤカはクスっと笑っていた。そう思うのもつかの間。Tさんは夜の集いも好きだった。定時の6時になると、スペイン坂を降りた所にある、魚や刺し身が美味しい居酒屋に行くのが定番だった。少し早めに行くと、某N放送の方も大勢いたりしたが、もう店長とも顔馴染みで、行く前に電話すると広めの席を空けてくれて、そこでは、美味しそう刺し身の盛り合わせと夜の部会行われていた。

Tさんは、その夜の部会で他の部署の事や会社の事など、愚痴っぽい事も話していたが、アヤカはその話を聞くのが嫌ではなかった。なぜだろうか。Tさんの話に色々な人は出てきていたが、Tさんは色々言っているものの、その人達が根底では好きな感じがしたからだ。そうTさんは愛に満ち溢れている人だった。

「おーい、今日肉屋いくけど、弁当いる人〜?」
Tさんが部署の皆に声をかけ始めた。今日は三ヶ月に1回の病院に行く日だ。神山町の方にある病院にTさんは定期的に通っていた。その病院の並びに昔のからあるお肉屋さんがあり、そこはお昼にお弁当をやっていたのだ。唐揚げ弁当やヒレカツ弁当、日替わり弁当など種類も豊富で、彼は毎回病院にいく度に弁当を買ってきてくれた。そんなTさんをみてアヤカは、病院ではなく弁当を買いに行ってるのではないかと思ったほどだった。弁当を持ってかえったTさんは席に着くなり、相変わらず誰よりも美味しそうに食べていた。そして、美味しいだろう、とニコニコしながら食べていた。

「一人で飯を食うな!」
Tさんがまた発していた。制作会社なので、それなりに人の入れ替わりがあり、ロケやロケハンや出張も多かった。ある時、ほぼ8割が出張に出ていて新人の20代男女とアヤカの3人しか部署にはいない時があった。若い二人はそれぞれ、コンビニに行き、席でお昼を食べていた時に、すごい剣幕で「一人で飯を食うなよ。もう少し待ってくれたら一緒に外行けたのに。」と残念そうにTさんは若者達に言った。アヤカは、自分の背後で行われているやり取りにいたたまれなくなり、Tさんと隣の部署の美人アシスタントを誘ってお昼に行った。その時はホテルの地下の天ぷら屋に行き、カウンターで一つずつ揚げたての天ぷらを、塩やたっぷりの大根おろし入りのタレに浸して食べた。衣のさくっとした音が響きわたり、Tさんはあちっと言いながら嬉しそうに食べていた。今日は美女に挟まれてお昼食べれたと嬉しそうにして、その時はご馳走してくれた。

Tさんは、美味しいものを食べる時間を共有したい人だった。一日の中で楽しみである食べる事を。一大イベントを。それが人の幸せを感じる事に繋がると信じていたのだろう。誰よりも。

Tさんのお通夜の日、とてもきれいな月だった。満月に近い日で、ちょうど上着も薄手で良いような秋の涼しい日だった。アヤカは10年ぶりに会う懐かしい同僚や元先輩達に挨拶をしながら、月日がたった事を実感していた。少し前に渋谷に行った時、思い出達は鮮明に思い出されたけれど、今はもうないんだと。当時も風景も建物も当時行ったお店も変わっていた。
お通夜の後、アヤカは皆で居酒屋に入って話したが、そこでもまた同じ事を思った。もう全てが過去なんだなと。そして店をでるとやはりおおきな月が出ていた。終わりと始まりを告げている。そして、そのまんまるの月がTさんの満面の笑顔を繋がった。食べ物を、食べる事を、たくさんの人を愛していたTさん。ありがとうございます。そして私は美味しいモノをきちんと味わいつくします、大切な人たちと共に、これからも。アヤカは心に誓った。

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