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ムスメからのエール

今年の6月に普通車の自動車免許を取得した。免許を取って以降、週末には必ず運転するようにしている。

最初にことわっておくけれど、私がハンドルを握る理由は「車の運転がスキ!」だからでは、けっしてない。「過酷な教習期間に流した汗をムダにしたくない」。ただその一心で、運転に励んでいる。

教官に大きなため息をつかれてもめげず、嫌味を言われても折れず。高校生や大学生たちがやすやすと受かっていく校内学科試験に落ちて、4500円の追加料金がかかったときも、心を無にしてなんとか耐えしのんだ。無数の辛酸を舐めながら取得した免許だ。「ペーパードライバーなんぞになってたまるか」という気合が人一倍ある。

初心者マークをつけて公道に出るようになって早2か月。教習所に通っていた頃は「免許さえ取ってしまえば、こっちのもの」と、タカをくくっていたけれど、とんだ思いちがいだった。

運転、いまだに全然慣れない!
近所の道を走るときでさえ、手にムダな力が入るし、脇汗もにじむ。

わたしにとって「車線変更」とは、フィギュアスケートにおける4回転アクセルに匹敵する大技だ。時速60㎞のスピードを出しながら、ウィンカーを出す。すかさずバックミラーとサイドミラーで後方の安全を確認し、最後には振り返って目視でダメ押し。それからハンドルをゆるりと切って車線を変える……。たった数秒のうちに5~6個の動作を重ねないといけないなんて、常人技ではないだろう。
「狭路にて対向車に注意しつつ、前方を走る自転車を回避する」という行為にいたっては、暇をもてあました神々がいたずらに生み出した無理ゲーだと理解している。

そんな危なっかしい私に全幅の信頼を寄せて、助手席に座ってくれるオット。そして後部座席のチャイルドシートに大人しくおさまってくれるムスメには感謝してもしきれない。特にムスメは素晴らしいんである。ちょっと自慢させてください。

車に乗り込む前。全身に緊張をみなぎらせる私に向かって、彼女は言う。
「ママのうんてん、じょうずだよ!」

私が左折を華麗にキメた瞬間。彼女は後部座席からこう叫ぶ。
「ママって、さいこー!」

ス―パーの駐車場。何度も方向転換を重ね、ほうほうのていで駐車を終えた後も、彼女はねぎらいの言葉を忘れない。
「ママ、すっごくがんばったね!」

過剰ともいえる声援を惜しみなく送ってくれるムスメ。その声を聞くたびに、私は目頭を熱くする。「なんてイイやつなんだろう、この先もずっと仲良しでいてください」と心から願う。そして思う。「ムスメの声援って、なんか……、ボディビルコンテストの掛け声に似ているな……」。

※参考図書


そう思ってしまったが最後。私の悪癖のひとつ「妄想あそび」が止まらない。

「ママのうんてん、じょうずだよ!」というかわいい声に、心のなかで「もうデカイ!」という野太い声をついつい重ねてしまう。

「ママって、さいこー!」の声には、「筋肉縄文杉!」を。

「ママ、すっごくがんばったね!」には、「腹斜筋で大根おろしたい!」がいい。

妄想しながらムフムフと笑う私。我ながら「良くないなあ」と思うし、「くだらない妄想にはげむ余裕があるならば、運転にもっと集中しろ」とも思う。だけど、どうしてもやめられない。

母の秘密のたわむれを知らないムスメは、今日も惜しみなく声援を送ってくれる。純真なエールを背に受けた私は、胸のうちで「パワー!」と叫び、長母指屈筋に力を込めて美しく右折する。

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