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短い人生と、長い人生を仮想する。

新刊『サイボーグ時代』のインタビューで吉藤オリィさんの話を聞いていて印象的だったのは、「人生30年計画」を立てるというもの。ちなみに、オリィさんは無事に30歳を迎えたので、「人生40年計画」に延長されたそうです。

私は人一倍怖がりなので、自分の死を考えないように、考えないように、生きてきました。だから、「ココで人生が終わる」という仮説をするなんて発想はなかったんです。

でも、たしかに、人生40年と計画すると、行動が変わるなと思ったんです。「いつか」と思ってペンディングしていたことを廃するようになります。例えば、「退職金がいいからと、今を犠牲にして働き続けていた会社を辞める」とか、「いつか会おうと思ってた人に会いにいく」とか、「嫌々付き合っていた人間関係を一掃する」とか。

<閃き→アクション>のサイクルがはやくなると思うんです。だって、時間がないのだから。

私も人生40年と仮想してみた結果、いくつか行動に移したことがありました。
・「読みたいな」と手元に置いていた書籍を読みはじめてみる
・「会いたい」と思っていた人に連絡をしてみる
・「いらない」と思っていたものを捨てる
・自分の考えをどんどん発信していく(このnoteとかね)
きっと、腰を据えて考えたらもっともっとたくさん出てくるし、行動にもつながっていくと思う。
「いま」を生きる上で、「人生40年計画」(年齢によっては30年だし、50年にもなりうる)は有効です。

しかし、その一方で「人生100年時代」などともいわれていますよね。
これもまた事実で、少なくない人が100歳まで生きる時代が到来します。最悪なのは、100年に寿命が伸びて、それがひどく退屈であることだと私は思います。
だから、「人生40年計画」と「人生100年計画」の両方を備えていくことが大事なのかもと思うのです。人生100年と考えたら、例えば、いまから新たな趣味を持とうとか考えるかもしれないし、世界一周のために貯金しようとか計画するかもしれない。

私の場合は、人生100年だったら、
・家族がほしいな
・イースター島に行くお金を貯めよう
・歯はブリッジではなく、インプラントの方がいいよね
などということが思い浮かぶ。100年自分と付き合っていくのだから、体とメンタルを苦しめるような無理はしない。自分を長く愛せるように、自分を長く楽しめるように、行動を変えていく。

人生40年計画と、人生100年計画の両方を考えてみた結果、私にとっては両方必要だな、という結果に至りました。(結局決め切れていないじゃん!と突っ込まれてしまいそうですが。)

気づいたこととしては、どちらに設定しても「前向きに生きる」という意味では共通しているということ。
そして、40年に設定した時と、100年に設定した時の、「差分」を知ることがおもしろいということ。
40年人生ではコレを書くのに、100年人生ではアレを書くんだ。みたいなことが明確化すると、自分を知ることにつながっていく。みなさんも、ぜひ試してみてください。私ももう少し腰を据えて、洗い出してみようと思います。

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